155.勇者のひみつ
「――あの日。魔法陣が浮かんだんだ。……響の足元に」
ちょっとまって。
じゃあ、ヒビキは2度も召喚されたって事?
いきなり衝撃的な話題から始まった晃音さんの言葉に、ヒビキの喉から、ひゅっと息をのむ音が聞こえた。
「トイレから出てきたら、リビングが光り輝いていてね。慌てて飛び込んだら、気を失って。真っ白な世界で、神様に会ったんだ」
「じゃあ……本当は、呼ばれたのは俺だったって事?」
ヒビキが震える声で問いかけると、晃音さんの残像は悲しそうな笑みを浮かべながら答えてくる。
「神様が云うには、同じ魂の重さを持つ者たちを、別の世界へと移しているらしい」
「なんでそんな事をするの? なんで俺が呼ばれたの?」
「それぞれの世界に必要な人が、今いる世界に居ない時に、呼ぶそうだ。――ちなみに、響は『海を割って難民の避難を助けた、異世界の魔法使い』と、同じ魂の重さを持っていたから、呼ばれたらしい」
旧約聖書でそんなお話を読んだ気がする……。
自然現象でも、同じ事が起きる場合があるとか検証されていたけれど。
魔法を使える人が呼ばれたのなら、そりゃ海も割れるよね……?
こちらの世界にきてから、伝説の生き物の名前とか、見聞きするものが微妙に元の世界とかぶっていたのは、召喚された方達が、元いた世界のお話を持ち込んでたからって事なのかしら。
「……それってすごい昔の人だよね?!」
「行き来する魂は、同じ時間軸にいなくても良いらしいよ。それと、同じ魂の重さを持つ者が複数居た場合、元の世界で……命の危険に晒されていたり、その世界から居なくなりたいと、願っている者を選んでいるそうだ」
命の危険……。
……って、まさか! 私達がこの世界に来る事になった原因の土砂崩れ……?
でも、14年前、土砂崩れなんて起きなかったし……。
「二番目の勇者は、元居た世界では、思いやりのある、すごく優しい性格の男の子だったそうだ。ただ、こちらの世界に来てからは、『勇者』としてもてはやされた為に、だんだんと横柄な人柄になってしまったらしくてね。三番目の勇者には、”自我の確立する前の赤子”を呼びたかったのも、一因だと云っていたよ」
「どうして異世界から勇者を呼んでるの?」
「竜王を屠竜する為には、竜王と同じ大きさの魔力を持たないと、攻撃が通らないそうだ。初代勇者は、竜王と人間の姫の間に生まれた王子の末裔でね。龍族の血を引いていたせいで、魔力量も充分だったんだが、その血が薄まるにつれて、魔力量も減ってしまったそうだよ。だから、先祖返りで、膨大な魔力を持つ子孫が生まれるまでの間は、世界を渡るだけで膨大な魔力を得られる異世界人に、『勇者』になって貰っているそうだ」
「……だからって、なんで俺が……?」
「『海を割った魔法使い』と同等の魂の重さを持ち、”自我の確立していない年代”の……間もなく命を落とす予定の男の子――それが、響だったんだ」
「俺、死ぬ予定だったの?」
「あの日、裏山が崩れて、甚大な土砂災害が起きる予定だったらしい。神様は、勇者として呼ぶ代わりに、色々な特典も付けると云っていたけどね。すべての特典と引き換えに『土砂災害が起きなかった未来』と『私が代わりに赴く』事を願ったんだ」
「父さんが……俺の替わりに……」
ガクガクと震え始め、今にも崩れ落ちそうになったヒビキを、カイ君がそっと支えてくれた。
「幸い、私と響の魂の重さは同じだったらしくてね。代わりに赴く事はすぐに了承してもらえたよ。ただ……。自然災害は、一時的に抑える事はできるけれど、かならず運命のぶり返しが起きて、数年後か……数十年後には、かならず同じ災害が起きると云われてね。それなら、響と郷子さんを無傷で助けて欲しいと伝えたんだよ」
「”運命のぶり返し”が起きるなら、俺が土砂に飲まれるのはっ。避けられない筈なんじゃないの?」
カイ君の肩を支えにして、かろうじて立っているヒビキが、悲痛な声で叫んだ。
「…………いつか、響が再びその運命にさらされた時には、勇者ではなく――普通の民間人として、この世界に呼んで欲しいと願ったんだ」
あの日。
お買い物から戻ったら……忽然と晃音さんが消えていた運命と――愛する我が子を失っていた運命と……。
もし、もしも、ヒビキを失う運命が選択されていたら……。
私は正気を保てなかっただろう。
晃音さんは、そこまで見越して――自分が赴く選択をしてくれたのだと感じる。
心の底で、本当は捨てられたのかも……と、何度も沸き上がっては蓋をしていた黒い感情が、溶けてゆく。
フライパンで何度も殴打してしまった神様にも、もし会える事があったら謝らなきゃ……。
あ、でも、私が母親だと明かせないという謎の制約をつけたり、私には詳細な説明をはぐらかしたりされたし。
神様には、いまいち釈然としない思いが拭えないなぁ……。
……なにより、竜王を屠竜した筈の晃音さんは、あちらの世界で戻ってこなかったんだもの。
晃音さんはその後どうなったのだろう……?
ピーちゃんに伝言を頼もうかと思いながら、見上げたヒビキの口が、はくはくと動いている。
きっと、色んな感情が一度に入り混じりすぎて、言葉が出てこないのだろう。
滝のように涙を流しながら、晃音さんを見つめている姿に、胸が締め付けられる。
今の状態のヒビキに、これ以上何かを尋ねさせるのは酷がすぎる。
少しの静寂が流れた後、そっと佇んでいた晃音さんの残像が、二コリと笑顔になった。
「――今、響が私のメッセージを聞いてくれているって事は、願いがかなったんだね。いつか響が来た時に、沢山楽しんでもらえる街になるように、頑張ったんだよ。私の作った街が、気に入って貰えていると嬉しいな。――それと、私からプレゼントがあるんだ」
ふわりと両手を広げた晃音さんの足元から、白いもやが発生した。
「――また何か聞きたくなったら、ここに来るといい――」
もくもくと大きくなったもやが、晃音さんの全身を包み終わると、今度は、しゅわしゅわとしぼんで行く。
野球ボールぐらいのサイズになったもやは、ポン! っと音を立てると……。
【ヒビキ様っ。お会いできて幸栄ですッ!】
頬を興奮でピンク色に染めた、シマエナガそっくりの鳥が、出てきた。




