69.アベル「快適な空の旅をご提供致します」
「ピーちゃん、どういう事?」
「ほら、宿屋の天井裏にいたでしょ。お姉ちゃんが」
「居たね!」
「あのお姉ちゃん、空間魔法の粉持ってるから、たたき起こしてかけて貰えばいいのよ」
「えっ。妖精が近くに居るのですか?」
「いるのよ。アベルほどの魔法の使い手なら、妖精の結界を破るぐらい出来るでしょ?」
「やってみないと判りませんが……。おそらく可能だと思います」
「でも、無理やり起こして大丈夫なの?」
「あのお姉ちゃん、超絶面食いの筋肉フェチだから、むしろ大喜びすると思うわよ」
なるほど。そのカテゴリーなら、アベルさんは間違いなくど真ん中を射抜けるね。
◆
ひとまず町へ戻る事にして、明日からもここで戦闘練習をしようという話になった時。
「じゃぁ、訓練後は毎回お風呂入れるね!」
と手を叩いて云ったピーちゃんの鶴の一声で、簡易露天風呂に屋根を作る事になった。
もし雨が降ったら、せっかくの露天風呂が水浸しになっちゃうもんね。
示し合わせたように一斉にアベルさんを見つめる。
嬉しそうに頷いて、あっという間に切妻屋根を作ってくれた。
そんなアベルさんの後ろに付いて回り、魔法を駆使している様をずっと見ていたヒビキは「凄いなぁ」を連発していた。
妖精の森でも土魔法は成功しかけていたし、早くヒビキも出来るようになるといいね。
テントの片づけをし終わった頃には、もう間もなく完全に陽が沈みそうになっていた。
「陽が完全に落ちてしまうと、町の城門が閉められてしまいますので、急ぎましょう」
片づけタイム中、みんなの周りを只々ちょろちょろしていた私を、もふっと抱き上げたアベルさんが云った。
「あっ。アベルさん、オカンは俺が運びます」
ヒビキの申し出に、ニヤリと笑って、
「急いで飛ぶ時に、抱えてる仲間へ負担がかからない飛び方を、教えてあげましょう」
と云ってくれたので、私の運び人はアベルさんの担当になった。
ソラちゃんとミアちゃんが、『飛翔の靴』を片足ずつ装備し手を繋いだ後、元気よく声を掛けてきた。
「お兄ちゃん」
「いつでもオッケー!」
「では、行きましょう」
アベルさんの合図で、全員が飛び上がる。
あれ?! 上昇する時の、息が出来ない感じがない!
え?! なんで?
景色が流れていく速さを見ても、結構なスピードで町に向かっているはずなのに、毛皮に当たる風を感じないどころか、空気の冷たさも感じない。
訳が分からないけど、快適な空の旅なのは確かだっ。
ひゃほーい!
「アベルさん! オカンなんでそんなに快適そうなんですか?」
真横で飛んでいたヒビキの不服そうな声に、アベルさんが、ふふ、と笑った。
あ、なんか、ちょっと得意げ? 得意げになってるよね?
クールな人だと思ってたけど、実はすごく表情豊かなのかもしれないな。
「風魔法でオカンの前だけ障壁を作っています。あと、火魔法と風魔法を組み合わせた温度管理も、オカンの周りだけ完璧にしているんすよ」
「すごい……!」
やばい。至れり尽くせり感が嬉しすぎるー!
「ホントだー。ここだけほんのり温かいー」
アベルさんの”快適空の旅ご提供”のカラクリを、ヒビキの胸元で聞いていたピーちゃんが、すかさず私の頭の上に止まって寛ぎだした。
「オカン! ピーちゃん! 俺も絶対覚えるからね!!」
ヒビキの何かに火が付いた模様。
負けず嫌いだもんなぁ。
手が届きそうな範囲の努力には、ものすごい粘りを見せるヒビキさんだから、近いうちヒビキの快適空の旅も実現してくれそうな気がする。
◆
キプロスの南にある城門に着地した時には、丁度陽が完全に落ちる所だったけど。
門番のオジサマが、「『動物使い』様だから特別ですよ」と云って、ほとんど閉まりかけていた城門の隙間から、こっそりと入れてくれた。
ありがたや~。
ピーちゃんの入れ知恵で、袖の下もどきの妖精キノコを、一粒渡してお礼を云いながら門を後にする。
門番のオジサマは、受け取った妖精キノコを大急ぎで頬張ると、満面の笑みで手を振ってくれた。
同じ宿屋の方が色々打ち合わせもしやすいし、何より清潔でお安いらしい、ハナコさんの宿屋にアベルさん一行も泊る事にした。
……そういえば、一泊のお値段まだ確認できてなかったんだよなぁ。
女将さんは妖精キノコと相殺で良いと云ってくれてたけれど、そういう訳にいかないし。
第二区画を突っ切るようにして、第一区画と第二区画の間の大通りを目指して歩く。
陽が落ちているからか、町の人たちに呼び止められる事もなく、さくさくと進む。
町には街灯がないので、数多の星と――土星のような惑星と月っぽい衛星――からもたらされる、自然の光に照らされて幻想的…………な、筈なのにっ!!
そこここに生えている奥様の石像が、薄明りの効果を受けて、ものすごくおどろおどろしい雰囲気を醸し出していた。
猫耳娘たち、怖がってないかな? と心配した矢先。
「何回見ても、この石像ってなンとなく不気味だね……」
と、ソラちゃん。
「そぅお? アタシは、この石像見ると落書きしたくなる~」
と云ったミアちゃんの頭に、アベルさんの拳骨が飛んでいた。
えっと。
ミアちゃん、本気で呪われるからやめとこうね。




