2.神様っていたんだ
目が覚めると、見渡す限り果てしなく続く雲の上だった。
宇宙空間のような空は、手を伸ばせば届きそうなほど近くに、星の瞬きが見える。
息子を掴んでいたはずの右手には何も無く、左手にはフライパンを握っていた。
あわてて息子の姿を探す。
少し離れた所に横たわる息子の姿と、しゃがみ込んで息子を覗き込む人の姿があった。
恐る恐る一歩を踏み出す。
雲のように見えるけれど、意外と弾力がある。
これなら踏み抜いて真っ逆さまに落ちる事もなさそうだ。
そっと近づいていくと、なにやら息子に向かってボソボソと話かけている。
「……の……を、……に……じゃ。」
しわがれた老人男性の声。
返答する息子の声は聞こえない。
老人が息子の胸のあたりを撫でさすり始めた。
なに? 痴漢?!
左手に持っていたフライパンを右手に持ち替え、思いっきり振り下ろした。
ぐわーーーーん! ジュッ!!
ドラが鳴ったような音と、熱したフライパンに水を差した時のような音がした。
「――――!!!!」
老人は声にならない声を上げ、頭を押さえてうずくまる。
「うちの子に、何してるの!!!」
2発目をお見舞いしようとフライパンを振り上げた時、慌てたように立ち上がった老人が、私に振り向きざま右手のひらを向けて制してきた。
途端に、金縛りにでもあったかの様に動けなくなる。
180センチは確実にありそうな、ひょろりとした長身。
ふさふさとした眉毛のせいで、瞳は見えず。
鼻の下にもふっさりと生える髭は、あご鬚と繋がって胸元まで伸びている。
長い白髪の、頭頂部のみを光らせた老人が、捲し立ててきた。
「まて! まつのじゃ。ワシは神じゃぞ?!」
「だから何?! うちの子に何してるのよ!」
唯一自由に動かせる口で、必死に威嚇する。
「なんも……しとらん事はないか……。これから異世界に転移してもらう話をしとったんじゃからのう……」
自称神様が長い顎鬚を撫でながら、一人ごちている。
腕が動く度に、纏っている白いローブが、銀とも水色ともいえる不思議な光沢を放つ。
「異世界?! そんなおとぎ話が起きるわけがないでしょう!!」
「では言い方を変えようかの。神隠しぢゃ!」
ふざけた事を抜かす自称神様にもう一撃加えようと――振り上げたままびくとも動かない両腕に――必死に力を込める。
「もともとこの世界は多重に重なっておっての。それぞれに管理しておる神どうしの間で、住んでおる住民の交換をしておるのじゃ。」
「な……んの為に、そんっなことっ、してるのよっ」
腕に力を込めている為、途切れ途切れになりながら尋ねた。
「……交換留学?」
こてん、と、小首を傾げながら返答してくる自称神様。
神の御業か、傾げた小首と共に小さな星が一つ、キラリと飛ぶのを見た瞬間。
私の中の何かが、ぶちっと切れた音がした。
ぐわーーーーん!ジュッ!!
「――――!!!」
再び頭を押さえてうずくまる自称神様。
突然自由になった手足に安堵しつつ、追撃しようとフライパンを振り上げる。
「まて! まてまてまて! 無抵抗の老人に、熱したフライパン攻撃はやめい! そもそも、なんで自力で動けるようになっとるんじゃ!?」
さっきまで玉ねぎを炒めていたフライパンは、やけど攻撃も加えていたらしい。
おぉ。炎属性の魔法剣ならぬ、炎フライパン。ロマンだね!
「お前さんの怒りもわかるのだがの。ワシが呼んでおらなんだら、お前さんの息子はあのまま死ぬ運命じゃったんじゃ」