64.特訓は、応援する方が好きです
ヒビキが、間隔を空けて並んでいる2本の木の棒に向けて、風魔法を打つ練習を始めた。
剣を使わなくても風の魔法を発動させられる事を知った時の、アベルさんのニヤリと笑った顔は……さながら悪の帝王のようで……。
人に厳しく自分にも厳しいタイプの人だ。
風魔法発動のコツを、教えて貰うのはやめとこう。うん。
スパルタは嫌すぎる。
指導を始めたアベルさんから、じりじりと距離を取った猫耳娘二人が、妙にソワソワしている。
「アンタ達、なにソワソワしてるのよ」
ピーちゃんの突っ込みに、二人が「「しー!!」」っと人差し指を口に当てて諌めてきた。
((静かに! とばっちりが来ちゃう!))
(どういう事よ?)
(指導モードに入ったお兄ちゃんは、ついでのようにアタシ達も訓練させるンです)
(あー)
いるよね、つい熱が入っちゃう監督さん。
(視界に入っちゃ駄目です)
(テントに行く?)
(テントは、お兄ちゃんの横を通り過ぎなきゃだから無理~)
(隅っこの方でじっとしているのが良いンです)
(動くモノを捕らえるのが恐ろしく目ざといので……)
(姿勢を低くして、じっとするンです)
どんなけアベルさんの特訓って厳しいんだ……
頑張れ、ヒビキ。
心の中で、手を合わせておこう。
ドガーン、ドガーンと、木の棒2本どころか、岩風呂周りの床や壁もろともブチ飛ばすヒビキ。
アベルさんがすぐさま修復。
細かな修正点を伝授されたらしきヒビキが、再びドガーン、ドガーンとなぎ倒し。
アベルさんが黙々と修復している。
単調な繰り返しの鍛錬って疲れるよねぇ……。
対照的に、岩風呂の壁際で――丁度アベルさんの真後ろの――考え得る精一杯の死角で、女子3人が気配を殺しながらのんびり雑談を始めている。
(オカン~)
(何~?)
(ヒビキがホットドック買った時、オカンの収納に何個か入れてたよね?)
(うん。10個ぐらい入ってるよ)
何かの本で読んだらしく、『万が一離れ離れになる事があっても、当分の間ちゃんと食べられるようにしておきたい』と云い出したヒビキのお蔭で。
私の空間収納にも、大量の妖精のキノコや、朝市で買った軽食などが入っている。
ヒビキも私も空間収納を使える事を知った時の、タローさんの顔は面白かったな。
(出して~。アンタ達も食べるよね?)
(やったぁ!)
(食べたいです!)
空間収納から取り出したホットドックを猫耳娘達に渡して……。
ピーちゃんに、身長とほぼ同じサイズのホットドックを、渡しても良いのか心配になった。
(ピーちゃんも、1個まるまる食べれるの?)
(食べれる訳ないでしょ。ミアとソラから分けて貰うわよ)
……ですよねー。
喉も乾くかなと思って、これまた朝市で買っていたオレンジジュースも、猫耳娘達に渡した。
木のコップに入れて売られていて、飲み終わってからコップを返すと、コップ代が戻ってくるシステムらしい。
コップの代金は割とぼったくり価格だそうで、フルーツジュース屋のおばちゃんから、「そのまま使っていいわよー。むしろ、返しに来なくていいわよ~」と商魂を見せられた一品だ。
(おいしい……)
(ちゃンとしたご飯……久しぶり……)
猫耳娘達が、ちょっと涙ぐんでいる。
(アンタ達、ダンジョン潜って何食べてたの?)
(岩塩とか……)
(干し肉とか……?)
が、岩塩って食べ物じゃないと思うの。
(その様子だと、アベルさんも空間収納使えないのね?)
((うン……))
そっか~と云いながら、自前のコップにジュースを分けて貰おうとした、ピーちゃんの動きが……止まった。
(オカ~ン)
出た。必殺猫なで声。
へいへい。冷たくしろってんでしょー。
(ミア、ソラ、オカンの手の下にコップを差し出すのよ!)
ピーちゃんの満面の笑みに、楽しい事が起きると感じ取ったのだろう。
すぐさま私の前に2つのコップが差し出された。
右手を上げて。もうお馴染みになった掌球に集まる小さな水球。
あれ? なんか、楽に集中できるな……。
シュイン
聞きなれた水が氷る時の音がして。
霜柱と霜柱の間に薄い氷の板が挟まれた、よく判らないものが出来上がった。
……マカロン、氷バージョン?
まぁいいや、氷ったし、と思いながら、2人のコップに二つずつ入れてあげた。
足元の板を変形させて、即席スプーンを作り、水魔法で軽く洗浄してから、二人に渡す。
ふっふっふー。
洗面器でコツが掴めたのか、小さい物なら割と楽に作れるようになってて、かなり嬉しい。
ジュースがシャーベットになった所で分けて貰ったピーちゃんが「オカン、これだけはホント天才的に上手いわー」と褒めてくれた。
う……うれしくなんか、ないんだからねっ。
……って言った方が良いのかなぁ。
蜂蜜や花の蜜を固めて作ったと売られていた飴玉もどきもあるから、猫耳娘達に食べるか聞こうとしたら。
さっきまで、シャーベットジュースを飲んで顔を綻ばせていた娘っこ達が、蒼白になっていた。
視線の先は……。 私の後ろ?
何をそんなに青い顔をして……と思って振り向くと、音も無く近寄ってきたアベルさんが……いた。
え? なになに? なんか冷気漂ってない?




