38.石像って今にも動き出しそうで怖いよね
豊かに流れる腰まである髪。
すっと通った鼻筋。
豊満な胸を強調したドレス、くびれた腰。
今にも何かを話し出しそうな少し開かれた口。
すらりと伸びた両腕は、手を広げて前に突き出していて……見た者を掴み捕らえようとしているようにも見える。
全く同じポーズ、同じ大きさの石像が、なんの法則もなく町中に散りばめられているのは、不気味すぎる。
のどかな町の風景との対比が酷い。
「あの、タローさん?」
「ん?なんだい?」
「この、石像はいったい……?」
「あぁ、これはな、領主様の奥様の石像なんだ。8年前、村を襲った病魔を救った奥様の石像だからな。魔除けの効果があるって言って、領主様が町じゅうに置いて下さってるんだ」
「へ……へぇ……」
魔除けっていうより、魔寄せ効果の方がありそうだけど……。
学校の七不思議のひとつに、”夕方7時の鐘が鳴ると二宮金次郎が走り出す”ってのがあって、小学6年生まで信じていた私としては、奥様の石像群は恐怖。
本気で夢に出てきそう。
「出来るだけ早く、この町から出ようね」
「ワタシもそう思うー」
もともとこの町が嫌いなピーちゃんも同意してくれた。
王様が追い出される原因になった”最初の角”って、ここの奥様が囮になってたんだもんね。
……でも、病魔が襲ったって言ってたから、仕方なかったのかもしれないけど。
この、数え切れないほどある石像は、やりすぎだと思う!
しかし、石像って結構な重さあるって言うよね。どうやって運んでくるんだろう……。
はてー……と考え込んでいると、タローさんのお家に着いたようだ。
「先にハナコを小屋に連れて行ってもいいかな?」
「もちろんです」
タローさんは、ハナコ一匹しか飼っていないらしく、牛小屋は小さ目の駐輪場程度の広さがあるものだった。
中に入ってギョッとする。
ハナコが寝床にしているらしき乾草の山に、向き合うようにして置かれている奥様の石像。
寝床に入ったハナコからしてみれば、小屋にいる間、ずっと奥様の石像が腕を伸ばして自分に向いている訳で。
……そりゃストレス溜まるわ……。
「と、とりあえず、手伝いますので、奥様の石像を外に出しましょう」
「ありがてぇ! 結構重いんで俺一人じゃきついんだ」
二人がかりでもかなりの重さがあるらしく、半ば引きずるようにして小屋の外に出す。
【ありがとう! これでやっとゆっくり眠れるわ!】
そもそも、ありがたい石像を、なにゆえハナコの小屋に、あんな向きで置こうと思ったのかと。
この町の不思議な風習に、げんなりしながら小屋を出た。
タローさんのお家は2階建てで、庭には乾草が山のように積まれている。
「男一人で住んでいる家だから、大したもてなしもできねぇが、是非泊っていってくれ」
「え、でも、ご迷惑では……」
「なーに言ってんだい。『動物使い』様がいなかったら、俺はどこまでハナコを追いかけるハメになったかわからねぇ。町の連中にも、ここに泊って頂くって言っちまったんだから、遠慮なく泊って行ってくれ」
次に行く所も決まっていないし、あと数刻もすれば陽は落ちるし、お言葉に甘える事にした。
タローさんのお家は、もともとはご両親との3人家族だったらしく、2階にご両親の部屋とタローさんの寝室がある。
ご両親は、8年前に病魔が流行った時にお亡くなりになったと云う。
「親の部屋は俺が使うから、『動物使い』様は俺の部屋を使ってくれ」
「あの、ヒビキって呼んでくれませんか? 様を付けて呼ばれるのは慣れてないので、むず痒いです」
「そうかー? じゃあ、ヒビキで。俺も様つけたり敬語で喋り慣れてないから、いつ舌噛むかとひやひやしてたんだ」
え。敬語なんて一度も使ってなかったよね?
様を付けるだけで敬語だと思ってたのかな。
……この世界には自由人しか居ないのか……。
「じゃあ、寝床の用意するんで、手伝ってくれー」
「はい」
タローさんのベッドのシーツをめくると、乾草がっ!
アルプスの少女のベッドだ!
タローさんのベッドに敷かれていた乾草を、ご両親のベッドに移動させ、庭に置いてあった乾草を、タローさんのベッドに運び込む。
シーツを上に掛けたら完成!
あっちの世界にいたら、絶対体験できなかったであろうベッドに、一気に機嫌が良くなった。
うん。石像は視界に入れなければ良いのだ!
キプロス最高ー!
ふっかふかー!
「オカン、楽しいのは判るけど、下に行くよ」
乾草のベッドを一番乗りで堪能していた私を、ひょいっと肩に担ぐと、タローさんと一階に降りて行った。
タローさんのお仕事は、ハナコのお乳から取ったチーズ作りと、木彫りの食器を売る事らしく、お手製の食器をいくつか買わせてもらう事に。
共同で開いているお店にしか商品を置いてないとの事なので、明日お邪魔する約束をした。
妖精キノコがあるから、食べたい味のものが何時でも食べられるとはいえ、こっちの世界ならではのものも、作って食べてみたいもんねぇ。
夕食には、少し硬い食パンに、とろけたチーズを乗せたものと、トウモロコシのスープを頂いた。
やっぱり、温かい食事って、それだけでご馳走だね!
少し早いけど、明日は引っ張りだこになるから、早めに休んだ方がいいと進められて、2階に戻る。
「『動物使い』様の、動物と話せる能力を目当てに、町の人達がペットやら家畜やらを連れて、ひっきりなしに訪問されるだろう」と。
いろんなペットの気持ちを聞けるのは、ちょっと楽しみだ。
聞いて町の人にお伝えするヒビキは大変だろうけど。
妖精の国を出てからずっと魔力を使って飛んでいたし、丘からは一人だけ歩いていたし。
相当疲れていたのだろう。
乾草のベッドの柔らかくて暖かな感触も手伝って、ヒビキがすぐに寝息を立て始める。
私とピーちゃんといえば、ずっと運動らしい運動もしてなかったので、全く疲れておらず、横になってもなかなか眠れずにいた。
「寝れないねぇ」
(そうだねぇ)
「なんかして遊ぶ?」
(静かにできる遊びならいいよ)
なにして遊ぼうかー、なんて言いながらベッドを降りる。
……降りた前脚の数歩先に、伏せられた平皿のような形の石があった。
(ねぇ。さっきまであんな石なかったよね……?)
「なかったわねぇ」
嫌な予感しかしないが、その石から目が離せない。
石が、少しずつ上に伸びて行き……前髪らしき形が見え……眉・目と見えて来る。
どんどんどんどん石が成長して……町じゅうに乱立していた、奥様の石像がひとりでに完成するのに、ものの数分もかからなかった。
「み”ぎゃーーーー!!」
「いやあぁぁぁぁああああ!!!」
ピーちゃんと私の絶叫が、響き渡った。
誤字ぺったん、ありがとうございます!
『夜になると走る人体模型が一番怖かった』『12時になると目玉が動くベートーベンの絵が一番怖い』『陰ながら応援してるよ!』
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地域ごとに面白い七不思議があるそうですね。
7つ目を知ったら恐ろしい事が起きるらしいですが、私は3つしか覚えていません……。




