70.微妙な魔法なら得意です
ハナコさんの宿屋『妖精の森』に入ると、お料理を運んでいるタローさんが居た。
私達を心配して、宿屋で待つついでに、お店のお手伝いをしていたらしい。
「ヒビキ! オカン! 無事でよかった!!」
「タローさん、買い物の途中でごめんね」
「そんなのはいいって! 戻ってきた領主様から『心配ない』って教えて貰ってたし!」
「そ……そっかぁ」
気まずそうにうつむいた、ミアちゃんの頭に止まったピーちゃんが。
「もぅ、気にしなくていいんだからね。むしろいつまでも気にしてたら、耳の中に潜り込んで大声で歌うわよ」
と囁いた。
脅迫じみた励ましだけど、それでも充分和めたらしいアちゃんが、屈託のない笑顔を取り戻して大きく頷く。
突然大きく振られた頭にバランスを崩し、滑り落ちそうになったピーちゃんが、ミアちゃんの耳毛を掴む。
「いったぁぁぁあい! ピーちゃん、そこの毛は駄目えぇぇ」
どうやら、耳の毛は弱点らしい。
ピーちゃんが、ごめんごめんと謝っているのを微笑ましく見ていると……。
「ところで、そちらの方達は?」
お客さんにお料理を運び終わったハナコさんが、声を掛けてくれた。
「あ、俺の知り合いなんだ。宿を探してたから――」
「やったぁ! ご宿泊3名さまー! 頂きましたー!」
「ようこそおいで下さいました! すぐにお部屋の準備を致しますので、少しお待ち下さいね」
ヒビキの説明を最後まで聞くことなく、ハナコさんと女将さんが矢継早にまくしたて。
そのまま二人して二階へ駆け上がって行った。
……料金とか宿泊の説明とか、しないんかーい!
「お部屋は三つにしますか? お一人様素泊まりで小銀貨七枚。食事付きなら銀貨一枚。部屋数が増えても料金は同じですよ」
宿屋の店員じゃないタローさんが、確認を取ってくれる。
なかなかやるな、お主。
「ワタシ、ミアちゃんと一緒の部屋がいいー!」
「「ねー」」
猫耳娘たちの仲良しぶりに、癒されるように微笑んだアベルさんが「二部屋、食事付きでお願いします」と伝えた。
「やったぁ!」
「ひさしぶりのベッド!!」
ハイタッチで喜ぶ娘っ子たち。
うんうん、大変だったもんね。アベルさんの鎧が直ったら、またダンジョン生活だもんね。
この町に居る間ぐらい、のんびり出来ると良いね。
「タローさん、とりあえず俺の部屋に行ってても良いかな?」
「もちろんだぜー! お連れさんの部屋の準備ができたら知らせに行くよ! 渡したい物もあるし」
「ありがとう」
「宜しくお願いします」
◆
ヒビキが泊っている角部屋に入り、アベルさん達に椅子に座って貰う様に伝えたヒビキが、手早く空間収納から飲み物を出した。
同じく空間収納からマイカップを出したピーちゃんと、娘っ子たちに見つめられる私。
「「「おか~ん」」」
案の定、猫なで声が来た。
三重奏になってるけれど、私でも出来る事があるのは純粋に嬉しいから良しとしよう。
まずはヒビキのコップへ”霜柱:マカロン風”を、落とす。
「なるほど。氷を入れるんですね」
と云ったアベルさんが、ミアちゃんのコップに正方形の”ちゃんとした氷”を、コロンと入れた。
ぐぬぬ。なんか、悔しいー!
「あっ! お兄ちゃん、これじゃ駄目なの!」
「そうなの! これじゃシャリシャリにならないの!」
娘っ子二人に駄目出しされたアベルさんが、自分のコップとミアちゃんのコップを入れ替えて、”霜柱”を作ろうとし始めた。
「んん。これは……なかなか……難しいですね」
魔力の操作が完璧すぎるのか、はたまた単純に魔力が強すぎるのか。
アベルさんが”霜柱”を作れる事は無かった。
なんとなくちょっと鼻高々な気持ちで、残りのコップにもシャリシャリの素を投入していると、干していたトレーナーを取り込もうと、窓辺に行ったヒビキが「おぉ~」と云った。
「おかみさん、洗ってくれたんだ! ありがたいなぁ」
昨夜、屋根裏を這いずって埃まみれになったまま、椅子に丸めて置いていた服を洗ってくれていたらしい。
お客の話を最後まで聞かないという難点はあるけれど、細やかな気遣いをハズす事がないあたり、この宿屋兼食堂が繁盛している理由が垣間見える。
手早く畳んだ洗濯物を、空間収納に片づけたヒビキが、ベッドに座ってオレンジシャーベットを飲み始めた。
修行の合間とか、2度目のお風呂の時もシャーベットジュース飲んでたから、お腹壊さないと良いけど……。
コンコンとノックの音がしたので、ヒビキが返事をすると、タローさんが入ってきた。
「お連れさんの部屋の準備ができたらしいぜー! あと、ヒビキ、これ、これ」
タローさんが、手に持った風呂敷を軽く持ち上げてニカリと笑う。
ベッドサイドテーブルに置いて貰った風呂敷を解くと、昨日買った食器と両脇に取っ手の付いた、少し小さ目のコップが出てきた。
「タローさん、これって!」
「ん。オカンのコップ」
「すごい! もう出来たんだ!」
「朝市でレンネット見つからなかったからさ。チーズ作りできないし、こっちも早い方が良いかなと思って、作っといた」
「タローさんありがとう!」
「ん~ぐるにゃ!」
「オカン、試してみくれるか?」
自信満々な笑みのタローさんが渡してくれた、猫専用コップの取っ手に、両手を通す。
すごい! 手の厚みにぴったりフィットしてる! これなら手を滑らす事もなさそう!
しかも、ワンポイントに肉球柄まで浮彫になってる!
可愛い!!
「ん~~~ぐるにゃ!」
「そかそか~。うれしいか~!」
タローさんが私の頭をモフモフと撫でながら、「まだあるんだよ~」と云って、ポケットから丸いわっか状の取っ手が付いた、スプーンを出してくれた。
そっと手を通して軽く曲げると、こちらもジャストフィット!
どちらも、赤ちゃんの離乳食用の食器と酷似しているが、きーにーしーなーいー!
う~れし~!
「タローさん、オカン用の食器はいくら払えばいいかな?」
「ん~。お代より……。ちょっと頼みたい事があるんだ……」
「何なに? 出来る事なら、なんでも聞くよ!」
顔を真っ赤にして、言い淀むタローさん。
お願い事ってなんだろう?




