6.飛べない猫はただの猫さ
膝の上で突然光り始めた猫の姿に固まりながらも、放りだす事なくじっと見つめてくるヒビキ。
危機感のない我が子に、なんとも言えない気持ちになりながら、そっと離れようとするが、いっそう強くなった光のせいで目を開けていられなくなり、目を閉じてじっとする。
閉じた瞼の内側で、小さな星がくるくると回っていた。
これ、小首をかしげた神様から飛び出した星だわ。
見覚えのある星がサラサラと砂のように崩れて、視界いっぱいに広がって消えると、私の体から出ていた光も一緒に消えた。
恐る恐る目を開けると、同じようにそっと様子を窺うヒビキと目があった。
くわっ! と一気に目を開いたヒビキが叫ぶ。
「オカン! 羽生えてる!!!」
首だけを後ろに回して確認すると、小さめの鳩のような白い羽が生えていた。
真っ白な猫の体に白い羽。幻想世界の生き物に、こんなのいたっけ? 新種かな?
まぁ、いいか。空! 空が飛べる! 自力で飛べる!!
わが身に起きた不思議現象に、ひっかかるモノはありまくりだが、そもそもこんな世界に飛ばされているのだもの。今更なにが起きてもおかしくはないと、無理やり納得する。
空想世界が好きなら人ならば、空中を自由に飛びまわる力に、一度や二度は必ず憧れるものだろう。
わくわくしながら、我が背に生えた羽を動かしてみると、羽ばたく度に、ふわり、ふわりと少しずつ浮き上がった。
これ、きつい!
どう考えても、私の体重を浮かせ続けられるだけの、翼力が足りないのだ。
何かで読んだおとぎ話には、竜のように翼と体の大きが釣り合っていない生き物は、翼の力ではなく魔力で空を飛んでいると書いていた。 翼は方向転換を楽に俊敏にする為の、補助のようなものだそうな。
魔力の使い方なんぞ、ひらめくはずもなく。
純粋に筋力のみを使って飛ぼうとしている為、全力疾走をしている時のように、心拍数がどんどん上がり、息が乱れてゆく。
猫になった小さい体には、さしたるスタミナがあるはずもなく。
1メートルほど浮き上がった所で力尽き、べしゃりと情けない音を立てて落下した。
ぜぇはぁと荒い息を吐く私をひょいと持ち上げて、そっと抱きかかえたヒビキの肩が、プルプルと小刻みに震えている。
さすがに大笑いするのは我慢してくれているようだ。
「……どんまい。きっとその内たくさん飛べるようになるよ」
何の根拠もない事を言いながら、背中のもふもふをなでてくる。
「いいなぁ。俺も空飛んでみたいよ」
ぼんやりと虚空を見つめながらつぶやいたヒビキが、突然何かを思いついたかのように目を見開き、おもむろに右手を挙げると、力強い声で叫んだ。
「ファイヤー!!」
ヒビキの掌から、勢いよく何かが飛び出す事もなく……気まずい空気が流れる。
「ウ……ウォーター!」
なにも起きない。
「サンダー!」「ホイミ!」「ヘイスト!」
おなじみの呪文を、かたっぱしから試しているようだ。
しかし何も起きない。
「メダパニ!!」
ムキになってとんでもない呪文を最後に叫んだところで、ようやく我に返った様子。
「……うん。出るわけないよね。知ってた!」
ドヤ顔で胸をはるヒビキ。
メダパニって、某ゲーム内で使える混乱を付与する魔法の名前ではなかったろうか。
発動したらどーするつもりだったんだ。おバカ息子。
我が子の黒歴史第一号を目の当たりにしてしまい、薄目を開けて見つめながら、そっと肩を叩いた。
「……ぶっ! あははははははは!!!!!」
不意にかわいらしい女の子の笑い声が聞こえてきた。