76.また会う日まで
妖精二人を見送った途端、アベルさんとヒビキが大急ぎで服を着始めている。
「もぅ着ちゃうの~?」
「そのまンまでも良かったのにぃ~」
猫娘達がとんでもない事を口走っている。
妖精お姉ちゃんのせいで、危険な性癖の扉でも開いたのかしら?
着替え終わったアベルさんが、拳には~っと息を吹きかける。
「「嘘! うそうそウソ! やっぱ服着てる方が良い~!!」」
頭を押さえながら、小走りでヒビキの背に隠れる娘っ子達。
よかった。ふざけてただけなのね。
「アベルさん、空間の出し方と結界の張り方、お伝えしますね」
さっと娘っ子二人の背後に回り、アベルさんに差し出しながらヒビキが提案する。
「お願いします」
にっこりとほほ笑んだアベルさんは、目の前に差し出された悪ふざけ二人組に、良い音を立てて拳骨を落としてから、返事した。
「ひどい……」
「ちょっとふざけただけなのにぃ」
両手で頭を押さえながら抗議しているけれど、仕方ないと思うよ?
キャラの濃い妖精お姉ちゃんの無茶振りに、男子ーズは色んな意味で大変だったんだもの。
空間魔法の発動は、空中に始点と終点を合わせた円を描くだけなので、難なく発動したアベルさんだが。
「でませんね……」
「なんでかな?」
ヒビキが覚えた”腹筋に力をいれる”とういうコツでは、結界が発動しないのだ。
アベルさんって普段から姿勢が良いから、常に腹筋使ってるって事なのかなぁ……?
「ヒビキさんは何がきっかけで発動したのですか?」
「……オカンのフライングキックです」
「なるほど!」
アベルさんが、喜色満面といった顔で私を見てくるけど。
嫌だからね? 結界発動できちゃうと、結構私にダメージ来るんだからね?
「オカン! 僕にキックしてください!」
ちょっとアベルさん、その言い回しはやばい。
ほら、娘っ子達が爆笑してるじゃないの。
良い笑顔のまま中腰になり、私に向かって両手を広げてくる。
「んなにゃ。ん~にゃ!」
ふるふると首を振って拒否してみる。
「アベルさん、結界が発動するとオカンに何倍ものダメージが入っちゃうんですよ」
「え……。それは駄目ですね」
「カバンにオカン入れて落としたらいいンじゃない?」
「そしたら、ダメージはカバンに行くだけじゃない?」
娘っ子達が恐ろしい仮説を立て始める。
それで行こうみたいな顔してる、ヒビキさんにアベルさん。ちょいとお待ちなせぇ。
カバン越しにあるのは、私の足だぁ。
「念の為、枕も詰めた上にオカンに乗って貰いましょうか!」
「それはよさそうですね!」
枕だけで良いんじゃないかな?
なんでそこに私を乗せるのかな?
「みぎゃ!」
いつの間にか私の背後に回っていたミアちゃんに捕獲された!
ヒビキがカバンを広げると、ソラちゃんが枕をいれて……。
アベルさんが、その場で寝ころんだ。
ちょっとそこの少年少女! ――ひとり少年から逸脱してるお兄さんも!
よく考えてみて?! そのカバンに私が入る必要ないから!
にゃあにゃあと抗議するも、聞き取って貰える事もなく。
スボッとカバンに押し込められ、無情にも蓋を閉じられた。
ふっふーん。ドワーフのお爺ちゃん特製のこのカバンには、私が頭を出す穴があってだね――って。ちょっとヒビキさんもう空中なの?
仰向きで横たわるアベルさんの上に浮かび上がったヒビキが、みぞおちに向けて……。
私入りのカバンを落下させた。
「みぎゃああああぁぁっぁあ!!!」
痛いじゃん! ほら! やっぱり痛いじゃん!
枕なんてなんの意味もないよ! めっちゃ痛いよ!
「「でたー!」」
「でましたね!」
「ありがとうございます。……うわ。オカン、大丈夫ですか?」
語尾に音符が付きそうな声でお礼を云いながら、結界の上で停止しているカバンの蓋を開けたアベルさんが。
痛さでぐんにゃりとうな垂れている私を見て、慌て始めたけど……もう遅いわ!
◆
「ただいまぁ~……って、なんやの。あんたらベッドの周りで正座して」
ベッドの上でふて寝する猫。
そのベッドの下で正座しているお子様4人組。
四人はずっと謝ってくれてたんだけど……。
ふて腐れてベッドに入ったものの、「もういいよ」と云うタイミングを逃してしまっていたのだ。
「なになに。オカン怒ってるの?」
このメンバーの中で、唯一私とお話しできるピーちゃんに、一部始終をお伝えする。
「そりゃ怒るわ~。でも、もうオカン怒ってないらし~よ」
「「「よかったぁ!」」」
即座に足を崩してほっと息を吐く子供たち。
「お姉ちゃんに、町の様子みて貰ったんだけど。4区画にある教会に、魔素病の人が集められてるみたい」
私の頭の上に止まったピーちゃんが、なでなでと手を動かしながら教えてくれたので、明日はまず教会へ行くことになった。
「んじゃ、ウチはそろそろ寝るさかい。天井、ちゃんと戻しといてや?」
「わかりました」
「ほな、魔素が治まったらまた遊ぼうな」
「「遊ぼうにゃ!!」」
「治まったら起こしに来ますね」
「起こす時は、もちろん脱いでてくれるんやんな?」
「「それは嫌!!」」
「ノリ悪いなぁ。減るモンでもないやんか~」
くくくっっと笑ったお姉ちゃん妖精がベッドに横になり、ピーちゃんを見つめた。
ピーちゃんが、頷いたのを確認すると……。
「ほなな。また会う日まで! お休み~」
みんなが口ぐちにお休みと返事する声を聞きながら、結界を発動して眠りについたようだ。
ドーム型の結界に守られた、天蓋付きベッドが乗った天井板を、そっと持ち上げたアベルさんが、穴に嵌めて魔法を発動させると、切り口も判らないほどに綺麗に修復された。
「なんだか、ドっと疲れました」
「僕もです」
明日も忙しくなりそうなのでと、今夜は早めに寝る事にした。




