165.巨人の国へ
西の門へ向かって飛ばす絨毯の上で、風よけにと張ってくれている結界の大きさを、ちょこちょこと変化させていたヒビキが、
「目眩しの魔法って、どうやったら発動できるのかなぁ」
と、ぽそりとつぶやいた。
何を一人で遊んでいるのかと、訝しんでいたのだけれど。
どうやら、目眩しの魔法を出そうと、試行錯誤していたらしい。
「エルフ族にだけ伝わる、かなり高度な魔法よ」
「へぇ〜!!」
「物に魔法を付与するのは、ドワーフ族秘伝の筈だし、両方を使えるなんて、ヒビキのお父様は、トンでもない魔法の使い手って事よ」
「じゃあ……俺には?」
八の字に眉を下げたヒビキに向かって、
「無理でしょうねぇ……」
と、オブラート皆無のピーちゃんが、バッサリ切り捨てた。
ガックリと項垂れるヒビキの背中に、カイ君がおでこをくっつけて、ぐりぐりと動かしている。
どうやら、慰めてくれてるらしい。
勇者以外の人族は、エルフの森に入る事すら出来ないんだから、教えを乞う以前の問題だよね……。
あ、でも、晃音さんの事だから、『秘伝の書』なんて銘打って、ヒビキに書き残してくれてそうな気がする。
そういえば、ヒビキの部屋の本棚、色々並んでたなぁ。
戻ってきたら、鳥さんに聞いてみようかな。
つらつらと考えている間に、西の門に到着した。
門は、荷馬車が二台ほど並んで通れる程度の広さがあり、行商人らしき人を乗せた荷馬車が、まばらに行き交っている。
早朝だからなのか、街を出る一般の住民ぽい人の姿は見当たらない。
「おはようございます! 街を出るときは、家の鍵をちゃんと持ったか、今一度確認してくださいね! 万が一忘れていると、住民専用の門から入場できなくなりますので!」
門の手前に立っている、門番らしきお兄さんが、元気よく声かけをしてくれた。
「大丈夫だー! ちゃンと、首から下げてる!!」
丸めた絨毯を担いでくれているカイ君が、ポンポンと胸を叩きながら返事をすると。
「それは安心ですね! では、お気をつけて行ってらっしゃいませー!」
特に手荷物検査などもなく、すんなりと街の外へ出ることが出来た。
「あっさり出られたね」
「ンだなー」
ほっとしつつ、門から少し離れた所まで出てから、再び絨毯に乗る。
西の門から延びている街道は、温泉で賑わう街へと続いているらしく、『賭博の街』から出た商人の馬車がまばらに走っている。
人目につかずに着替えが出来そうな場所を探す為に、街道から大きくそれて大小の岩山が点在する北西へ向かう。
「落ち着いたら温泉の町にも行きたいね」
「ンだな~!」
「いきた~ぃ! お肌がツルツルになる温泉があるらしぃの!」
「え~? 肌なンか、つるつるになっても寒いだけだろ?」
そりゃ、ヒト型になっていない時のカイ君は、全身を毛で覆われているから、お肌のツルツルさを気にした事なんて、なかっただろうけれど……。
「って! ピーちゃんまいった! 痛いって!」
案の定、ご機嫌斜めになったピーちゃんに、耳毛をひっぱられている。
「仲良いなぁ……」
二人の攻防を微笑ましそうに見ていたヒビキが、何かに気付いたらしく、絨毯を急停止させて真下にある岩山を指差した。
「この岩山の上、ちょっと凹んでるみたいだよ」
「どれどれ……。うん。ちょうど良さそうね」
さほど高くない岩山だが、天辺が窪地になっている為、下から見とがめられる事はなさそうだ。
「じゃあ、降りるね」
「「は~い」」
山頂に降り立つと、手早く防寒服に着替えるヒビキたち。
みんなが着替えてる間に、私は地図の準備に取り掛かった。
目的地は、今朝見た時と変わらず、縁だけが濃い青色のままだ。
「オカン、準備できた?」
「にゃう」
「カイもピーちゃんも準備はいいかな?」
「おう! いつでもいいぞ~」
「いいわよ~!」
地図の目的地を肉球で押さえる私の胴をヒビキが掴み。
ヒビキの腰をカイ君が掴み。
フードの中にピーちゃんが潜り込んだのを確認して。
……あ。せっかくエーレとお話ししたのに、湖の真上じゃなくて湖畔に転移する方法があるのか、聞くの忘れてた。
「よし。じゃあ、オカン宜しく!」
結界を発動してくれたヒビキが合図をくれる。
……まぁ、次回聞けばいいか。
「にゃう!」
目指すは『巨人の国』の山頂にある湖!
深く息を吸ってから、水の魔力を流し込む。
ぴちょん
水滴が落ちるような音がした後、でんぐりがえるような感覚に包まれた。
◆
目を開けると、薄暗い空間にいた。
「暗いわね……」
「山の天辺じゃなかったンか~? なンでこンなに暗いンだ~?」
「建物の中みたいだね」
ギリシャの神殿のような、石でできた建物の中のようだ。
四方も壁でふさがれているが、天井に一つだけ開けられている、小さな穴から漏れ出る光のおかげで、かろうじて真っ暗闇ではない。
下に見えるのは水面らしく、天井からの光を受けて、微細にゆらめいている。
地図を空間収納に片付けながら、素早く周囲を見回すと、奥の方に黒い塊がぼんやりと見えた。
「にゃう~な、うななん」
「えっ。オカンが『奥に何かいる』って云ってる」
「えっ」
強張った声を出したヒビキが、さっと私をフードの中に入れてくれた。
「ほンとだ。なンかいる」
「どっち?」
「あっちだ」
カイ君が指差した方向を、じっと見ていたヒビキも、気が付いたようだ。
「……ちょっと目が慣れてきた。ほんとだ。何か……いるね」
「私光ろうか?」
そういえば、ピーちゃん体から光を出せるんだったね。
キプロスの町の屋根裏で、お姉ちゃん妖精を見つけた時にも、明かり替わりになってくれたっけ。
でも……。
暗闇の中で、安直に光を出しちゃうと、万が一敵がいた時に標的にされちゃいそうじゃない?
「目が慣れてきたから、大丈夫。 光るとこっちの位置がはっきりしすぎちゃうからね」
「それもそうね」
やはりヒビキも同じ考えに至ったらしく、薄闇の中”何か”に近づく事にしたようだ。
「ゆっくり近づいてみるね」
「「うん」」
ごくりと唾を飲み込んだヒビキが、ゆっくりと”何か”に向かって飛んでいく。
黒い塊にみえていたソレは、全長20メートルほどの……ほとんど腐肉となった生き物だった。
「し……死んでンのか……?」
「かすかに動いてるから、まだ生きてる筈だよ」
ヒビキが、空間収納から『世界樹のしずく』を取り出したのと同時に、
「ダ……レ…………ダ……」
地の底から響くような低音の声が、途切れ途切れに聞こえた。




