75.粉を下さい
男子二人の捨て身のご機嫌伺いが功を奏して、ご機嫌な様子のお姉ちゃん妖精。
機嫌が良い内にと、ピーちゃんが全員の紹介をしてくれた。
「よろしくな。ウチの事はお姉ちゃんでも姐さんでも好きに呼んでくれたらええで。あと堅苦しいのもヌキにしてな」
妖精のお姉ちゃんがフレンドリーに話しかけてくれる。
「しっかし『生き物使い』に会うん初めてやわ」
意外にも、『勇者』なアベルさんにではなくて、ヒビキの職業に喰いついている。
目覚めた時の、アベルさんの肉体美を愛でていた視線とは打って変わって、真剣そのものだ。
「アンタ……。ヒビキいうたか? その力、使いどころをよくよく見極めて使こうてな?」
「……うん」
「お姉ちゃん、ヒビキは無理やり意識乗っ取って使役なんかしないよ?」
「……うん。……まぁ、ピーちゃんの姿見てたら、大丈夫やろ思うけどな」
妖精のお姉ちゃん……なんか含みのある言い方したな……。
なんだろ。『生き物使い』って、『名付け』以外に使い道あるのかな。
「ピーちゃん、そろそろ服着てもいいかな?」
「あかん」
お姉ちゃんの即答に、男子二人がしょんぼりしてる。
日中は丁度良い気温だけど、陽が落ちるとすこし気温が下がっている。
……風邪ひかないと良いけど……。あ、『王様の粉』があるから大丈夫か。
「ところで、お姉ちゃんにお願いがあるの」
「空間魔法の粉か?」
意外にも察しの良いお姉ちゃんの返答に、全員でブンブンと首を縦にふって返事する。
「世界を守る『勇者』様やもんな。空間魔法ぐらい使えな恰好つかんもんなぁ」
「そーなの! さっすがお姉ちゃん!」
「お姉ちゃんお願い~」
「姐さんお願い~」
猫耳娘達も援護射撃する。
やばい。あの子達におねだりされたら断れる自信ないわ~。
猫耳が、ぴこぴこ動いてて、あざといぐらい可愛すぎる。
「粉あげるのはエエねんけどな~。ウチはこの後一緒に行かれへんしな~……」
「お姉ちゃんも、ヒビキに名付けして貰ったら一緒に旅できるよ!」
「えー。それは嫌。ウチは自由でいたい」
「お姉ちゃん、俺は支配しないよ?」
ヒビキが口をへの字に曲げて返答したけれど……。
「そういう問題ちゃうねんなー」
「そっか……」
「頂けませんか?」
「まぁ。ウチは面倒事は嫌やからな。世界を救う旅に出て『勇者』と苦楽を共に、なんてキャラちゃうし」
下手な事を言っておへそを曲げられてしまうと、空間の粉が手に入らない。
みんなでどう攻略するべきか思案し始めた矢先――。
「ま、ええわ。アベルさんいうたか?」
「はい」
「おねえちゃん、言うてくれたら粉あげるわ」
「えっ」
そういえば、アベルさんだけお姉ちゃんとか姐さんとか、一人称つけて話しかけてなかったなぁ。
「おっ……。おねっ」
半裸の美丈夫が、”お姉ちゃん”の一言が云えなくて、真っ赤になっている。
これは……なかなか面白い。
危ない世界の扉が開きそうだわ~。
「おねっ……!!」
「アベルさんは、ちょっとそこで練習しといてな。んじゃ、ピーちゃん」
「は~い」
「ベッド持ってる?」
「げっ」
「げっって何よ。頼みごとするのに、手ぶらって訳にはイカンやろ?」
「だって、これ昨日買ってもらったばかりなのにぃ!」
妖精ってカツアゲする習性があるんだっけ。
おなじ妖精同士でも適用されるらしい。
切り取られた天井の板を指さして、アゴをくいっとあげるカツアゲ姉ちゃん。
がっくりと肩を落としたピーちゃんが、空間収納から天蓋付のベッドを出した。
「おぉー! アンタええもん買うてもろたんやな!」
大喜びでベッドの上に飛んで行き、腰かけたカツアゲ姉ちゃんが、今度は猫耳娘二人に視線を向ける。
びくっと肩を寄せる娘っ子二人。
テーブルの隅っこでは、「お……おねっ。おねえっ」と、アベルさんが口に手を当てて呪文のように繰り返している。
……頑張れ。
「アンタ達には……。せやなぁ……。ウチが寝るまで語尾に”にゃん”つけてもらおか」
「「わかったにゃん」」
お。順応早いな。
満足げに微笑んだカツアゲ姉ちゃんが、今度はヒビキを見る。
ごくりと喉を鳴らすヒビキ。
「ヒビキは……。そこに跪いて」
素直に跪くヒビキ。
「左の拳を胸に当てて、右手をウチに差し出して、『お姉様』って言うて~」
「お姉様~~」
ノリノリで答えるヒビキ。
うん。そういうノリ、平気だよね。
むしろ、妖精の女王様と初対面の時、自発的にやってたもんねぇ。
「ヒビキさん、サマになってるにゃ!」
「アタシにもやってほしいにゃん!」
「ミアさま~。ソラさま~」
跪いたまま腕を差出し、娘っ子達に呼びかけては、三人でゲラゲラ笑っている。
「んもぅ! 照れながら言うてくれへんかったら、つまらんやないのー!」
カツアゲ姉ちゃんも笑っている。
……あとは……。アベルさんがクリアするだけだね。
「おねえちゃん! 粉くださいッ!」
まるで『娘さんを僕に下さい』と叫ぶような勢いで叫んだアベルさん。
「ええよ~」と、返事したお姉ちゃんが。
ふわふわとアベルさんの頭上に飛び上がると、虹色の粉をふりかけてくれた。
『もう一回!』とか云いそうな気がしてたんだけど、どうやら杞憂だったみたいね。
しつこいぐらい繰り返されたら、どうしようかと思ってたのでよかったわ。
目を閉じておバカな事を考えている間にも、光がすぐにきえた。
「よかった。拒否反応出なかったみたいね」
これだけ頑張って、拒否反応でたら……全員で泣くよね。
「じゃ、ヒビキ、ウチちょっと町の様子みてくるから、使い方伝えといてくれるか?」
「うん」
「ピーちゃん、ちょっと付き合うてー」
「は~い」
妖精二人が窓から飛び立っていった。
な~んか、怪しいなぁ……。




