164.目隠しの森
「「「えっ!!」」」
テレビの中は、鳥さんのお家だったらしい。
三段ある止まり木に、鳥さんよりも少し小さいサイズの子たちが、びっしりと並んでいる。
【父ちゃん、お帰り~!】
【父ちゃんおはよう~!!】
「て……テレビが開いた……」
あんぐりと口を開けて固まるヒビキ。
映像が流れるとは思っていなかったけれど、まさか鳥さんのお家で、家族までいるとは想像もしなかったよ。
【はいはい、ただいまです。すぐまた行くですよ】
子供たちへの挨拶もそこそこに、テレビの中に入って行く鳥さん。
止まり木の向こう側はカーテンで仕切られていて、なにやら奥でごそごそしている気配がする。
「こンなか、家になってたンかぁ~」
「いっぱいいるわね……」
興味津々でのぞき込むカイ君とピーちゃんを見て、小さい鳥さん達もきゃぴきゃぴとはしゃいでいる様子。
【コボさんだ! 妖精さんもいる!】
【コボルト族さんだ!】
【お口大きい~!】
はしゃぐ小鳥さん達をかき分けて、合鍵を首にぶら下げて出てきてくれた鳥さんが、テーブルの上に戻ってくると、
【はいはい、お前たち、お留守番宜しくですよ】
と、云った。
【【は~い!】】
小鳥さんたちの元気な返事を聞いた鳥さんが、再び電源ボタンをつっつくと、テレビの画面が元通り閉じられる。
【すごいでしょう~? アキト様が作って下さったのですよ!】
「うん。すごいね。秘密基地みたいだ」
【中にもボタンがありまして。家の外へも出られるんですよ】
「なるほど~。便利だね」
得意げな鳥さんから合鍵を受け取ったヒビキは、すぐさま
「はい。カイが持ってて」
と云って手渡した。
合鍵にも、桔梗の柄の透かし彫りが施されていて、紫色の宝石が埋め込まれている。
「え? なンでだ?」
「はぐれちゃったり、別行動する事があっても、カイが合鍵持ってたら、この家を集合場所にできるだろ?」
「でも俺、”だるまさんが転んだ”の日しか入れないし、南門の前で待ってるよ?」
鍵を返そうとされて、ひょいと身をかわしたヒビキを、追いかけるカイ君の頭に止まった鳥さんが、【なぜですか?】と問いかけた。
「俺、クイズの日とか苦手なンだよ。だからすぐに街に入れないンだ」
【鍵を持っていれば、街の住民専用の門から出入りできますよ?】
「鍵を持ってるだけでいいのかな?」
【はい! この街の鍵は、通行手形になるので、門番に見せるだけで良いのです!】
透かし彫りの大きさは、厳密に決められているうえに、中心に埋め込まれている宝石は、門番が持つ特殊な宝石にかざすと、家のある区画が表示されるので、偽造される事もまずないらしい。
「すっげ!」
「手の込んだ鍵ねぇ」
「じゃあ、カイ、持っててくれるよね?」
「うン! ありがと、ヒビキ」
嬉しそうに返事をしたカイ君は、いそいそと首から下げて、シャツの中に隠すと、
「いしししし。ここなら絶対落とさないぞ」
と云いながら、服の上から何度も手で叩いている。
「ピーちゃんとオカンも持っとく?」
「私はいいわ。重たくて鍵回せないし。もしはぐれたら、妖精の国に帰っておくから、迎えにきてよ」
「わかった」
「ま、私はヒビキの服の中にいるから、はぐれる事なんてないと思うけどね」
確かに。私もほぼヒビキの服の中だから、大丈夫……かな。
大丈夫……だよね?
一人で旅をして、無事この家に辿り着ける気もしないし……。
絶対、魔物に美味しくいただかれちゃうよねぇ……。
恐ろしい妄想に、ブルリと鳥肌を立てながら、私も要らないと首を振った。
それに、もし無事に辿り着けたとして、猫が城門で鍵を見せても、中に入れてもらえない気がする。
どこで拾ったんだ! などと怒られて、取り上げられるのが関の山だろう。
街の住民専用の通用門は、街の東側と西側にあるらしく、今回は東門から出発する事になった。
北側にも門はあるのだけれど、賭博の街から北の方角には町や村が無いため、あまり使われる事はないらしい。
「それじゃあ、鳥さん。お留守番よろしくね」
【はい! まかせて下さい!】
◆
鳥さんに別れを告げて玄関をでて、鬱蒼と茂った森にはいる。
森の中は、人が二人並べる程度の幅の、赤いレンガで舗装されていて歩きやすそうだ。
十分ほど歩くと、北の広場にある、晃音さんの銅像の真裏出た。
「ここに繋がってるンかぁ〜」
「わかりやすくていいわね」
「そうだね」
朝靄に包まれた北の広場には、まだ早朝ということも相まって人影はない。
「ここからは絨毯で行こうか」
空間収納から、魔法のじゅうたんを取り出したヒビキが、広げようとした矢先。
「ンわ! 道が消えたぞ?!」
カイ君の驚いた声に振り向くと、さっきまで歩いてきた道が消えている。
試しに、もう一度森へと片足を踏み入れると、道が出現した。
森に踏み入れた足を浮かせると、道も消える。
「ほぇー! すげえな! ヒビキ、ちょっとこれ待っててくれー」
首から外した鍵をヒビキに渡したカイ君が、単身森の中へ入ると、「すげぇえええええ!!!!」と叫びながら出てきた。
「道、消えてた?」
「うン! 消えたまンまだった!! おンもしれー!!」
鍵を受け取り、再び森に入ろうとしたカイ君に。
「ちょっと! カイ! いつまで遊んでるのよ! 日が暮れちゃうわよ!」
ピーちゃんの檄が飛ぶ。
「戻ってきた時に試そうね」
「うン…」
しっぽと耳をペタリと落としてしょんぼりするカイ君を、慰めながら絨毯を浮かび上がらせたヒビキが、西の門へ向けて舵を切った。




