73.そうだ妖精を起こそう
「タローさん、吐いたって、大丈夫なのですか?」
真面目なアベルさんだけが心配している。
「どーせまた、宙返り~とかやったんでしょ?」
初めて飛んだ時にはしゃぎすぎて、腕の中の私をグロッキーにさせた事を知っているピーちゃんが、呆れながら突っ込む。
「いや、さすがに俺も大人しく飛んでたよ? でも、タローさんが『宙返りして!』とか『急上昇して!』とか云うからさぁ……」
上昇と下降は、繰り返しやられると声も出ないぐらいキツイからなぁ……。
「今ならミアとソラが下で洗濯してるから、一緒に洗ってきたら?」
「着替えてる間に、タローさんが持って行っちゃって、渡してくれなかったんだ……」
まぁ、どんな理由があれ自分の吐しゃ物が付いた衣類は、自分で洗いたいよねぇ。
慌てふためく男子二人の姿が目に浮かぶようだわ……。
「ほんとアンタ達おバカよね」
「ううぅ。返す言葉がないよ」
「一緒に騒げる友達がいるのは、良い事ですよ」
えへへと照れたように笑うヒビキ。
元いた世界なら、友達同士でおバカな遊びしてても、許されるお年頃なんだもんね。
年相応にふざけあえる友達と出会えたってのは、母ちゃんとしてはありがたいな。
「あ、そうだ。アベルさん、明日からの修行、お昼からにしてもらえませんか?」
「それは構いませんが、どうしました?」
「タローさんの隣の家のおばあさんから聞いたんですけど、”魔素病”を発症している人がいるらしくて」
「どんな症状なのですか?」
「まだ、寝たきりまで重症化している方は居ないけど、一歩手前の”関節が曲がりにくくなる”症状が出ている方が、少人数出ているらしいんです」
「そうですか……。でも、その段階なら、ヒビキさんの妖精のキノコとユニコーンの粉で、充分助けられるレベルですね」
頷いたヒビキの肩に、アベルさんがポンと手を置いた。
「では、僕達も同行させて下さい。なにか手伝える事があるかもしれない」
「ありがとうございます!」
「ただいまー!」
「女将さんがこれくれたー!」
洗濯しに行っていたミアちゃんとソラちゃんが戻ってきた。
ソラちゃんの持つ長方形のトレイには、人数分のコップとジョッキに入ったオレンジジュースが乗っていた。
ミアちゃんは、椅子を抱えてきてくれている。
ヒビキの宿泊している部屋には3脚しかなかった為、気を利かせて持ってきてくれたのだろう。
「「「「オカ~~ン」」」」
猫なで声が四重奏になってる! っていうか、アベルさんまで参加してるし!!
ほんと、どんどん最初のクールキャラから離れてってるなぁ。
「にゃぅ、にゃぅ」
はいはいと、テーブルの上に飛び乗って、全員のコップに霜柱:マカロン風を入れてゆく。
私も、自分専用のマグでオレンジシャーベットを作ってみた。
うんまーぃ。 これはお子様たちがハマるのも頷ける。
霜柱の加減がすごい良いんでないかい?
ひとりで自画自賛していると、ピーちゃんが「そろそろお姉ちゃん起こそうか」と云いだした。
……忘れてたよ。
結界の粉貰うんだったね。
「屋根裏にいるンだよね?」
「どの辺にいるの?」
「小さい扉の死角にいたよ。俺でギリギリ通れたぐらいだから、アベルさんは肩幅がキツイと思う」
「なるほど……」
立ち上がったアベルさんがふわりと浮き上がり、天井の一部分――大きいお姉ちゃん妖精が居た辺り――に左の掌をあてる。
「この辺りですか?」
「そうよー」
ピーちゃんの返事に、軽く頷いたアベルさんが、右手で開いていないチョキの指を作り、天井に50センチ四方程度の四角を描くと……。
切れた天井がごそりと抜けて。
四角いトレイのようになった天井の上には、結界を張ったまま寝ている妖精の姿があった。
……後で魔法で修復するつもりなんだろうけど、まさか天井を切るとは!
そのまま丸テーブルの上にトレイ状の天井が置かれる。
「ホントに寝てる……」
「かわいい……」
娘っ子達がウットリと見つめている目の前で。
結界にそっと触れさせたアベルさんの指先が、バチィと弾かれた。
「……なるほど。このぐらいの結界なら、破れますね」
少し赤くなった指先を見ながら、分析している。
「うっわ。焦ったぁ! いきなり解除するかと思ったわ!」
「え? 駄目でしたか?」
「駄目に決まってるでしょーが! 色々、準備ってもんがあるでしょ!」
「……すみません……」
「ピーちゃん、準備って何したらいいの?」
真面目なヒビキが、すぐに動けるようにと、椅子から立ち上がって問うている。
「あ、ヒビキは何にもしなくていいわよ」
「そっかぁ~」
「アタシは?」
「ワタシは?」
「アンタ達も、何もしなくていぃわ」
「では、僕ですね?」
大仰に頷いたピーちゃんが。おもむろに腕を組んで云った。
「じゃ、アベル脱いで」




