表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

62/167

62.オカン、捕食される

 ビックリした! びっくりした!

 いきなりすぎてびっくりした!


「ふむ。どうやら違うようですね」


 アベルさんが呑気に分析しているけど!

 落ち着いた雰囲気の人だから、油断してた!

 なんっちゅう、ぶっとんだ思考回路してるんだ!

 

「ソラ、お願い」


 ダクダクと血が流れている左腕を差し出されたソラちゃんが、『回復の腕輪』を嵌めている右手を傷口にかざす。

 ソラちゃんの掌から、エメラルド色の優しい光が発生して、ゆっくりと傷口を塞いだ。


「ありがとう、ソラ」


 お礼を云いながら、はにかんで笑うソラちゃんの頭をひと撫でして。

 

 『世界樹の種』に付いた血と、足元に溜まった血だまりを水魔法で洗浄し、風魔法で床の外へ追いやった。


 この人、息を吸う様に魔法使うなぁ。


「アベルさん!! なんてことするんだ!」

「え?」


「万が一、その方法が正しかったとしても、こんな場所で世界樹が芽吹いたら大変でしょう!」

「……!」


「第一! 治るからって、自分で自分を傷つけるような方法で、芽吹くとは到底思えない!」

「……すみま――」

「ダンジョンに籠りっ放しだった事といい、貴方はもっと自分を大切にするべきだ!」

「――せん……」


 ヒビキのスイッチが入っちゃったかぁ。

 体調悪いのを内緒にして仕事に行ってた事がバレた時も、こんな感じで怒られたな。


 こうなると、矛先がいつ誰に向くのか判らない。

 (いか)れるヒビキさんからは、距離を取るのが吉なのだー。


 ヒビキの肩からソロリと降りて、岩風呂の方へ避難する。

 風呂のふちに寝そべり、前足を浸けて足湯もどきを堪能しながら、壁際で進行する”アベルさんの叱られタイム”を眺める事にした。


「焦る気持ちは、わかります。でも、きちんと食べて、きちんと寝て、計画立てて動かないと駄目です!」

「すみません……」


「もっと云ってやってー」と云わんばかりに、俯いてニヤニヤしている猫耳娘たち。


「こんな小さな子達に、あんなに心配かけて!」

「「えっ」」


 猫耳娘たちが、そろって顔を上げる。


「ヒビキさん、アタシ達」

「小さい子じゃないよ~」


「え?」


 猫耳娘達は、150センチには届か無さそうな身長で。

 ヒビキがかろうじて170センチ。

 アベルさんは180センチは余裕でありそうなので、並ぶとかなり小さく見える。

 くりくりとした大きな瞳も相まって、幼い印象を受けていたけれど。


「えと、何歳か聞いてもいい?」

「「16歳!!」」


「ごめん、まさかの同じ年……」

「「……うん……」」


 気まずい雰囲気が流れ始めたので、もふもふ癒しな私が参戦してあげよう、と岩風呂から手を出そうとしたら……。


 嗅ぎ覚えのある、嫌な臭いが鼻孔を掠めた。


 ……これって、王様が腐ってた時の臭いだ……。

 異変を知らせようと皆の方を向いた矢先。


「みんな、こっちへ! 僕の後ろへ固まって!」


 アベルさんの叫び声と、ほぼ同時に。


 簡易露天風呂の囲いの一部――皆がいる壁とは反対側――が爆音とともに大破した!


「「「きゃああああ!」」」


 飛び散る木の壁の破片。


 グルゥルルルル……


 肉食獣が放つ、低音の呻り声。


 四肢以外がウロコに覆われた、キリンのようなシルエットの魔獣が、私のすぐ目の前にいた。


 大きく開いた口が……

 涎を垂らして近付いてくる……


 魔獣の動きが、いやにスローモーションに見える。


 右の前脚と後ろ足にある、斑に黒く変色した皮膚。

  

 間近に迫る、金色に光る瞳は……

 縦に瞳孔が開いていて……


「「オカン!!」」


 ――ヒビキとアベルさんの声が聞こえたような気がした……。


 返事をしたいけど、右肩から胴にかけて襲ってきた激痛に、頭が真っ白になる。

 目に真っ赤な飛沫が飛んできて、痛くて開けられない。


 喰われた?!

 私喰われてるの?!


 魔物の牙が肺まで達しているのか、「かひゅ、かひゅ」と、途切れた声しか出てこない。

 

 ゴキゴキと肩の骨に食い込む嫌な音が骨伝いに響いてくる。


 魔物が、私を咥えたまま跳躍した、その刹那――


 ゴウッ!!


 ――分厚い風が空気を切り裂く音がして……。


 どさりと、魔物の頭部ごと地面に叩きつけられた。



 ダンダンダンダン、と、複数の足音……が……近づいてくる……ような……気が……。

 気のせいかな……遠のく意識の片隅で、だんだん冷たくなっていく自分を感じていると……。


 口の中に、何かが流し込まれた。

 口腔から、温かい何かが瞬く間に全身に広がっていく……。


 あ、これ『世界樹のしずく』だ。

 すごいな、もう息が出来るようになった。

 肩……の激痛も嘘のように感じない。


 ぼたぼたと降ってくる大粒の水滴が、私の顔に当たっている。


 目を開けると、抱きかかえた私を泣きながら見下ろすヒビキの顔があった。


「にゃ~ぅ」


 ヒビキの頬を撫でようと、まだ少しだけ震えが残っている腕を上げる。


「オカン! オカン! よかった!」


 私の手を握り、自分の頬に当てながら、嗚咽交じりに云うヒビキ。


「オカン、大丈夫?」


 ヒビキの肩に立っているピーちゃんが、心配そうに覗きこんでいる。

 猫耳娘達も、両手を握り合いながら覗き込んでくれていた。

 

「すみません。僕の血の臭いが、魔物を引き寄せてしまったのかもしれない」


 アベルさんが、『風魔法が付与された短剣』をヒビキに渡しながら云ってきた。


 さっきの、風が切れるような音はこの剣の音だったのだろう。


 くるりと振り向いたアベルさんが、両手を肩よりも少し上にあげると、キリンのような首を切り落とされた魔物が空中に浮かび上がる。


「すごい……」


 巨大な火の玉が空中の魔物の死体を中心に発生し、だんだん小さくなっていくと、魔物の姿は跡形も無く消えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ