161.準備
なつかしい朝食の味に、ほっこりしていたのも束の間。
急かすピーちゃんをなだめながら、ヒビキとカイ君が、食器の片づけを超特急で済ませてくれてから。
さっそく、空間収納の魔法がかかっているクローゼットから取り出した、防寒服の試着にとりかかった。
イヌイットの民族衣装のような、毛足の長い毛皮でできていて、顔をだす部分と袖口以外には隙間もなく、かなり暖かそうだ。
出し入れ自由なピーちゃんの羽は、背中から直接出している訳ではないらしく、もっこもこの上着の上から出ている。
満足げなお子様たちとは対照的に、私はやさぐれモード全開だ。
猫用の防寒服は、さすがになかった訳で。
代替え案にとカイ君が選んだ、もこもこブーツの中に入れられそうになり、必死の抵抗を見せていた私に。
「こっちなら、いいんじゃない?」
と、ピーちゃんが取り出したのは、両端が開いた円筒型の防寒具。
元居た世界の、”マフ”と酷似している物だ。
靴の中に入れられるよりはと、のそりと入ってみたんだけれど。
「あ~っはっはっは!」
「オカン、似合う! すンごいにあう!」
「ぶくくくく。暖かそうだけど、ちょ、ちょっと可哀そうだよ……ぶくく」
頭としっぽだけを出して、うごうごと蠢く私を見て、お子様たちが爆笑している。
プールで水着選びの時もこんなことあったなぁ……。
のたうつのに疲れて、ぐったりと寝転んだ私の背中に、ピーちゃんが寝そべってきた。
「まぁ、オカンは私と一緒に、ヒビキのフードの中に入っとくのが、一番マシでしょうね」
「そうだね、マフの中に入れて持ち運んでると、落としたら大変だしね」
「ピーちゃんは、俺の帽子のポケットに、入ってたらいいンじゃないか?」
カイ君の防寒服の頭のフードは、コボルト族用に耳の部分が三角すい型に飛び出しているけれど。
完全に耳を覆った状態になるので、かなり聞こえづらくなるらしい。
その為、耳の前面部分をペロリと開いて、調節できるようになっていて、「俺のだけポケットが付いてる!」と喜んでいた。
「いやよ! カイの頭の上だと、振り落とされそうで、くつろげないんだもの!」
「え~? なンでだ?」
「アンタ、しょっちゅうキョロキョロしているでしょ!」
「え~。落っこちても飛べるンだから、いいじゃンか~」
「おバカ! 巨人の国みたいな寒い所で羽だしてたら、凍り付いちゃうわよ!」
「水にも弱いし、寒いのも駄目なンかぁ~。弱っちい羽だな……うわ、痛て! 痛ててて! まいった! まいったってピーちゃん!!」
カイ君の耳毛をひっぱりながら抗議するピーちゃんを横目に、マフから私を引っ張り出したヒビキが、フードの中に私を入れてくれた。
「オカン、どうかな? 風入ってこなさそう?」
「にゃう」
「ピーちゃ~ん。 オカンの上に乗っかってみてー」
「は~い」
「ふぅ。助かった」
右耳をぴるるると震わせて、ホッと息を吐くカイ君。
一言多いカイ君は、ピーちゃんの逆鱗に触れる度に、耳毛を引っ張られているのだけれど。 ……懲りないなぁ。 そのうち耳毛が無くなっちゃうぞ。
◆
「着替えも終わったし、すぐ出発するンか~?」
「そうね。他に必要そうな物も思いつかないし」
「じゃあ、オカン地図出してくれる?」
「にゃぅ」
ヒビキのフードから出て、テーブルの上に降り、空間収納を開く。
球体の地図を取り出して……思わず両手で挟み込んで堪能してしまう。
この、むにむにした感触がたまらないのよね。は~。癒される~。
ずっと楽しんでいたい所だけど、みんなの視線が痛くなってきたので、少し強めの水の魔力を通して丸いマット状にする。
その後、両端から魔力を流し込むと、青と白の濃淡で描かれた地図が、じわりと表示された。
【わっ! すごい! こんな地図、初めて見ました!】
興奮した鳥さんが、ぴょこぴょことテーブルの上を跳ねている。
「人魚族の人たちが作ってくれたんだ」
【おおおお! すごいですねぇ!】
人魚の姫のエーレと通信もできる上に、大き目の水辺に瞬間移動もできる優れものなのだ。
作るのには、人魚族全員の魔力が必要な貴重品なので、さすがに晃音さんでも持っていなかったらしい。
「ピーちゃん、巨人の国はどのあたり?」
「えっと、このあたりよ」
巨人の国は、賭博の街からみて北西の方角。この大陸の最北端にあるらしい。
大陸を囲む岩山に隣接しており、目指すのはその岩山の頂上の湖なのだけれど。
「……変ね……」
「ホントだ」
「これ、どーいう状態なンだろな?」
瞬間移動できるのは、濃い青色で示された水辺だけなのに。
巨人の国にある湖は、濃い青色で縁取りされた、薄い青色で表示されていていた。
お詫びと訂正のご報告
初回登校時、イヌイットの事をエキスモーと表現しておりました。
蔑称にあたる事を知らず、お読み頂いた方からのご指摘で知る事ができました。
今後このような事が無いように、言葉運びには今以上に気を付けるようにいたします。
ご気分を害された方がおられましたら、大変申し訳ありませんでした。




