156.父からのプレゼント
【ヒビキ様っ。お会いできて幸栄ですッ!】
突然現れた、シマエナガそっくりの白い鳥が、元気よく声をかけてくれたけれど。
カイ君に支えられながら、かろうじて立っているヒビキは、未だに呆然とした顔で、その瞳からは絶えることなく涙が流れている。
ピーちゃんも、カイ君も、シマエナガとヒビキを交互に見ながら、どう対応したらよいのか困っている様子だ。
「にゃ~う、にゃにゃう、うにゃ」
晃音さんの使い魔だから、もしかしてという思いもあって、話しかけてみたけれど。
鳥さんは、かわいらしい頭を、こてんと横に倒して私を見てくるだけだった。
……やっぱり通じなかったかぁ……。
「鳥さん、オカンは『今ヒビキは喋れる状態じゃないから、ご用は私達に教えて欲しい』って云ってるのよ」
しょんぼりしかけた矢先、気を利かせたピーちゃんが、素早く通訳をしてくれた。
【ハイ! 大丈夫です。アキト様からも、ヒビキ様と最初に会った時は、お話しできる心理状態じゃないかも知れないと、お伺いしておりましたし! ボクのお役目は、ヒビキ様と一緒におられる方に、この鍵をお渡しして、お家までご案内する事なのですっ】
「もしヒビキが一人だったら、どーするつもりだったンだ?」
【もちろん、ヒビキ様がお話できる状態になるまで、お待ちしておりましたよ?】
きゅる、きゅる、と小首をかしげながら、さも当たり前のように返事をしてくれる。
「鍵……って、首からさげてるソレのことなの?」
ピーちゃんが、鳥さんの首からぶら下がっている、銀色のウォード錠を指差しながら訊ねた。
【そうです! どなたにお渡ししましょう?】
持ち手部分を入れても、六センチ程しかない鍵とはいえ、手のひらサイズの鳥さんにしてみれば、結構重いお届けものなのだろう。
パタパタと羽を動かしているけれど、時々がくっと高度が下がっている。
「俺が持っとくよ」
左腕でヒビキを支え続けてくれているカイ君が、そっと右腕を伸ばして、鳥さんに差し出した。
【かしこまりましたっ!】
鍵の持ち手には、桔梗の柄の透かし彫りが施されており、中心に紫色の小さな宝石が埋め込まれている。
「絨毯と同じ柄の花だ~」
受け取った鍵をかざして、くるくると回して遊ぶカイ君が、呟く。
「三番目の勇者様がつくった花らしいわよ」
【そうなのです! アキト様が、ご自宅のお庭にどうしても植えたいとおっしゃって、それは苦労しておつくりになったのですよ!】
晃音さんの事が相当好きなようで、くるくると踊るように飛び回りながら教えてくれる鳥さん。
元居た世界で、私が庭に植えていた桔梗の花を、こちらの世界でも再現しようとしてくれたのかな……。
遠く離れていても、ずっと思いを馳せていてくれた事が、すごくうれしい。
「……母さんが好きな花なんだ」
涙を袖でぐいっと拭ったヒビキが、支えにしていたカイ君の肩から、手を放しながら呟いた。
「カイ、ありがとう。もう大丈夫」
「ほンとか? ヒビキ、まだ真っ青だぞ。立ってるの辛いなら、おんぶするぞ?」
カイ君の気遣いに、へにゃりと笑ったヒビキは、「本当に大丈夫」と返事をしている。
【立ち話もナンですし! アキト様のお家へ案内致します!】
カイ君の頭にとまった鳥さんが、両の羽を広げて宣言すると。
カイ君の手の中の鍵から、紫色のもやが発生した。
「わっ」
びっくりしたカイ君が、頬り投げてしまった鍵を、ヒビキがキャッチする。
「ご、ごめん、ヒビキ」
「大丈夫だよ」
しょんぼりしながら謝ったカイ君の肩を、ヒビキがぽんぽんと叩きながら慰めている間にも、私達の半歩ほど前へふわふわと飛んでいったもやは、どんどん大きく膨らみ続けて、長方形になっていく。
大きくなるのが止まると、次第にエッジがはっきりとしだして、板チョコのような形をした、ドアになった。
建物は、ない。
ドアだけがぽつんと建っている光景に、二頭身の青いネコさんのポケットから、こんなドアが出てたよな……なんて思っていると。
【ヒビキ様。ここに鍵を差し込んで下さいっ】
丸いドアノブに飛び移った鳥さんが、鍵穴を翼で指差した。
「う、うん……」
おずおずと進んだヒビキが、鍵を差し込みドアを開けると――
――元居た世界で暮らしていた一軒家と、そっくりな建物が見えた。




