152.ニセ勇者の悪行
「お姉ちゃん。俺、『世界樹のしずく』持ってるんだ。かなり弱ってるみたいだし、飲む?」
「それよりも! お姉ちゃん、ヒビキね。『生き物使い』なの。名付けして貰ったら縮んだ身長も元に戻るし、この先魔素を取り込む事も無くなるわよ!!」
お姉ちゃん妖精は、ヒビキとピーちゃんの申し出に、困ったように首を横に振った。
「ありがとネ。でも、急に全回復しちゃうと、出歩いた事がバレちゃうのヨ」
「バレたらまずいのか~?」
丸めて畳んだ絨毯を抱えたカイ君が、心底不思議そうに尋ねると。
お姉ちゃん妖精は、眉根を寄せて、小さく頷いてから、むくりとおき上がった。
ひどく緩慢な動作で、片膝を立てて座り、立てた膝に肘を乗せて頬杖をつくと、悔しそうに呟く。
「まずいのヨ。アイツの機嫌を損ねたら……下の子が痛めつけられるノ」
お姉ちゃんの言葉に、ヒビキがきゅっと下唇を噛む。
カイ君も、低い唸り声を漏らし始めた。
今にも殴り込みに行きそうな様子の男子二人に、
「落ち着きなさいよ。まずは事情を聴いてからにしましょ」
と、ピーちゃんが諫める。
「……とりあえず、いつでも戻れるように、中央の館に移動しながら話をした方がいいよね?」
お姉ちゃん妖精が頷いたので、カイ君に丸めた絨毯を広げるように指示を出した。
絨毯の上に、自慢の天蓋付きベッドを出したピーちゃんが、ポンポンと枕をたたきながらお姉ちゃんを手招きする。
「お姉ちゃん、横になりながらで良いから話して」
「わォ! アンタ素敵なベッド持ってるのネ!」
文字通り、飛び上がって叫んだお姉ちゃんは、ぼふ~んとダイブすると、ぐりぐりと枕に顔を押し付けて喜んでいる。
キプロスの町で出会った妖精のお姉ちゃんも、ピーちゃんからベッドを巻き上げていたし。
妖精って寝床に執着がある生き物なのかな……。
ふわふわの枕を抱えながら、のびのびと寝そべるお姉ちゃんの、枕元に腰掛けたピーちゃんが、肩をそっとなでながらカイ君を見上げた。
「カイ、ベッドが飛ばされないように、ちゃんと支えててね」
「お、おぅ」
慌てて絨毯に乗ったカイ君が、手のひらサイズのベッドに、恐る恐るといった感じで、両手を添える。
「うわ~。ちょっと力入れただけで壊れそうだ!」
「壊したら、買って貰うからね」
「げっ。絶対ベッド以外も一緒に買わされるンだろ?」
「当たり前でしょ!」
バカなやり取りをする二人を見ながら、絨毯に座ったヒビキが、操縦用の魔法石に手を乗せようとして、「あっ」と呟いた。
「お姉ちゃん。『妖精キノコ』あるよ。あと『王様の角の粉』も。これ食べるぐらいの回復なら大丈夫かな?」
「大丈夫!! 食べたイ!」
……よかった。
妖精キノコの効能なら、微量の体力と魔力の回復なので、見た目の変化はないだろう。
回復魔法をかける申し出をしたかったんだけれど、魔法だとところどころ傷んでいる羽まで治ってしまうだろう。
どうやったら、内面だけでも回復させられるのか、悩んでいたのだ。
あっという間にキノコを食べ終えたお姉ちゃんは、王様の粉入りオレンジジュースを一気に飲み干した。
「くっハ~! 久しぶりにちゃんとしたもの食べたワ~!!」
「バカ勇者ってば、食べるモノまで渋ってるの?」
「まぁね。アイツから渡される食べ物なんて、”何が”混ざってるかわかんないでしょ? 拒否してたら、逆上して『何も食べるな』って云われたのヨ」
「”何が”ってなンだ~?」
「アイツね、実家の宝物庫から、色々持ち出してるのヨ。”声が出せなくなる薬”とか、”体が痺れる薬”とカ」
「最低ね」
「下の子が捕まってるのも、宝物庫から持ち出したアイテムなのヨ」
「何に捕まえられてるの?」
「ペンダントの中。しかも土魔法でしか解除できない仕掛けなノ」
「そのペンダントはどこにあるンだ?」
「アイツが、肌身離さず着けてるワ」
「ニセ勇者の魔法でないとダメなのかな? 土魔法ならオカンも使えるよ」
ゆっくりと絨毯を操縦してくれているヒビキが、ベッドのそばで箱座りしている私を指差しながら提案した。
この際、ニセ勇者の寝室に忍び込むぐらいの事は、やっても良いと思う。
ペンダントを奪うミッションならともかく、寝てる無防備な胸元に、土魔法を流して解除すれば良いだけなら、私でもバレずに出来そうだ。
万が一見つかったら、二・三発電撃をお見舞いして……朝までお休みしてもらえばよかろう。
うんうんと頷きながら、意気込んでお姉ちゃんに視線を送ったけれど。
「駄目なのヨ……。アイツの土魔力でないと解除できないノ」
奴隷の首輪ですら、着けられた時と同じ属性の魔力で解除できるらしいのに、それ以上のやっかいな品物って事なのね。
「とンでもないもン、持ってるンだな」
あまりの怒りで力が入ってしまったらしく、ベッドに添えているカイ君の手元から、ミシリと音が出た。
「ちょっと! カイ! 壊さないでよ!」
「あ、ごめン」
慌てて力を抜くカイ君を見て、少し表情を緩めたお姉ちゃん妖精が、「それにネ……」と云ってから、いっそう強く枕を抱きしめる。
「この街の領主様も、アイツに操られてるのヨ」
「「「ええええええ!!!!!」」」
◆
イカサマ賭博をはじめ、歯向かった人を村八分にしたりと、『勇者』の職業を盾に、やりたい放題だったカインに、前領主から再三の注意は入っていたらしい。
何度申し立てても、のれんに腕押し状態だった為、業を煮やした前領主から、
「次に何か問題を起こしたら、街を出て行って貰う」
とまで宣言されたそうな。
「ここで改心してくれれば……良かったんだけどネ……」
「そんなタマじゃないわよねぇ……」
全員で、うんうんとうなずいてしまう。
幼いミアちゃんとソラちゃんを、心身ともに虐待できる神経の人だ。
そんな脅し文句で改心なんぞ無理だろう。
「改心したフリをしてネ。謝りに行ったんだけど……その時に『お詫びの印に』って渡したのが指輪でネ」
「それもニセ勇者が宝物庫から持ってきた物なの?」
「俺でもわかるぞ。ソレやばいヤツだよな?」
長いため息をついたお姉ちゃんが、重い口を開く。
「『隷属の指輪』ヨ。アイツの魔力がないと外れなイ。さらに、付けた人に命令された事に従ってしまうノ。現領主と、前領主の二人ともつけられてル」
「じゃぁ、もしかして急に領主が代替わりしたのも、その指輪のせいなの?」
「この街を牛耳って、好き放題するつもりみたいヨ。三番目の勇者様の銅像を、北の広場に移動させたのも、ニセ勇者の差し金」
「なンで銅像を移動させたンだ?」
「自分の先祖は嫌われているのに、いつまでも崇められているのが気に食わなかったらしいワ」
「そんな理由で?!」
「最初は、破壊しようとしてたけどネ。どんなに攻撃しても、ひび割れ一つ付けられなかったワ」
あまりに斜め上の行動話に、ポカンと口を開けて聞いていたカイ君が、ふと何かを閃いたらしく。
「なぁ、もしかして、上の姉ちゃんも何かのアイテムで捕まってるンか?」
次から次へとビックリの連続で失念していたけれど、そういえばこのお姉ちゃん妖精は、いつも三人で行動していたんだっけ。
カイ君、よく思い出したね。
ビクっと肩を揺らしたお姉ちゃんが、ゆっくりと私達を見まわしてから、上半身だけを起こして座った。
「姐さんは、『巨人の国』に『巨人のお酒』を、分けて貰いに行ったんだけド……」
ここまで悪い事づくめのお話だった。
もう、悪い予感しかしない。
「……だけど?」
ごくりと生唾を飲んだピーちゃんが、先を促した。
「戻ってこないのヨ……」
「いつ行ったの?」
「……三年前……」




