150.北の広場
「お風呂、気持ちよかったわね~」
「大っきかったよなぁ~」
貰ったチケットで入った家族風呂は、室内にヒノキの浴槽があり、さらに露天風呂と休憩室まで設置されていて、大層豪華だった。
まったりとお風呂に入り、のんびりと休憩室で休んでから、プールを出てきた時には、だいぶ陽が落ちていた。
絨毯に乗って北の広場へと移動しながら、カイ君とピーちゃんがきゃっきゃと喜んでいる。
他の絨毯よりも、かなり上空を飛んでいるので、ちょっと怖い。
プールを出た後、最初は他の絨毯と同じような高度で飛んでいたのだが、カイ君がクリアしたのを見ていたらしき人達から、
「すごかったなー!」とか、
「おめでとー!」と、声をかけられた。
中には、「何かおごってくれよー!」と、断ってもしつこく絡んでくる人も居たので、上空に逃げたのだ。
高度を上げて人目を避けられるようになってから、カイ君も獣型の姿に戻っていた。
「ピーちゃん。お姉ちゃんとの待ち合わせまで、まだ時間あるよね?」
ゆっくりとした速度で、絨毯を操縦しているヒビキが聞くと。
「そうね。『アイツが寝たら出てくる』って言ってたから、多分まだまだあると思うわよ」
「じゃあ、カイ。先に渡してくる? エーレに貰った地図なら、すぐに行って帰ってこれるよ」
人魚姫のエーレに貰った魔法の地図なら、エルフの森の中心にある湖まで、瞬間移動ができる。
カイ君が、この街に来る原因になった宝石が、やっと手に入ったのだ。
少しでも早く渡したいんじゃないかと、ヒビキが云う。
”ドキドキ★難攻不落城”クリアの賞金も、「せめて半分ずつにしよう!」と渋るカイ君を説き伏せて、全額渡していた。
王様の角を売って手に入る筈だった金貨よりも、ずいぶんと多い筈だ。
「ン~。今はやめとく」
「なんでよ~?」
少し悩んでから、断りを入れたカイ君に、ピーちゃんが不思議そうに尋ねた。
「だってさ。行くとしたらオカンと二人だろ?」
エルフは勇者以外の人間を嫌うので、ヒビキには同行して貰えない。
増やせるとしても……ピーちゃんと三人で行くことになるだろう。
「そうだね」
「そうねぇ」
ヒビキの背中に、もたれながら寝そべっていた私の頭を、わしわしと撫でたカイ君が、ぼそりと呟く。
「エルフの森の湖ってさぁ。……すンげえ冷たいンだ」
瞬間移動した先を、湖のど真ん中じゃなくて、湖岸にする方法……知らないから……。
空を飛べるヒビキが一緒じゃないと、確実に落ちるよね。湖に。
「「あ~~~」」
なんとなく察した二人が、間延びした声を上げている。
「しかもさぁ~。あそこの湖には、すンごい怖い女神様が住ンでるからさ。なンか落としたら、めっちゃ怒られるンだ……」
なんとなく……。
落し物は金のカイ君か、銀のカイ君かと、聞かれるイベントが起きそうだな……と思って、ちょっとわくわくしてしまうけれど。
妖精の森の湖は、氷水みたいに冷たかったし……。
エルフの森の湖も、万が一同じぐらい冷たかったら……うん。止まるね。心臓。
エルフの森へ、カイ君を送迎するのは、湖岸に着地できるようになるまで待って貰うか、申し訳ないけど、一人で行って貰おう。
◆
北の広場に着いた時には、すっかり日も暮れていた。
上空から見た北の広場は、入り口に銅像が一体設置されているだけで、城壁に向かってちょっとした森が広がっている。
ぽつぽつとまばらに置かれている街灯は、明かりとしての意味をあまり成さず、『印の星』からの淡い光が射してなければ、かなりおどろおどろしい雰囲気を醸し出していただろう。
「あれ、三番目の勇者様の銅像じゃない?」
「ほンとだー。前来た時は、街の中心に置いてあったぞ」
「なんでこんな街のはずれに、移動させられてるのかしら……」
「さぁ~?」
いぶかしむ二人の会話を聞きながら、私をチュニックの中に押し込んだヒビキが、少しずつ絨毯の高度を下げてゆく。
近づくにつれて、銅像の姿が……はっきりと見えて……。
二歳ぐらいの赤ちゃんを抱いた、三番目の勇者の銅像。
優し気な瞳は……ヒビキにそっくりで……
……晃音さん…………
失踪した筈の……夫が……当時のヒビキを抱いた姿の銅像が……居た。
なんで? なんで、ここに、晃音さんの銅像が?!
失踪じゃなくて、異世界に来てたの?
神様は知ってたよね? なんであの時教えてくれなかったの?
ヒビキだけじゃなくて、父親まで?
脳みそが、ガンガンと揺さぶられるような衝撃を放ち、目頭にどんどん熱がこもる。
駄目。泣いちゃだめ。
ヒビキに気づかれてしまう。
こみあげてくる感情を押し殺すけれど、今にも堰を切ってしまいそうだ。
捨てられたんじゃなかったと、安堵する気持ちと――
――神様へ向かう、殺意にも似た気持ちが――
ドロドロに混ざりあっていく。
爆発しそうな思考を、必死で押しとどめていると……
「……父さん……?」
銅像の腰の高さまで高度を落とし、真正面から見たヒビキが――
――気づいてしまった。




