154.父との邂逅
北の広場へ向かう絨毯は、ヒビキのはやる気持ちを代弁しているかのように、高速で。
絨毯は、そこここに建っている玉ねぎ屋根を避ける為に、かなりジグザグに飛行している訳で。
チュニックの中に避難中の私やピーちゃんはともかく、隣に座っていたカイ君は、『吸着のブーツ』で絨毯に吸着していなかったら、風よけに張ってくれている結界の中で、転げまわっていた事だろう。
いつも、気にしすぎなぐらいに、仲間の事を気にかけてくれるヒビキが、こんな風に周りが見えなくなっている姿はめずらしい。
ヒビキの気持ちを判ってくれているのだろう……。
サーフィンのように、絨毯の上でバランスをとるカイ君から、一言のぼやきが出る事もなく、三番目の勇者の銅像前にたどり着いた。
最初に見た時は、銅像が晃音さんの顔だった事が衝撃的すぎて、細部まで見る余裕なんて無かったけれど。
改めて見てみると……。
妖精のお姉ちゃんの情報通り、銅像の台座の正面に、二歳ぐらいの赤ちゃんの右の手形がはめ込まれている。
手形の周りには、桔梗の花の浮彫が施されていた。
――わあああ! 響。にぎっちゃダメだぁ――
ヒビキの手形を取ろうとする度に、粘土をぐにっと握られて、慌てふためいていた晃音さんの姿を思い出し、噴き出しそうになった口元を、引き締める。
結局、ちゃんとした手形を取れなかったから、想像で作ったのかしら……。
今では私よりも大きくなって、晃音さんにそっくりな爪の形のヒビキの手が、ゆっくりと差し出されて……手形の数センチ上で停止した。
踏ん切りがつかないのだろう。
何度も息を吸い込んでは、ゆっくりと吐き出している。
「どうして僕にはお父さんが居ないの?」
私が過労で倒れて入院するまでは、時折尋ねかけられていた、ヒビキの言葉。
聞かれるたびに、答えに詰まって……抱きしめる事しかできなかった……あの頃の私。
手紙に、書かれているのだろうか。
晃音さんが、この世界に飛ばされた理由とか……想いとか……
「ええい! まどろっこしい!」
ぐるぐると、早く読みたい気持ちと、読むのが怖い気持ちとの、無限ループに陥っていた私とヒビキの思考を、ピーちゃんの元気な声がぶった切る。
チュニックから飛び出したピーちゃんは、手形の上で停止していたヒビキの手の甲に、どかーんと体当たりした。
「「あ」」
ピーちゃんに飛び乗られた勢いで、手形とヒビキの手が重なり――
――手形の周りに彫り込まれていた桔梗の花から――薄紫色の光がにじみ出ると――ヒビキを中心に包み込んできた。
あたり一面が、紫色の空間に包まれると、ぽんっと音を立てて出現した、綿あめサイズのもやが、むくむくと大きくなるにつれて――ヒト型になり……晃音さんの姿になった。
「父……さん……」
銀色に光る粒子がキラキラと舞うなか、晃音さんが口を開く。
「響だね? 会いたかったよ。郷子さんも一緒かい?」
「……母さんは来てないんだ」
ぐっと身を強張らせたヒビキが、絞り出すような声で答えた。
「――そうか……。響は何歳になったんだい?」
「十六だよ」
「――そうか……。十四年しか持たなかったのか……」
微妙に、晃音さんとヒビキの会話がずれている気がする。
なんとなく、ロボットと対話しているような……?
ヒビキも、違和感に気が付いているようで、怪訝な表情を浮かべている。
重い雰囲気を悟ったかのように、晃音さんが補足し始めた。
「――今、響が見ている私は、私であって私じゃない。あらかじめ想定しておいた問いに、答える事しかできないんだ」
人工知能……晃音さんバージョンって感じかな。
紙の手紙だと風化してしまう恐れもあるし、ビデオレター風になるよりは、対話形式の方がわかりやすいだろう。
……聞かれない限り、余計な情報を伝える心配が無いから……かもしれない……という思いが一瞬よぎる。
「――だから、聞かれた事には、包み隠さず答えるよ。ここまでたどり着けた響なら、きっと受け止めてくれる筈だから」
「これ、どうやって喋ってるンだ?」
まん丸な目をしたカイ君が、ぽつりと呟いたけれど、晃音さんはピクリとすら表情を変える事も無く佇んで、ヒビキからの質問を待っている様子。
試しに、私も「にゃ~」と話しかけてみたけれど、やはり反応がなかった。
どうやらヒビキの声にだけ反応するらしい。
ホント、どういう仕掛けなんだろう。
俯いていたヒビキが、ごくりと生唾を飲み込むと、しっかりと晃音さんへ視線を上げて、問いかけ始めた。
「父さんは、どうしてこの世界に飛ばされたの?」
「――あの日。魔法陣が浮かんだんだ。……響の足元に」




