146.★我が儘お嬢様
素早く私を抱き上げたヒビキが、声の主へと振り向くと。
そこには、仁王立ちをした十歳ぐらいの女の子が居た。
しっかりと巻かれた金色のツインテール。
白いワンピース型の水着には、二重に重ねられたフリルと、カラフルな小花が散らされている。
くりくりとした金色の瞳と、サクランボ色の小さな唇は、意地悪そうにつり上がっていた。
「お嬢様! 他の方のペットを欲しがるのは、おやめ下さい」
お嬢様と呼ばれた、生意気そうな少女の両脇には、黒いメイド服を着た女性が二人。
プール内は、かなり湿度と温度が高くなっているというのに、どっしりとした生地のメイド服は……かなり暑苦しそうだ。
しかも長袖だし。
たしなめてくれたメイドさんを、顎を上げて見上げたお嬢様が、眉間にしわを寄せてにらむ。
「お前……。お父様に言いつけるわよ」
「……ひっ!」
せっかく忠告してくれたメイドさんだが……。
小さく悲鳴をあげて一歩下がると、肩をふるわせて俯いてしまった。
すっかり萎縮したメイドさんに、気分を良くしたらしきお嬢様が、再びヒビキを見上げると、意地の悪い笑顔を向けてきた。
「聞こえなかったの? その猫が欲しいと言っているのです」
「……だから?」
あ、ヒビキがめっちゃ怒ってる。
元いた世界の雑誌に載っていた、”頭がおかしい人の撃退法”の返答をしちゃってるよ……。
まともに答えても無駄なので、全部疑問形で返すと撃退できるって書いてたな。
「ワタクシが欲しいと言ってるのよ? 素直にお渡しなさいな!」
どこのお姫様かは知らないけれど、権力者のご両親に、我が儘放題で育てられたんだろうなぁ……。
せっかく可愛らしい顔をしているのに、性格がにじみ出てしまっていて、台無しだ。
「……なんで?」
やっぱり、ヒビキは”撃退法”を使う事にしているようだ。
「お前、ワタクシが誰かわかっていて、そんな口の訊き方をしているの?!」
「……だれ?」
「この街の領主様の、末のお嬢様です」
もう一人居たメイドさんが、慌てて紹介してくれた。
こちらの人は人型のコボルト族らしく、うさぎの耳がついている。
現領主と言えば……半年前に代替わりして、『コボルト族を空飛ぶ絨毯に乗せないように』と、理不尽極まりないお達しを突然出した人よね。
親が親なら子も子だわ……。
「どなたであろうと、渡せません」
うさ耳メイドさんへは、丁寧に返事をしたヒビキに、お嬢様がわなわなと唇を震わせている。
「お父様に言いつけるわよ!!」
「……だから?」
「お父様はとっても偉いんだから! お前達なんて、この街に居られないように、してくれるんだから!」
「……それで?」
すでに、ニセ勇者のイカサマを見破った時点で、この街のすべての施設から閉め出されるであろう事は、確定しているのだ。
今更居られないようにしてやると云われても、痛くもかゆくもない。
平然と問いかけるヒビキに、脅しは効かないとやっと悟ったらしく、少し考え込んだお嬢様が、ニタリと笑ってから、口を開いた。
「それなら……勝負を申し込むわ! お前達が勝ったら、金貨十枚渡しましょう!」
勝ち誇った顔で、ビシッと指を差してくるお嬢様に、長いため息を吐くヒビキ。
「なんで、俺がそんな勝負を受けなきゃいけないんだ。断る」
「きっ、金貨十枚よ? 欲しくないの?!」
「……欲しくない。君こそ、なんでそんなにこの猫を欲しがるのさ」
背中の羽は、水着の中に押し込められているので、今は普通の猫にしか見えない筈だ。
金貨十枚を賭けてまで、勝負を挑む価値があるとは思えない。
「お前、ソレ本気でいってるの? 紫色の瞳の猫なんて、見たことないわよ!」
私を見下ろしたヒビキが、「まじか……」と小声で呟いた。
「にゃう……」
ヒビキの腕の中で、ぺこりと頭を下げる。
なんか……。ごめん……。
羽だけじゃなくて、瞳の色まで不思議生物だと思わなかったよ……。
「お前、さっき買ったアレを出して」
お嬢様から指示を出された、萎縮していたメイドさんが、背負っていた鞄から小さな宝石箱を取り出した。
……荷物、ロッカーに入れてないの?!
プールなのに厚手のメイド服を着せている事といい……。
有力者の思考回路って、ほんと理解不能だ。
受け取ったお嬢様が、開いて見せた宝石箱には、うずらの卵サイズの赤い宝石が入っていた。
「あっ。その宝石! 俺が予約してたヤツ!」
「えっ」
少し後ろで見守っていたカイ君の叫びに、慌てて隣に並んだヒビキが事情を聞く。
ルフェさんの妹が欲しがっていた宝石と、一番似ているものらしく。
お金が貯まるまで待っていて欲しいと、予約をしていたと云う。
「何年も前の予約だから……無効になっちゃったンかなぁ……」
しゅんとしたカイ君の様子に、勝ち誇った様に胸を張ったお嬢様が、にんまりと笑った。
「金貨十枚と、この宝石もつけるわ。お前達が勝ったら、二度と勝負を持ちかけないとも誓いましょう」
「……」
「ずっとつきまとわれるのと、どっちが良いかしら?」
「イカサマ勇者が横行している街で、そんな勝負受けるわけないじゃない」
寝椅子に寝転んだままの姿勢で、ピーちゃんがことさらに横柄な口調で、あおりだした。
「……なっ! 勇者様の悪口は許しませんよ!」
真っ赤になって怒るお嬢様。
「ど~せアンタも、イカサマするんでしょ?」
さらにあおるピーちゃん。
「ワ、ワタクシは『賭博の街』の領主の娘です! イカサマなんて恥知らずな事しません!」
「じゃあ、何で勝負するつもりだったのよ?」
「アレよ!」
お嬢様が指さした先には、最後のお楽しみに取っていた、大型アトラクション――
”ドキドキ★難攻不落城”
――が、そびえ立っていた。
◆
最高難易度の水上アスレチックコースをクリアすると、賞金が貰える”ドキドキ★難攻不落城”。
一グループ(上限五人まで)銀貨一枚の参加費用は、そのまま賞金へと回されているらしいのだけど。
クリア者がなかなか出ない為、キャリーオーバーを重ね続けた賞金額は、大金貨二枚にまで膨らんでいるらしい。
一万円の参加金額で、賞金二千万円が狙える計算になる。
魔法を使って飛ぶのは禁止されているので、純粋な身体能力が試されるアトラクションだ。
クリア者が出ると、アスレチックコースの難易度も上がるらしく、二年前にクリア者が出てからは、まだ誰もゴールに到達できていないそうな。
ヒビキの名付けで、格段に肉体の能力が上がっているカイ君は、下見をしていた時に、「余裕でクリアできそう……」と云っていた。
ゴールに到達すると花火が打ち上がるらしく、ものすごく注目されてしまうだろうから、一番最後に行って、パッと賞金をもらって、さっと出ようという事になっていたのだ。
にんまりと笑ったピーちゃんが、ゆらりと立ち上がると……。
「どうやって勝負するつもり?」
と、尋ねた。
「ゴールにたどり着けたら、お前達の勝ち。 途中で落ちたら負けよ!」
絶対にクリアできないと思っているのだろう。
お嬢様も、にんまりと笑って答えてくる。
いささかズルイ気がしないでもないけれど。
我が儘お嬢様には、良いお灸になるかもしれない。




