55.助けるのか。助けないのか。
命のお話しが入ります。少し重いです。
文末にお腐れ表現も入ります。
苦手な方はご注意下さい。
「ヒビキ。この子死にかけてる。今なら『世界樹のしずく』で全回復させられるよ」
ピーちゃんの冷静な言葉に、鈍器で後頭部を殴られたような衝撃を受ける。
死に……かけて……る?
そうだ。
ヒビキだって……結界魔法を覚えていなければ、火の魔法を喰らった時。
どうなっていたか……判らない。
ここは、剣と魔法が存在する世界。
『勇者』が竜王を屠る事を目指す世界。
……元いた世界よりも、死が身近にある世界。
私だって、あのまま攫われていたら、何をされていたのか判らないのだ。
今更ながら、体の震えが止まらなくなる。
私の頭に、置かれているだけになったヒビキの手からも、震えが伝わってくる。
助けるべきだ。
頭ではそう思う。
でも……?
助けた後、また狙われるかもしれない。
他の人に、刃を向ける人かもしれない。
この世界では……何が正しいのか……わからない。
トラ縞の猫耳の少女の瞳から、一筋の涙が流れた。
はくはくと口を動かしてしているが、言葉は聞き取れない。
開いている瞳はすでに焦点も定まっておらず、虚ろに反射している光が、消えようとしている……。
ごぽり。
少女の口から黒味を帯びた血が流れ出た。
「……だめだ」
少女の瞳から……光が消える……その、最後の瞬きをした瞬間。
「死んじゃ駄目だ!」
それまで震えていたヒビキが、急いで空間収納から『世界樹のしずく』を取り出し、少女に飲ませた。
直後。少女の体からほんのりとした金色の光が発生する。
上空から落ちた衝撃であらぬ方向を向いていた四肢が、正しい位置に戻って行く。
ぽかりと虚空を見つめるのみだった瞳に、命の光が戻る。
光が治まると……猫耳の少女は数回瞬きをして、ゆっくりと上半身を起こした。
己の両手を握ったり開いたりした後、驚愕した顔でこちらを向く。
すぐにヒビキが結界を発動して、攻撃に備えてくれた。
「も……」
も?
「申し訳ありませンでしたー!!」
がくがくと震えながら、地面に額をこすり付けて詫びてくる。
この世界にも土下座ってあったんだ……。
「なんでこんな事を――」
「お願いします!」
ヒビキが最後まで言い終わる前に、猫耳少女の叫びに遮られた。
「アタシがこンな事言えた義理ではないのはわかっています。この後、どンなお咎めでも受けますから、お願いします。お兄ちゃんを助けて下さい。」
土下座したまま懇願してくる猫耳の少女。
「何でこんな事をしたのか、先にいうんだ!」
ヒビキの怒声に、ビクリと肩をすくめた少女が云う。
「お兄ちゃんが、死にそうなンです。だから、薬か魔法を使える人を町へ探しに行きました」
「……それで? なんで俺の仲間を連れ去ろうとしたんだ?」
「アタシの種族に……古くから伝わる伝説があって……」
「どんな?」
「”始祖様の血を飲ませればどンな病もなおる”と。だから、見つけた時に……」
「咄嗟に連れ去ったって事? それって強奪だよね」
「急いでたンです。後で必ず説明して、お支払いもするつもりでした」
「お支払い?」
「手持ちで足りない分は、一生かかってもお支払いするつもりでっ」
「その割には、俺に攻撃してきたよね?」
「……足止めのつもりでした。爆炎は派手に上がりますが、ダメージはそれほど出ないものを――」
今度はヒビキが遮った。
「――つまり、お兄さんは今かなり危険な状態って事?」
「はい。お願いします。なンでもします。どうか助けて下さい」
猫耳少女は、今にも気を失わんばかりに震えている。
長い溜め息を吐いたヒビキが下唇を噛む。一瞬の思案後、口を開いた。
「どう償ってもらうかは後で決める。お兄さんの所に案内して」
「はい!」
ガバッと起き上がった猫耳少女が、勢いよく上昇し、先ほど向かっていた方角へ飛翔する。
「オカン、ちょっとだけ我慢しててね」
私が頷いたのを確認したヒビキも、素早く上昇して少女を追った。
◆
かなり上空を飛んでいるので、大陸の大まかな地形が確認できる。
南方にはアルプス山脈のような、寒々とした色の山脈がそびえ立っていて。
南東・南西側へどこまでも続いていように見えた。
「ピーちゃん、この大陸って山に囲まれてるの?」
「そうよ。しかも、ほとんど草木が生えない岩山がね。上の方は雪と氷に閉ざされてるらしいわよ」
「山を越えるのは厳しそうだね」
「超えるのは厳しいけど、あちこちに迷路みたいな洞窟があって、向こう側に抜けられるそうよ」
「行った事あるの?」
「まだ無いわ。ヒビキと会えなければ、どうにかして探しに行こうと思ってたけど」
「そっかー。向こう側には何があるのかな」
「海があるらしいわよ」
「海かぁ……」
「あと、竜王の住処は西の岩山の向こう側にある、って言われてるわ」
「ピーちゃんは色々と物知りだね」
「まぁね。100歳になるまでの間に、女王様が色々教えてくれた……っと。おしゃべりはここまでみたいね」
「そうだね」
猫耳少女が下降し始めたその先に、横たわる人ともう一つ人影が見えた。
「オカン、降りるよ。大丈夫?」
こくこくと頷く。
今は、急下降で気分が悪くなるとか言ってられないもの。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん、助かるよ! もう大丈夫だよ!」
先に着地した猫耳少女が、横たわっている人に向かって叫んでいる。
お兄ちゃんと呼ばれた男性に意識は無く。
きつく寄せられた眉は小刻みに痙攣しているし、吐血したのか食いしばる唇の端にどす黒い血の跡が付いている。
全身に装備している白銀の鎧は、ほとんどの箇所が破損しており、胸の部分を覆う鎧に至っては、右肩から左腹部にかけて大きく引き裂かれて原型を留めていない。
「ピーちゃん、これってもしかして……」
「うん。妖精の王様と同じ。魔素に侵されてる」
引き裂かれた鎧の隙間から見える、胸囲から腹部にかけて……。
あの時の王様と同じ、斑に腐る肌が見えていた。




