63.特訓が始まりそうです
魔物の死骸を焼き尽くしたアベルさんが、ヒビキの腕の中に居る私に手を伸ばして来た。
こっちに来いって事かな?
素直に移動しようとしたら、ヒビキが差し出してくれた。
私を受け取ったアベルさんは、毛皮をかき分けるようにしてなでてくる。
「よかった。どこにも後遺症はないみたいですね」
「にゃう」
「アベルさん、俺に剣を教えて下さい」
「ええ、もちろん」
にっこりとほほ笑んだアベルさんの目が笑っていない。
ヒンヤリとした冷気まで漂っている気さえする。
「ヒビキさんが云い出さなければ、僕からご提案するつもりでした」
「……ありがとうございます」
アベルさん、言葉尻にトゲがあるよね?
やっぱなんか怒ってる……?
「先ほど魔物が出現した瞬間に、即座に剣を構えてましたね」
「はい」
「反射神経は、なかなかのものでした」
「ありがとうございます」
「しかし……なぜすぐに攻撃しなかったのですか?」
「魔物の手前に、オカンが居たから……」
「なるほど。オカンに当たるのを恐れた、と」
「はい」
「それでは剣に魔法が付与されている意味が、全くありませんね。むしろあの時ヒビキさんが構えていなければ、僕はなんの気兼ねも無く魔物を攻撃できていました。」
「えっ」
壊れ物に触るような繊細さで、私が噛まれた部分を撫でながら……
「つまり、オカンが噛まれる前に、倒せていたのですよ」
……と、云った。
眉間にしわを寄せて、ヒビキを見つめる瞳には、あきらかに非難の色が滲み出ている。
あの時、アベルさんはヒビキから剣を借りたのではなく、戦闘の邪魔になるから取り上げた、って事かな。
「連携の練習をしていない者同士で、同時に魔法を放つのはとても危険なのです。合わさる事でどういった作用が起きるか、わかりませんからね」
「……はい……」
「僕は……あの時、魔物の口に火球を打ち込むつもりでした。でも……もしも、ヒビキさんが広がる形の風魔法を打ってしまってたら、どうなると思いますか?」
「……オカンを巻き込んで燃え広がる……?」
アベルさんが頷いた。
「そうです。では、刃状の風だったとしましょう。僕の火球が魔物の喉元にある時に、風の刃がその首を落としていたら……?」
「……やっぱりオカンが巻き添えに……」
再び頷くアベルさん。
「そういう事です。ヒビキさん、貴方が迷った事によって、僕の行動を封じたばかりか、オカンを犠牲にしてしまった。この事は忘れてはいけません」
ヒビキが、ゆっくりと。でも、しっかりと頷いた。
「魔法は、己のイメージで形を変えられます」
アベルさんが片手で私を抱いたまま、もう片方の手を木の床に触れると。
2メートル程先に、2本の木の棒が出現した。
奥の棒は1メートル程で、手前のは50センチ程の高さがある。
太さは直径50センチ程……かな?
「奥にある木を攻撃したい場合、普通の剣技であれば、手前もなぎ倒してしまいますね」
「はい」
「ただし、剣圧を魔法で制御できれば、奥の棒のみ破壊する事ができます」
「……はい」
「ヒビキさんは、町に留まるのではなく旅を続けるのですよね?」
「そのつもりです」
「今回は、僕の不用意な血の臭いが原因だったかもしれませんが、旅を続けるのであれば、ああいった魔物と遭遇する事は、覚悟した方が良いです」
「はい」
「大切な仲間が危機的状況になった時に、【仲間に当たりそうだから』なんて甘えた考えでは、守れる筈がありませんよね」
「……」
ちょっと前まで、幻覚に惑わされて猫耳娘達に結構な危機的状況を招いてたじゃんかー、という突っ込みはしちゃいけないんだろうな。
それとも……。
そんな自分を戒める意味を含めて云ってるのかな。
たぶん後者なのだろう。
私を抱える腕の力が、少し強くなっている気がする。
「ちなみに……ヒビキさんは、剣を覚えてどのぐらいですか?」
「えと、習った事はありません。その剣を貰ったのも2日前なんです」
「えっ」と云ったアベルさんの目が、真ん丸になってる。
「”降りかかる火の粉は払う必要がある”ってドワーフのお爺ちゃんが持たせてくれたんですけど、お試しの時に1回振っただけで……」
「それは……。すみません。てっきり鍛錬を怠っていたのかと……。キツイ言い方をしてしまいました」
苦笑いのヒビキが、首を横に振っている。
アベルさんの鎧の修復が終わるまで、次のダンジョンには潜れない。
その間、剣と攻撃魔法を教えてくれると云う。
「そういえば、アベルさんって、何属性の魔法が使えるのですか?」
「僕は、火・水・風・土・木の5属性ですね。もともとは火と水のみだったのですが『勇者』の職業を頂いた時に、残りの属性も付与されました」
生まれつき持っている属性以外の魔法を使えるようになる為には、神様から職業を貰った時に追加されるか、妖精の粉を降りかけて貰うかの二択らしい。
妖精の粉の場合――どういう理屈かは不明だけど――受ける側の体が拒絶反応を起こす事もあるらしく、必ず使えるようになるとは限らないとか。
拒否反応こそ出なかったけど、未だに風魔法だけ発動する気配すらない猫がここにいますけどー!
「僕の稽古は厳しいですよ」
アベルさんの目がキラリと光った。
えと、優しいコースがあるのなら、私にも空を飛べる風魔法……教えて欲しいなぁ……。




