36.キプロスの町へ
私は今、トー爺さん力作のカバンに入り込み、顔だけ出した状態で、空中遊泳を楽しんでいる。
そう! 楽しんでいるのだ! ひゃっほう!
気分は空中ブランコだ。
あの雲はなぜ~♪なんて歌いだしたいぐらい楽しい。
森を徒歩で突っ切るには、出てくる魔物の数が多い為危険度が高い。
せっかく空を飛べるようになったのだからと色々試した結果、急に上昇したり下降したりされなければ、”空中遊泳酔い”を発症しない事が判明した。
今は一定の高度を保って飛んでくれている。
速度にも気を使ってくれているらしく、おかげで景色を眺める余裕まである。
ピーちゃんが話す、”今までに王様がやらかしたアレやコレ話”を聞いて、爆笑しながら進んでいると、日の出後わりとすぐに出発した筈なのに、もう少しで太陽が真上に差し掛かろうとしていた。
お話上手な女の子がいると、時間を持て余す事が無くてありがたいよね。
「王様に行ってきますしたかったなー……」
「どーせすぐにお土産持って、一旦帰るんだから気にしなくていぃわよ」
ふてくされた物言いをするピーちゃんはと云えば、私と一緒にカバンから顔だけ出している。
あと少しで森を抜けそうだと判明した矢先、カチューシャごと風に飛ばされたので、「危ないからカバンに入っててね」と優しく諭されていた。
結果、ロココな安楽椅子付のピンクのカチューシャは、見事封印の憂き目と相成りましたとさ。
不幸な事故を装ってるけど、母ちゃん’ズ・アイは誤魔化されません。
顎を上げる角度を探って、カチューシャが飛んで行きやすいようにしてたの、気付いてたもんねー。
絶対狙ってたと思う。
やっと森を抜けて最初の丘が見えたので、一旦休憩を取る事にした。
妖精キノコを食べた後、大樹の根元でごろりと寝そべって食休み。
仰向きで寝そべるヒビキの腹の上に、私。
私の腹毛の上にピーちゃんが乗っかって、鏡餅みたいになってる。
そよそよした風に吹かれ、三人揃ってウトウトしかけた矢先、何かを思い出したらしいピーちゃんが「あっ」と声を上げた。
「どうしたの?」
「ヒビキってばさ、昨晩どんな夢みたの? ベロッベロに泣いてた癖に、朝起きたらすっかり元気になってるんだん」
「えっ……。んーと、母さんが出てきて色々話したんだ」
「よかったじゃない。何て話しをしたの?」
「ん~~。それは秘密です」
「えー! なんでよ!」
「恥ずかしいから」
「ケチー」と云いながら、私の腹毛に潜り込んで、ぐりぐりと顔を押し付けてくるピーちゃん。
辞めておくれー。こそばゆいー。
「そーいえばさ、ヒビキ喉乾かない?」
「乾いてる。でも水筒用意してなかったし、町に着くまで我慢するしかないでしょ?」
ちっちっちーと指を左右に動かしたピーちゃんが「オカンがいるじゃない!」とのたまった。
「私の水魔法って、手汗レベルだよ?」
「あ、大丈夫大丈夫。一旦出る所まで漕ぎ着けられたら、次からは悲しい事を思い浮かべる必要もないし、出せる水の量も増えてる筈よ」
「そういうものなの? ピーちゃんは出せないの?」
「ワタシは空間専門の妖精だから、他は無理。覚えるのも面倒くさいし。ほら、オカン、ヒビキの口の上に手を出して。ヒビキはそのままで良いから口開けて~」
のそのそとヒビキの腹の上を歩いて、ぽかりと開けられた口の上に手をかざす。
掌球からジワリと水が滲んできたのを確認して、さらに集中する。
ちょろろろろろろ
素麺1本程度の細い水の糸が、ヒビキの口へと流れ込んでいく。
ごくごくと喉を鳴らして飲んでいたヒビキが、右手を上げてストップをかけてきたので、集中を切らすと、水を止める事も簡単に出来た。
「冷たくて美味しかった! オカンありがとう」
「にゃう~いにゃいにゃ」
もう一度水を出して飲んでみたけど、かなり美味しい!
鼻先に止まったピーちゃんも、私の口にはいる途中の水糸を、両手ですくって飲んでいた。
「さて。休憩も出来たし、そろそろ町へ行こうか」
起き上がったヒビキが、私とピーちゃんを肩に乗せてくれる。
ヒビキだけでも『空間収納』に『妖精キノコ』に『ユニコーンの角の粉末』に、使役系最強職の『生き物使い』を与えられている上に、とどめが『世界樹のしずく』持ち。
私の持ち物の『ファニックスの尾』も入れると、レアアイテムがテンコ盛りにもほどがある状態。
しかも、うなるほど硬貨も持っているのだから、用心に用心を重ねて、”出来るだけ目立たない”をスローガンに旅をする事になっている。
あ、神様の『灼熱のフライパン』はノーカウントで。
だって池の湯沸しでしか活躍してないし。
当然、風魔法で町の入口まで飛んで行くなんて、目立つことこの上ない真似は出来ないので、丘からは歩く事になっていた。
丘から町までは道らしきものは特に無く、くるぶしあたりで刈りそろえられた草地が続いている。
初めての町が楽しみらしく、ヒビキの歩くペースは結構早い。
張り切りすぎると後が大変だよと声を掛けようとしたら、ピーちゃんに先を越された。
「ヒビキ、張り切りすぎ。周りを警戒しながら歩きなさい」
「え。だって、町だよ? 初めての町だよ。楽しみじゃん。こんな見渡す限りの原っぱなのに、危険なんてないって」
ヒビキさんや、それはもはやフラグと呼ばれるものではなかろうか。
「『世界樹のしずく』を持つ者がね、志半ばで折れやすいのは、何かと! トラブルが! 次から次へと降るようにやって来るかららしいわよ……って、ほーらきた!」
あと10分程度歩けば到着しそうな距離にある町の門から、【きゃー!】という悲鳴と共に、飛び出して来た。
牛が。
【助あああああぁぁぁすぅううぅうけえぇぇぇぇてえええぇぇぇぇぇ!!】
と叫びながら、こちらに向かって走ってくる。
牛が。
……フラグ回収、早くない?
『世界樹のしずく』に、『厄介事ホイホイ』と名付けたくなった。
ここから2章が始まります。
お読み頂きありがとうございます
やっと人が住む町のお話が始まったのに、最初に会ったのは牛……。




