16.マッシュルーム
かっぽかっぽと歩く揺れが心地よくて、ついウトウトしそうになる。
ヒビキも、王様の背中からズリ落ちないようにバランスを取りながらも、しぱしぱと目を瞬かせては、時折がくんと頭が下り、その度にハッとなって起きて……を繰り返している。
ピーちゃんは、「王様聞いてー! ワタシ名前を付けてもらったのー!」などと、嬉しそうに王様に話しかけていた。
どのくらい移動しただろうか。
ふいに視界が開けて、12畳程度の小さめの広場に出た。
広場の中央には、3畳ほどの面積の池があり、不思議な光沢をはなっている。
池を囲むように芝が広がり、そこかしこに、色とりどりの小さな花が咲いていた。
柔らかな陽の光が広場にだけ差し込んでいるのも相まって、この空間だけ厳かな雰囲気を醸し出しているように感じる。
綺麗ー!!
絵本の世界をそのまま切り取ったような光景に、少し前までおどろ恐ろしく感じていた森が、全く怖くなくなっていた。
「よっしゃ! ラッキー! 残ってる!!」
何かを見つけたピーちゃんが、一目散に池の向こう側に飛んでゆき、目的のモノを拾って戻ってくると、ヒビキに渡した。
……マッシュルームかな?
消しゴムぐらいのサイズの、白くころんとした植物に戸惑うヒビキ。
「これは、何?」
「キ・ノ・コ! 妖精がお祭りした場所に生えてくるの。池の周りに、ぐるーっといっぱい生えてたんだけどね。獣や魔物の好物だから、これ一個しか残ってなかったわ。それよりも、はやく食べて! 元気でるよ!」
「え……。これって、生で食べも大丈夫なの?」
「問題ナイ。食ベタイ物ヲ思イ浮カベナガラ食ベルト良イ」
一口サイズのキノコを恐る恐る半分ほどだけ齧り、いぶかしげに咀嚼するヒビキの顔が、みるみる綻んだ。
「うんっっまっ! これめちゃくちゃ美味い! 母さんの焼き肉丼の味がする!」
「思い浮かべた食べ物の味がする不思議なキノコなの。1つで満腹になるし、ちょっとだけ体力も回復してくれるから、さっきよりは楽になったでしょ?」
もぐもぐもぐもぐと、普段以上に咀嚼しているヒビキが、両手を軽く上げ下げしながら確認する。
ごくんと飲み干すと、「本当だ。さっきより大分楽になったよ」と笑った。
「これって猫が食べても大丈夫だよね?」
「大丈夫よー」
半分残ったキノコが、私の前に差し出される。
恐る恐る齧ると、生クリームたっぷりの『いちごのショートケーキ』の味がした!
「んにゃー!!」(うんまーい!)
言葉はわからなくても、私の喜びようで悟ったのだろう。にこーっと笑うヒビキが可愛い。
可愛いったら可愛い。あぁ! 私に人の手が残っていたら、嫌がられようとキレられようと、ヒビキの頭をかいぐりかいぐりしまくるのに! 世界の中心で叫びたい。胸を張って叫びたい。 うちの子かわいいと!
「ピーちゃんも食べて」
私が脳内にお花畑を咲かせている間に、4分の1ほど残ったキノコを、ピーちゃんに差し出している。
「ワタシと王様は食べなくても大丈夫だから。気にしなくていいよー」
「妖精とか幻獣って、食べなくても大丈夫なの? ホントに? 遠慮してるんじゃない?」
「1か月ぐらい何も食べなくても大丈夫よ。むしろ食べたい気分だったら、騙してでも奪い取るから大丈夫よ」
さらっと腹黒い事を言うピーちゃんに、苦笑いをしつつ残っているキノコを私に差し出してきた。
「オカン、どうぞ」
沢山頑張ったんだから、ヒビキに食べて欲しい。
フルフルと首を振って、どーぞどーぞと右前脚を差し出して前後に動かす。
ジェスチャーで意味を理解してくれたヒビキが「いらないの?」と聞いてくるので、こくこくと頷いた。
「ありがとう。んじゃ、遠慮なく貰うね」
残りのキノコを一口で頬張ると「うまー!いちごショートケーキの味がする!」と喜んでいた。
少し回復した様子のヒビキに安心したのか、小さく頷いた王様が言った。
「人ノ子ヨ。ソノ池ニ浸カルガ良イ。完全ニ体力ガ回復スル」




