160.魔法のお家
流れ落ちた涙をぐしぐしと袖でこすったヒビキが、
「おっし! 元気でた!」
と云ってすっくと立ちあがる。
「鳥さん、色々教えてくれてありがとう。元気出たよ」
ぱたぱたと飛び回っていた鳥さんは、小さく【ちゅっ】っと鳴いてから、家の中へ戻って行った。
「俺も、もう戻っても良いかな? 朝ごはんの手伝い……してもいいかなぁ」
良い匂いが漂ってくる、開きっぱなしの掃き出し窓を見ながら呟くヒビキ。
かなり無理やり庭へ連れてこられた手前、戻るタイミングに難儀しているようだ。
「ヒビキ~!」
戻っても良いんじゃないかとジェスチャーをしようとした矢先、鳥さんと入れ替わるようにして、ピーちゃんが呼びに来てくれた。
「朝ごはん、出来たわよ! ちょっとすごいんだから!」
「ありがとう! 手伝わなくてごめんね」
「いーのよそんなの! それより、冷めちゃう前に早く来て!」
襟首をぐいぐいと引っ張られながらリビングへ戻ると、カイ君が満面の笑みで椅子を引いてくれる。
「おう! ヒビキ出来たぞー! 早く食べてくれ~!!」
テーブルの上には、元居た世界で見慣れた和食が乗っていた。
ほかほかと湯気を出すご飯に、厚焼き玉子。味噌汁の具には……玉ねぎとワカメかな?
味海苔っぽいものまであるよ?!
「すごいね! これってお米?! 卵焼きに……味噌汁まである!」
感嘆の声を出すヒビキに、ちっちっち~、と人差し指を左右に振ったピーちゃんが、
「これはね、出し巻き卵っていうのよー!」
と、大威張りで教えてくれる。
「出汁?! そんなのよくあったね?!」
「ヒビキの父ちゃんが、色々保存してくれてたンだ」
「えっ!」
晃音さんが保存って、500年前の食材だよね?
お腹壊さない? 食べちゃって大丈夫なの?!
【アキト様が、冷蔵庫に空間収納の魔法を付けて下さったので、新鮮なまま時がとまっているのですよ。 アキト様の出汁は、格別においしいのですっ】
絶句しているヒビキに、察しの速い鳥さんがいち早く説明してくれた。
「冷蔵庫に空間収納?!」
「そンなン、後、あと! ほら、ヒビキ、熱いうちに食べてくれよぅ!」
腕の中の私をひっぱりだしたカイ君が、強引にヒビキを座らせて、そそくさと移動するとヒビキの向かいに座った。
「いただきます」
「おう!」
ヒビキの前に置かれた出し巻き卵は、綺麗な色と形をしているけれど。
カイ君の席に置かれたソレは、あちこち焦げたり破れてたり、中身がはみ出したりしているモノが、山積みになっていた。
……沢山、練習してくれたのね。
ふと見ると、カイ君の指の毛が、ところどころ焦げて小さな禿を作っている。
……やけどかな? やけどだったら魔法で治るよね。
ヒビキに気付かれないように、そっと回復魔法を発動させると、にいっと笑ったカイ君と目があった。
「~~~!!! おいしい! すごい、カイおいしいよ!」
出し巻き卵を一口食べたヒビキが、大喜びしている。
「だろ?! 俺すごいだろ~~!」
「うん! すごいよ! この海苔もおいしいね」
ぱりぱりの海苔をご飯に乗せて、一口大に巻いて食べるのっておいしいよねぇ。
「ごま油を塗って、塩を振って焼いたのよっ!」
なぜか、ピーちゃんがドヤ顔でレシピを披露する。
「すごいね!」
「塗ったンも焼いたンも俺だぁ!」
素直に関心するヒビキと、手柄を横取りされてはたまらんと、慌てて突っ込むカイ君。
「細かい事はいいのよ!」
カイ君のお皿の味付け海苔をかっさらったピーちゃんが、パリパリと齧り付きながら、悪態をつく。
「それ俺の海苔ー! ヒビキ、聞いてくれよ。焼いてたらすぐピーちゃんに取られて、大変だったンだー!」
「だって! こんなの初めて食べたんだもん! おいしいのが悪いのよ!」
いつもの喧嘩をする二人と、それを楽しそうに見つめているヒビキに、ほっこりする。
「カイ、ピーちゃん。ありがとう」
「いしししし! 次は茶わん蒸し作ってやるからな~!」
「茶わん蒸しも作れるの?!」
「鳥さんが、色んなお料理知ってるのよ。」
【はい! アキト様が色々作って下さったので、覚えました!】
なんでカイ君が和食のレシピを知っているのかと不思議だったけれど、鳥さんから教えて貰いながら作ってくれたらしい。
『落ち込んだ時は美味しいご飯を食べると元気が出る!』って、晃音さんが云っていた事を思い出す。
昨夜、落ち込んでいたヒビキを気遣って、三人で色々相談してくれたのだろう。
きっと、その時に鳥さんから晃音さん直伝の”元気を出す方法”を聞いたんだろうな。
「あンがと。オカンも食べてくれ~」
やけどの回復が終わっている事に気が付いたカイ君が、私用に取り分けてくれていたプレート皿の前に座らせてくれた。
一口サイズのおにぎりと、サイコロ状に切った出し巻き卵が盛り付けられている。
うれし~!
大喜びで、出し巻き卵にかぶりつくと。
ふわっふわの生地から、じわ~っと染み出す出汁。
私が体調を崩した時に、晃音さんが作ってくれた、おうどんの味がした。
「そういえば、この街のお店って、何時から開いてるのかな?」
二杯目のご飯をよそってきたヒビキが、イスに座りながら訊ねる。
「何時だろ? いつも、気が付いたら開いてたぞ~」
「私も、知らない~」
首をかしげる三人を見つめていた鳥さんが、ヒビキに問いかけた。
【何を買いに行くのですか?】
「巨人の国に行くために、防寒服を買いに行きたいんだ」
【お洋服なら、買いに行かなくても沢山ありますよ】
「「「えっ!」」」
「妖精用のもある?」
【ありますよ】
「コボルト族用のンは?」
【ありますよ~!】
なんでも、リビング隣のウォークインクローゼットにも、空間収納の魔法がかけられていて、各種種族用の季節ごとの衣類や、アイテムなどが大量に仕舞われているらしい。
【アキト様が、『私の息子だからね! この家に辿り付くまでに、きっと沢山の仲間と巡り合えてると思うんだ!』って仰って、沢山作っておられました】
「父さん……」
「やったぁ! ヒビキの父ちゃんすげえな!」
じんわりと目頭を熱くしているヒビキと、味海苔を振り回しながら大喜びするカイ君。
「カイ! ヒビキ! いつまで食べてるの! 早く見に行くわよ!!」
お洋服好きのピーちゃんに急き立てられて、慌てて食べる男子たち。
ピーちゃん……。
お洋服とかわいい家具には目がないもんねぇ。
……ところで、猫用の防寒服なんてあるのかしら……。




