57.苦しい言い訳と、臭いお兄ちゃん
「ど、どっどうしよう。どうしよう」
「そんな事までワタシに聞かれても、わっかんないわよっ」
ヒビキとピーちゃんが慌てふためく間にも、領主様達はどんどん近づいてくる。
「窃盗じゃなかった事にすれば、極刑は免れるよね?」
「あれはどう見ても『動物使い』様のお供を、さらって行ったとしか見えなかったけどね!」
「お芝居って事にするのはどお?」
「そ、そうね。ちょっと無理があるけど」
「何? ピーちゃん、オカンなんて云ったの?」
「お芝居にするのはどおって」
「そ、そか。ちょっと無理があるけど、そのぐらいしかないよね」
お芝居としてのこじづけを、必死で考え始めたようだ。
「こうすれば……いやでもそしたら爆炎が……」
なにやらブツブツ呟いている。
頑張れ、ヒビキ。
うんちく好きの能力を、今こそ発揮するのだ!
「『動物使い』様! ご無事でしたか!」
領主様は、十人程の騎士さん達を引きつれて来てくれたようだ。
ありがたいんだけど、かなりやばい。
「えと、ご無事って?」
おとぼけ作戦から入る事にしたらしい。
「『動物使い』様のお供の猫が、攫われたと聞きました。追いかけた『動物使い』様も、町を守って爆撃されたと」
あー……。しっかりと過不足なく伝達入っちゃってるよ。
報連相が行き届いてるって素晴らしい。
「あ、あぁ! すみません、アレ! お……お芝居の練習だったんですよ!」
「え?」
「え、ええと、その。も、もう少ししたらタローさんの、結婚式があるので……余興! そう! 余興の練習を!」
「は?」
「友人に頼んで、夜! 夜に練習する事になってたんですが、ちゃんと伝わって無かったみたいで。朝市が猫で! どーんがばーんで!」
「……はぁ」
「お騒がせして、すみませんでした!」
90度の角度でガバっとお辞儀したヒビキ。
だいぶ苦しいよなぁ……。
領主様の目が細ーーくなってる。
どーんがばーんて、何の説明にもなってないし。
「『動物使い』様、顔を上げて下さい」
顔を上げたヒビキの目を、じっと見る領主様。
チュニックの中に入れられたままなので、早鐘を打つヒビキの心音がダイレクトに伝わってくる。
頑張れ、ヒビキ。
目を逸らしたら負けだ。
見つめあう領主様とヒビキ。
審議を探るようにヒビキの目を見る領主様。
「……わかりました。余興の練習ですね」
「はい」
「皆の者、聞いた通りだ! タローの結婚式の時に、『動物使い』様がすごい余興をして下さるそうだぞ!」
「「「お、おぉー」」」
皆さん思うところはあるのだろう。
釈然としないけど、領主様がそう云うなら……という空気が、ガンガンに流れている。
「さぁ、戻ろうか」
騎士さん達に号令をかけて引き返そうとする領主様。
「みなさん、本当にすみませんでした!」
「いいってことよ」とか、「きにすんな」とか、口ぐちに声を掛けてから引き返して行く騎士の皆様。
良い人たちだなぁ……。
最後に踵を返した領主様が、「余興、楽しみにしてますよ」と、ニヤリと笑って戻って行った。
……そういう事にしてやるから、面白いモン見せろよ的なニヤリだろうなぁ。
みなさんの姿が見えなくなるまで見送ったヒビキが。
「ぬあああぁぁぁ~~~」
うめきながら、崩れ落ちた。
「余興って、何すればいいの?!」
ピーちゃんと私と三人で、テントウ虫のサンバ歌う?
……なんて言える訳もなく。
四つんばいで崩れ落ちてるヒビキの頬っぺたを、そっと撫でてみた。
がーんーばーれー。
なでる私の手を握り、肉球をぷにぷにしながらヒビキが云う。
「オカン、ごめんね。怖い思いさせたのに、あの子達を捕まえさせる事ができなかったよ」
「いいよ」
「いいんじゃない? あそこで打ち首を望むヒビキの方が気色悪いし」
「そっかな」
「うん」
「うん」
「テム爺さんが云ってた、”降りかかる火の粉は払う必要がある”って意味が、なんとなく判ったよ」
「そうね……。キプロスの町は治安は良いけど。街道には盗賊も出るし、辺境の村だと宿屋にもおちおち泊れないらしいわよ」
「うわ……。必要と思った人に『世界樹のしずく』を飲ませるだけの、のんびり旅で良い筈だったんだけどなぁ」
「だから言ったでしょ。やっかい事が向こうから来るって」
私の両手を握ったヒビキが、自分の両瞼に肉球をポンとのせて「いやだぁあ」と呟いた。
「あのぅ……」
背後から、遠慮がちな男性の声がした。
「気が付いたんですね」
「はい。助けて頂き、ありがとうございました」
深々と頭を下げてお礼を云ってくる男性。
ボロボロの鎧は脱いだらしく、上半身は裸。
下半身は、所々何かに引き裂かれたような穴があるスパッツ姿。
ばらりと垂れ下がる長い前髪で、顔立ちはよくわからない。
肩甲骨の下あたりまである、ほったらかしましたと言わんばかりの長髪には。
泥と埃と……所々に固まった血らしきものがついていて。
無精に伸びた髭がまばらに顎周りを覆っているので、不潔感倍増。
なにより! 倒れてる時も思ったけど、この人クサい!
すっぱいものが腐ったような、まさに刺激臭。
鎧を脱いだからか、寝ていた時よりも臭いがキツイ。
ハナコさんの宿屋にお風呂が無かったから、マメに入浴する習慣が無いのかもしれないと思ってはいたけど。
無理! 母ちゃん清潔感の無い人、無理!
トリハダでるぐらい、無理!
「アンタ、臭い!」
空気読まない隊長のピーちゃんが、鼻を押さえながら心底嫌そうに叫んだ。
ピーちゃん、よくぞ云ってくれました!




