71.空を飛びたいんだ!
「俺さぁ……空飛んでみたいんだ」
真っ赤な顔をしたタローさんが呟いた。
「なんだ! そんな事ならいつでも大丈夫だよ!」
「ホントか!? やったぜ!」
鼻息も荒く興奮し始めたタローさんに、冷や水ピーちゃんが口を挟んだ。
「じゃあ、いまから読み書き計算の勉強して、終わってからヒビキに送って貰えば良いんじゃない?」
「げっ」
見るからにお勉強が苦手そうなタローさんが「あぅ……えっと……」と断る口実を探し始める。
「あっ。そうそう! 俺さ、明日超早起きしなきゃなんだ! 朝市が並び始める頃には到着しときたくてさ! だから勉強はまた今度!」
「んもう! アンタがそんなだったら、ハナコさんが苦労するんだからね!」
「いや、でもさ俺多少は出来るし、必要な時が来たらものすんごく頑張るから大丈夫!」
苦笑いで見つめるヒビキとアベルさん一行の視線が痛くなってきたらしく。
「じゃ、俺、ハナコさんの店の手伝いも終わってるしさ。今から送ってくれよ、ヒビキ」
と、早口でまくし立ててきたタローさん。
「わかった」
色々察して返事をしたヒビキに、さらにタローさんが希望を告げる。
「でさ、でさ。俺、窓から飛んで帰りたいんだよね!」
「いいよ。んじゃ、今から行く?」
「おう! 頼んだ!」
いそいそと、窓辺に立つヒビキとタローさん。
「じゃあ、タローさん、俺の首に右手を回してくれる?」
「おう」
タローさんの右わきの下に、左腕を差し込み、膝の下に右腕を差し込むヒビキ。
え。それってもしや、女子の憧れの……。
「まって、まってまって! ヒビキまって!」
「ん?」
すでに、女子3人組とアベルさんが笑いを堪えてプルプルし始めている。
見事なお姫様抱っこをされたタローさんが、当初とは違う意味で真っ赤になって暴れて、ヒビキの腕から転げ落ちた。
「暴れたら危ないよ」
「いや、だって。お姫様抱っこはやばいって」
「あ、そっか」
少し天然な所があるヒビキが、やっとタローさんの羞恥に気付いたらしく。
「んじゃ、こっちかな」といって腰を落とす。
「おぉ。こっちならイイ!」
タローさんを背負ったヒビキが、窓枠に足を掛け、
「んじゃ、ちょっと行ってくるね」
と云って、夜空に舞い上がった。
「いいいいぃいぃぃいやっほぉぉぉぉおう!」
タローさんの雄叫びが、ドップラー効果のように遠ざかって行くと、震えていた4人が爆笑し始めた。
「ヒ、ヒヒ、ヒビキさん可笑しかった!」
「あ、あそこでっ。お姫様抱っこをっ。迷わずチョイスするって! どうなのよ!」
「あのまま、抱っこで飛んで、っくくく、欲しかったですね」
「あーっはっはっは!」
……若者たちが楽しそうに笑う姿を見ていると、なんとなくホンワカするなぁ。
しかし、娘っ子たちは判るけど、アベルさんでも大笑いするんだな。
最初の印象ってあんまりアテにならないものだな、と思っていると。
ドアをノックする音が聞こえた。
「はーい」
ピーちゃんが代表して返事をすると、ハナコさんが入ってきた。
「お夕食はどうしますか……って、あれ? 『動物使い』様とタローは?」
「タローは帰ったわよー。ヒビキが送って行ったよ」
「え! いつのまに! 全然気が付かなかった!」
ハナコさんが吃驚している。
そりゃ、まさか窓から帰ってるとは思うまい……。
「ワタシお腹すいてない」
「アタシも~」
「そうですね、僕もすいてないです」
「んじゃ、夕飯は無しで!」
「……判りました。明日はどうなさいますか?」
「朝食は頂きます。お昼は出かけますので不要です」
「もしよかったら、昼食をバスケットに入れてお渡しできますよ?」
「やったー!」
「お弁当嬉しい!」
猫耳娘達が大喜びしている。
「では、お昼はバスケットでお願いします」
「かしこまりました。では、失礼しますね」
ハナコさんがぺこりとお辞儀して出て行くと、ソラちゃんが右手の拳をポンと左の掌に載せて、「あっ」っと云った。
「オカン、預かってもらってたモノ出してー」
「にゃっ」
町に戻る事になった時、猫娘たちの脱いだ汚れた服や、アベルさんの破損しまくった『勇者の鎧』を預かっていた。
下着なんかも着替えていた為、ヒビキに預けるのは恥ずかしかったらしく、まとめて私が預かっていたのだ。
空間収納を開けて、後は娘っ子達に取り出してもらう。
私が”許可する”と念じた物なら、第三者に出し入れして貰えるのだ。
”猫の手”な私は物を掴みだすのが不得手な為、この機能はとても助かる。
「んじゃ、今の内に洗ってくるね」
「行ってきま~す」
アベルさんの鎧含め、3人分の洗濯物を抱えた二人が仲良く部屋を出て行った。
途端に部屋の中が静かになった気がする。
ヒビキ、早く帰ってこないかなぁ。




