153.ニセ勇者の撃退レシピ
青い顔をして、黙り込んでしまったピーちゃんに代わるようにして、ヒビキが口を開く。
「ここから『巨人の国』って、何日ぐらいかかるの?」
「徒歩だと片道1年ぐらいヨ」
「そンなに遠いのかー!」
カイ君が支えていたベッドから、再びパキッと音が鳴ったが、何かを考えこんでいるピーちゃんには、気付かれなかった様子。
ヒビキも、片手で前髪をくしゃりと握り、険しい顔になってしまった。
往復二年かかるとしても、それだけの期間戻ってこられないのは、明らかにおかしいよね。
道中か……『巨人の国』で、何か不測の事態が起きた事は間違いないと思う。
ただ、今から後を追ったとしても、三年も前の移動の痕跡を見つけるのは難しいだろう。
エーレから貰った『地図』で、『巨人の国』まで瞬間移動して、妖精のお姐ちゃんが来たか確認して……来てなかったら、『キプロスの街』まで戻りつつ探す……のが良さそうだな。
「にゃ~う。にゃうにゃにゃ~にゃ。にゃうにゃにゃ?」
「ある! 『巨人の国』がある山のてっぺんに、大きい湖があるらしいわ!」
「ピーちゃん、その猫なんて云ったノ?」
「巨人の国の近くに湖があるか、って聞いてきたの!」
「そうか! アレを使えば一瞬で行けるね!」
「ちょ、ちょっと待っテ。どういう事?」
状況が呑み込めないお姉ちゃんに、人魚達から貰った地図なら、大き目の水場さえあれば瞬時に移動できる事を伝えると……。
「アンタ達……。トンでもない物持ってるのね」
しぱしぱと瞬きをしたお姉ちゃんが、ずっと強張っていた頬を緩めて、少しだけ笑顔を見せてくれた。
◆
『巨人の国』は大陸の最北に位置しており、かなり寒いらしい。
すぐにでも出発したかったけれど、防寒具を揃える為に、出発は明日のお昼に決まった。
お姉ちゃん妖精に、当面の食糧にと妖精のキノコを山盛り渡した後、戻ってきた時の合図をどうしようかという話になり、私が雪を降らすか、ヒビキが花火を上げるか……と案を出し合っていると。
「なぁ……。そもそもなンで『巨人の酒』を貰いに行ったンだ?」
カイ君の素朴な疑問に、ピーちゃんとお姉ちゃん妖精の動きが止まる。
「俺も、後でピーちゃんに聞こうと思ってたんだけど……。もしかして俺たちが知ったらマズイ事なの?」
ヒビキの問いにも、あさっての方向を向いて、バツが悪そうにする妖精二人。
お互いに、アンタが云いなさいよ、と言わんばかりに目配せをしあっている。
「えっと……。聞かない方が良いなら、云わなくていいよ」
気を利かせるヒビキに、「手伝って貰うんだから、ちゃんと云うわヨ!」と、お姉ちゃん妖精が振り向きながら叫ぶ。
「『巨人のお酒』にね、妖精の粉を混ぜて、おへそに垂らすとね……」
意味深な所で言葉を区切ったピーちゃんが、お姉ちゃん妖精の手を握り。
二人そろって大きく息を吸い込むと、呪文のように言い放った。
「「垂らされた人間は、魔力を失うの!」」
びっくりして一瞬固まったヒビキだが、すぐに何かに気が付いたらしく、パチンと指を鳴らした。
「ペンダントも『隷属の指輪』も、ニセ勇者の魔力が無くなったら、解除されるって事だね!!」
「そういう事!」
こくこくと頷く妖精二人に、にんまりと悪い笑顔になったカイ君が、しっぽをピンと立てて尋ねる。
「魔力って、一生無くなるンか~?」
お姉ちゃん妖精が頷く横で、ピーちゃんが短くウインクを飛ばした。
名声と、すべての属性の魔力を求めて、悪行を続けていたニセ勇者が、唯一持っていた土魔法すら失うのか……。
まったくもって、これっぽちも、可哀そうだという気持ちが湧かない。
ただ……、魔力を失ったニセ勇者が、逆上して何をしでかすのか解らない所だけが、心配だ。
最悪、どこかの島にでも飛ばしてしまうのもアリかもしれない。
ともかく、妖精のお姐ちゃんを見つける事と、『巨人のお酒』を手に入れる事に集中しよう。
そっと決意を固めていると、街の中央にある領主様の館に到着したらしい。
お姉ちゃん妖精が、お礼とお別れの挨拶をし始めた矢先。
ヒビキが、慌てた様子でお姉ちゃん妖精に手を振りながら、声をかけた。
「お姉ちゃん! 大事な事を云い忘れてた!」
「なぁニ?」
「ニセ勇者が連れていた、羊のコボルト族の方に、伝えて欲しい事があるんだ」
「いいわヨ。何て言えばいいノ?」
「王都の奴隷は全員解放されて、湖を下った河口に、コボルト族の村が出来たんだ」
「すごいじゃなイ! 伝えるワ! ただ、あの子は奴隷じゃないから大丈夫ヨ」
「そうなの?」
「『賭博の街』のコボルト族は、用心棒件・執事とかメイドとして、ちゃんと職を持っているのよ~。いつまでも、奴隷制度なんて引きずっていたのは、王都だけよ」
即座に教えてくれたピーちゃんに、お姉ちゃん妖精が大きく頷く。
「あのバカ勇者は、領主を操って、この街にも”奴隷制度を復活”させようとしてたけどネ」
だから、”コボルト族を絨毯に乗せてはいけない”なんて突然お触れが出たのか!
ミシミシボキンと、怪しい音を立てたベッドから、飛びのいたピーちゃんが、
「今どっか折れた! 完っ全に折れた! 明日買って貰うからね!」
と、叫びながら、カイ君の耳毛を引っ張る。
「ごめン! ごめンってピーちゃん! 買う! 買うから、耳毛はやめろぉおおお」
弱点の耳毛を引っ張られ、頭を振って逃れようとするカイ君。 落とされまいと、ますます強く引っ張るピーちゃん。
そんな二人の攻防を見ていたお姉ちゃん妖精が、ぶはっと噴き出して、
「アンタ、良い仲間に出会えて良かったわネ」
と、出会ってから一番の優しい笑顔で云った。
「でしょ! ヒビキなんて、三番目の勇者の子供なんだから!」
「うわお! すごいじゃなイ! じゃあ、じゃあ、『勇者の手紙』って、何が書いてあったノ?」
頬の横で両手を握り合わせたお姉ちゃん妖精が、キラキラとした瞳でヒビキを見つめるけれど。
『勇者の手紙』……って、何それ……?
ふるふると首を振ったヒビキに、見つめられたピーちゃんも、同じように首を振る。
「私も知らない。お姉ちゃん、『勇者の手紙』ってなぁに?」
「んっと、勇者の銅像の足元に、赤ちゃんの手形があるんだけどネ。勇者の血縁者が手を当てると、『勇者からの手紙』が開かれるって言い伝えがあるのヨ」
「……後でやってみるよ」
込み上げる感情を押し殺した声で、精いっぱいの平静を装うヒビキ。
ヒビキを溺愛していたうえに、お祭り好きだった晃音さんの事だ。
きっと、キラキラ~とか、ほわわわ~っとしたエフェクトを、ふんだんに盛り込んだお手紙を、出現させてくれるだろう。
そして、読み終わった後は、爆散します……とか、蝶になって飛んでいきます……なんて仕掛けとか……。
うん。ありえる。晃音さんならやりかねない。
わくわくした気持ちで、お姉ちゃん妖精に別れを告げる。
きっとヒビキもわくわくしているのだろう。
私とピーちゃんをチュニックに入れてくれた後、北の広場へと方向転換した絨毯が、ヒビキの気持ちを代弁するかのように、高速で飛び始めた。




