168.巨人登場
「うわー!」
「すンげぇ〜! 雲より上にいるぞ!」
「ちょっと神様になった気分ね!!」
お子様達が、感嘆の声をあげたので、フードの隙間から恐る恐る覗き込む。
脱出してきた滝口は、大陸を囲む山脈の頂上に建てられた、ギリシアにあるような石の神殿の土台付近から流れ出ている。
縦幅は一メートル弱で、横幅も五メートルほどしか無い穴から出ている細い滝だけれど、魔力を帯びている水の為、霧散したり、寒さで凍りつく事もなく、滝つぼまで流れ落ちているらしい。
滝の両側に設置されている階段は、硬い山肌を削って、下に行くにつれて少しずつ横幅が広くなるように造られていて、中央の滝の水のお陰で、雪が積もったり凍りつく事も無いのだと、ガイドなピーちゃんが教えてくれるけれど。
雲海に阻まれて、地上までの景色を見る事ができない。
もしかして、巨人たちが神殿に来る時は、この階段を登ってくるのかしら……。
……まさかねぇ……?
◆
視界一面を覆っていた雲海を抜けると、まばらに浮かぶ雲の隙間から、地上の景色が見えてくる。
高い所に居る時って、足元見ちゃ駄目って本当だよ。
ヒビキが結界を張ってくれてるから、大丈夫な筈なのに、酸欠のようにくらくらする。
怖いよぅ。
「オカン、ちょっとずつ下降してるから大丈夫だよ。だから出さないで」
ご、ごめんなさい。
どうやら、無意識で爪を出してしがみ付いてたらしい。
「お。なンかいるぞ」
ペコペコとお辞儀をした私の頭を、くつくつと笑いながら撫でるヒビキの手が、カイ君の声を聞いて停止した。
「何がいるのよ?」
「ン~。人かな?」
「巨人?」
「あ、そうかも。ここからじゃ、大きさまではわっかんないな~」
じーっと地上を凝視し続けたままのカイ君が
「……集まってきてるっぽいぞ……?」
と、恐ろしい事を云う。
「カイ、ぞわぞわはする?」
「ン~~。 しない~~」
動物的なカンなのか、危険が迫っていると、全身の毛がぞわぞわするらしいカイ君は、ちょっとした”厄介ごとセンサー”だ。
砂の国のワニ兵衛襲撃の前も、人魚のエーレに狙われた時も発動していたから、かなり信ぴょう性がある。
「俺も嫌な感じは全然しないし……。とりあえず、もっと降りてみようか」
「ンだな!」
じわり、じわりと下降するにつれて、ざっくりとした色でしか認識できなかった地形が、形を取り始めていく。
滝つぼの湖から延びる川は、緩やかなカーブを描いて、南西の方角へ伸びてエルフの森に繋がっている。
緑のモザイクに見えた一帯は、針葉樹林が広がっているようだ。
滝の両側の階段も、ピーちゃんの情報どおり、本当に地上まで続いている。
さらに地上に近づくにつれて、湖の一角に、巨人たちが集まってきている姿が、視認できるようになった。
「すンげー沢山いるな~」
「そうね。二百人……ぐらいは居るわね」
「なんか……みんな、こっちを見てる気がするんだけど……」
「おう。見てるぞ~」
視認できる距離になったとはいえ、まだぼんやりとしか確認できないヒビキの問いに、はっきり見えているカイ君が、相槌を打ってくれている。
「しかも、手を振ってない……?」
「おう。振ってるな~」
「歓迎されてるのかしら?」
「そうだと思うぞ~。ありがとーって叫んでるもン」
「「えっ」」
いつの間にか、フードの耳ポケットのボタンを外していたカイ君は、いつもの聴覚を取り戻し、風の音に交じって聞こえる地上の声を、拾ってくれていた。
危険な事が起きても、いち早く発見できるようにしてくれたんだろう。
普段おちゃらけているのに、こういう時のカイ君はとても頼りになる。
「なンか、滝が~とか、奇跡だ~とかも云ってるぞ~」
あっ、そうか!
神殿の湖が、シムルグさんの腐肉で汚れていたって事は、滝から流れる水も濁っていただろうし。
ヒビキが浄化した事で、突然綺麗な水が流れてくるようになったので、びっくりして集まってきたって事なのかしら。
◆
「あんださん達が、湖を浄化してくれだのっげ?」
集団から、数メートル離れた地上に降り立った私達に、ひときわ体の大きな巨人さんが駆け寄ってきた。
ヒビキ達が着ている防寒服より、もこもこ具合が倍増された服を着て、さらに、もこもこの目出し帽をかぶっているせいで、余計に大きく見える。
そういえば、巨人って魔物の類に入るのかな?
主食は『巨人の酒』って云ってたので、肉類は食べない……と願いたい。
ずしゃあ! と大きな音を立てながらしゃがみ込み、キラキラした瞳で見つめてくる巨人さんの目力に、思わず後ずさるヒビキ。
「はい。そうです」
一歩後ずさったヒビキが答えると、両の拳を顔の脇で握り、上下にゆすりながら、興奮を隠そうともせずに、上機嫌を全身で伝えてくれる。
一見、イエティやシロクマにも見える巨人さんだが、怖いとか恐ろしいとかは、不思議なことに、全く感じない。
「ありがっとなぁ~! ひっさすぶりに、シムルグ様から念話が届いだんで、びっくりしやんすた~!!」
「え! シムルグさんって念話が出来るのですか?」
「んだ~! シムルグ様の尾羽を持っでる者にだけ、聞こえるがだ~!」
クルリと後ろを向いて、左右に腰を揺らす巨人さんの防寒服の腰帯に、クジャクのような羽が一本、しっぽに見える位置にぶら下げられていた。
「シムルグ様から全部聞いだ~。こいで村は救われっと。ほんに、ありがっとぅ~!」
両手を胸の前で組んだり、大きく広げたりしながら話す巨人さん。
大きな体で繰り出すボディーランゲッジが、かわいく見えてしまうのは、素朴そうな性格がにじみ出ているからだろう。
……だんだん、遊園地にいる着ぐるみに見えてきた。動きかたも、そっくりだし。
喋り方が、田舎のおじいちゃんって感じの雰囲気を醸し出している事も相まって、ヒビキ達もかなり警戒を解いている様子。
「まんず、ワシの家に来て、ゆっくり休んでくだせ~!」
私達を案内しようと、勢いよく立ち上がった巨人さんが、ピタリと動きを止めると、やおら片手を顔に当てて……
…………ドサリと倒れた。




