32.テム爺さんからの贈り物と魔法の練習
「さて。ムツカシイ話はこのぐらいでよかろう? どうしても何かしたいと思うなら、美味い酒を土産にしてくれたらえぇ」
「樽でな!」
元気な声を掛けてきたテム爺さんが「あ~疲れた、やっとできた」と、首と肩をゴキゴキ鳴らしながら近づいて来る。
「俺のもちょっとすごいぜ? 気合い入れて美味い酒頼まぁ」
ヒビキの腰をポンポン叩いてから、そのまま腰のベルトを掴み、つた草の長テーブルへ連行してゆくと。
「そ~れ、おどろけ~」
と云って、自信満々に短剣を置いた。
「え。剣っ?でも、俺――」
「おっと。殺生はしたくないなんて、ヌルイ事は云うてくれるなよ」
テム爺さんがヒビキの言葉を先読みして、鋭い視線で制した。
「ピーちゃんにお前ぇさんの装備を聞いたらな。『普通の短剣』しか持ってないって云うじゃねぇか。旅をするんだろ? 自分から襲いに行けって訳じゃねぇ。降りかかる火の粉は払う必要がある、って意味だ」
眉根をよせつつ、ヒビキが頷く。
「かといって、今から剣技を覚えるにしても時間が足りねぇ。ってな訳で、足りねぇ分はこっちで補おうって寸法だ」
短剣のつかの部分にぽっかりと空いてる穴を、トントンと指で叩きながら、ニヤリと笑うテム爺さん。
穴と同じサイズに加工された、赤・黄・青・緑・白色の石を、並べていく。
「さて、お前ぇさんの得意な属性を調べようぜ」
「魔法? 使えるの?」
「小さい子達から属性の粉を貰った時に、どれも拒絶反応出てなかったから、使える筈よ」
あれかぁ。池のほとりで粉がどざーっと降ってきたやつ……。
拒否反応こそ出なかったけど、私空飛べないよ……?
「まずはメジャーな火からね! あ、オカンも粉貰ったんだから、一緒に試してみなさい」
私とヒビキの了承など、取る必要もないと云わんばかりに、どんどん進めていくピーちゃん。
スパルタ抗議の始まりぃ……。
「火はね! 怒りよ! おヘソで、怒りを感じた事を思い浮かべるの」
……おヘソ?
おヘソって思考能力あったっけ?
「んで、ぐわ~ってなって来たら、それを手に移動させるだけよ」
ピーちゃんって、時々とんでもなく説明が下手になるよね……。
突っ込むよりも実践しようと思ったのだろう。
ヒビキが、ガッツポーズのような姿勢になって、うんうん唸りはじめた。
う~ん、う~ん、と唸っては、ぷはぁと息を吐いている。
「ほら、オカン、何他人事みたいな顔してんのよ。アンタも頑張んなさい」
えー。おヘソで考え事なんて……と思いつつ、ものは試しだ。
怒りなら任せて。
頭頂部の髪だけが著しく不自由な、赤い星を私にくっ付けてきた爺様を思い浮かべたら、一瞬で沸点到達できる自信あるもの。
神様が小首を傾げた時の顔を思い出す。
すぐに、――ぐつぐつと、胃の辺りが煮え返るような感覚――これのことか――このぐつぐつを手に――ぐわっと――ぐわーっと――移動して――っ
ぽっ
爪の先から、マッチ棒の火より二回り程小さい火が灯った。
「小さっ!」
めざとく見つけたピーちゃんが呆れたような声をだす。
「まぁ、何とか出た、って事でいいか。ヒビキは火属性の魔法、今は無理みたいね」
目に見えてしょんぼりするヒビキ。
「さぁ、次は水! 同じように、おへそで悲しい事考えて!」
今度はおへそを両手で押さえるヒビキ。
眉をへの字にして、目を閉じている。
唇がぴくぴくとへの字になったり戻ったりを繰り返している。
「オカ~ン?」
ピーちゃんが、お前も早くしろと目で訴えてくる。
目を閉じる。思い出す。天空の雲の上。おぼろげになった神様の後ろで、横たわっていたヒビキが光り出した光景を。
赤い星が瞬いて、意識が猫に戻されそうになったあの瞬間を。
全身を、泣きたくなるような感情が覆い尽くす。
涙となって目からあふれる前に。この感情を――掌に集めて――
じわり。
真ん中の肉球、人で云うと掌の部分にあたる掌球に……ジワリと水がにじむ。
……手汗かッ
これ、汗っかきな人が緊張した時レベルの水分量だよね?!
半眼になったピーちゃんが云う。
「はい。オカンはそれでオッケー。量はその内増えると思うわ。ヒビキは水も今は無理みたいね」
ヒビキがすっごい羨ましそうに私を見てくるけど、手汗に、マッチよりも小さい火だよ?!
「ちょっとヒビキが可愛そうになって来たので、風いきまーす」
”自分は出来る”と信じて、手の平から風を出すらしい。
ビュオワッ!!
ピーちゃんの説明が最後まで終わらない内に、ヒビキの掌から小型の竜巻が発生した。
「ちょ、ちょ、ちょっと! ヒビキストーーップ!」
慌てたピーちゃんが、ヒビキの髪の毛を引っ張って集中を途切れさせる。
ぷしゅーっと音を立てて竜巻が消えた。
「危ないなぁ、もう。菩提樹に傷が付いたらどーすんのよ」
「ご、ごめん……」
「で、オカンはまた信じられなかったのね。自分を」
……なんか、その言い回し傷つくんですけど……。
「最後は土ね。なんでもいいから、成長する所とか、作り上げていく所を思い浮かべるの。掌でボールを掴む感じにして力を集めるんだけどね、初心者は地面に両手をつくといいわ。成功すれば、そこらにあるもの使って何かできるから」
ピーちゃん、説明面倒になってない?
ヒビキが手をついて、にやにやしだした。
……プラモ作ってる時の顔だな。
手の近くにあった赤い花が、人型らしき……二足歩行の……一本角がある……赤い彗星の人が乗ってたロボに…………ぽひゅ、と音を立てて赤い花にもどった。おしい!
「お。こんどはちょっと惜しかったわね。んじゃ、オカンもやってみて?」
手をついて思い出す。
ヒビキが産まれて、首が座って、座れるようになって――肉球の中心から、何かが流れていく気がする――立っちして、よたよたと歩いて――
「あーはっはっはっは!」
ピーちゃんの笑い声に目を開けると……。
金色の芝生でできた、5センチぐらいのヒビキ人形がいた。




