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79.お久しぶりです女神様

 領主様と執事さんが、ショックを受けた顔のまま、なかなか正気に戻ってくれない。

 そりゃ、これで終わったと思ってた事が終わってなかったら、ショックだろう……。


 ただ、ちょっと気になってた事があるのよね……。


 1区画からこの教会まで通うコースと、お昼からのヒビキと私の訓練を兼ねた町の南にある露天風呂へ行くコースしか見てないけれど。


 数えた訳じゃないし、印つけてた訳じゃないから確かではないけど、時々奥様の石像が増えたり減ったりしてたような気がした事があったのだ。


 タローさんのお家に泊まった夜の、奥様石像が床から生えてきた恐怖を思い出すので、気のせいだー! と、自分を誤魔化していたんだけども。


ピーちゃん(にゃ~にゃ)

「ん? 何?」


 町の通りにあった奥様の石像が、増えたり減ったりしてた気がすると皆に伝えて貰うと。


「俺も気のせいかなって思ってたんだ」

「僕もです」


「私もよ! なぁんだ。みんな不思議に思ってたのね」


 確信が持てなかったので、みんな何と無く話題に上げなかっただけらしい。


「領主様、領主様?」


 放心していた領主様の目の前で、手の平を左右に振りながら尋ねてるヒビキ。


「領主様、女神様の指輪って今もってますか?」


 はっと我にかえった領主様が、かるく首をふりながら、「もちろんだよ」と答えた。


 領主様が襟元から細いチェーンのネックレスを手繰り出し、そこに通してあった女神様の指輪をヒビキに渡してくれる。


「女神様。美の女神様。お久しぶりです」


 ヒビキが指輪に話しかけると、真ん中に付いている大きな宝石から赤い煙が立ち上がり、前回のように空中で美しい女性の姿になった。


(ふふふ。ヒビキよ。久しぶりじゃのぅ)


 女神様の赤い指先が、ヒビキの頬を撫でるように上下する度に、ふわふわと指や腕の輪郭が揺れている。


「ヒビキさん、女神様とまでお知り合いだったのですね」


 女神様は、ちらりとアベルさんを見ただけで、まったく表情をかえる事もなく、ヒビキを見てニコニコしている。

 

 ……あれ? 女神様、若い男子が好きなんじゃなかったの?

 しかも、奥様ファンクラブが出来るほどの美系に、少しも関心を寄せないって、なんで?

 

「町の中にある石像が、増えたり減ったりしてたような気がするのですが、何かご存じないですか?」

(妾を褒めるのじゃ)


「……え?」

(住民の家屋の中に出現させてた石像は、町の通りに移動させておいたのじゃ)


「「「「えええ!!!」」」」


「本当ですか、女神様!」


 すごい勢いでベッドから飛び出した領主様が、女神様に詰め寄った。


 嫌そうに顔をしかめた女神様が「ホントウじゃ」と云いながら、しっしと手を振り領主様を退ける。


 ベッドに腰掛けてしょんぼりとうな垂れる領主様へ、執事さんが憐れむような視線を向けた。


(いつまでも、むさくるしいあ奴の懐に入っているのは、拷問に等しいからの。早くヒビキと旅をしたくて、こっそり手伝っておったのじゃ……)

「……うわっ」


 女神様がゆらゆらと動きながら、ヒビキの背後に回り、首元に腕を回している……これって母ちゃん的には止めるべきトコロなんだろうけどさ。

 肉体じゃなくて煙なわけだから、実際触られてる訳じゃないし……。

 うーん。どうやって諌めよう。


 っていうか、領主様の奥様が元に戻ったら、この女神様付きの指輪と旅をしなきゃなんだよね。


 ちょっとだけアベルさんに押し付けられるかも、って期待してたのに、何がお気に召さないのか、期待薄っぽいし……かなり頭痛くなってきたぁ……。


(ふふふ。真っ赤になって、初心(うぶ)じゃのぅ)


 いたいけな男子高校生をおちょくって喜ぶ腐女神様。

 どう抵抗すれば良いのかも思いつかないヒビキは、直立不動のまま目の焦点が合わなくなっている。


「女神様。お戯れはそのぐらいにしてやって頂けませんか? ヒビキが困って――」


 アベルさんが助け舟を出そうとしたら……。


(うるさい! 可愛くない(おのこ)は黙っておれ!)

「――っ!」


「じゃぁじゃぁ、女神様。私はー?」


 すかさずピーちゃんが嘴を挟む。


「ふん。とうに百歳(ももとせ)も超えてる癖に、未だ可愛いと言われたいとは、オコガマシイのぅ」

「ひっどぃ! ひっどい!」


 ピーちゃんの見た目は、すごく可愛い十代にしか見えないけど、中身は確かに102歳……。

 

 ぷっくーっと頬を膨らませたピーちゃんが、「じゃあ、オカンは?」と私を指さしてきた。


「小さい生き物は好きじゃがなぁ……。なぜかその猫には全く魅力を感じぬ」


 ご存じないでしょうけれどっ。確かに私、中身は40代っ。

 ……女神様の嗅覚凄いな。


「オカン……。仲良くしようね」


 ピーちゃんが私の頭の上で寝そべって、泣きまねしてる。

 うんうん。仲良くしようねー……。



「オカーン!」

「ヒビキ―!」


 パタパタと軽い足音がして、猫娘達が部屋に入ってきた。


「ミア、ソラ、受け付けはどうしたのですか?」


 アベルさんが問いかける。


「なンかね、町の人たち、また明日来る~ってみンな帰ってっちゃったの」

「領主様によろしくって云ってた~」

「「明日はクッキー焼いて来てくれるンだって~!!」」



「それは楽しみですね」

「「うン!」」


 連日の訪問で、早急に治療が必要な人は、幸いにも居なくなってたみたいで。

 今日なんか、突き指したとか、ささむけを剥きすぎたとか、包丁でちょっと切っちゃったとか、「ちょっと待って。それ回復魔法居る?」と突っ込みを入れたくなるような症状の方ばかりだった。


 ヒビキへの家畜相談も、深刻な物は無くなっていたみたいだし。


 町の人たち、朝一番の家事や仕事を終えてから、どうみても休憩がてら喋りに来ていたもんなぁ。

 そろそろ、午前中の教会訪問は無くしても大丈夫かもしれないな。

 なんて思っていると。


(か……!! 可愛い!!!)


 煙な女神様が、体の輪郭を保てないほどに、ふるふると震えて娘っ子達を凝視しながら叫んだ。



 どうやら猫耳娘達は、腐女神様の好みのど真ん中を射抜いた様子。


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