144.プールだー!!
タマネギ屋根が並ぶ街並みを見下ろしながら。
飛び交う絨毯にまじって、ヒビキが操縦する絨毯で移動している。
目的地は、第三区画にある室内プールだ。
絨毯を購入した後、店舗の二階に案内されて、木枠の中に風の魔法石を埋め込んで貰った時に、操縦法も教えて貰ったのだけど。
「魔法石を前に傾けると前進……後ろで後進……強く魔力を込めると上昇……うん。覚えた」
お店の裏庭で試運転をさせて貰ったヒビキは、すぐに自在に操縦できてしまった。
アクションゲームとか、上手だったもんねぇ……。
ジョイスティックと似てる操作方法だから、感覚がつかみやすかったのかな?
じっくり教えてくれるつもりだったと云ったおじさんは、びっくりを通り越して爆笑していたっけ。
「ホントに良かったのかなぁ~」
「なに、まだ値段の事気にしてるの?」
さすが魔法の絨毯と言うべきか……。
”普通の絨毯”のお値段は、一律金貨四枚の値札が張ってあった。
金貨一枚で、だいたい百万円ぐらいの価値だと考えると、かなりの高級品。
自家用絨毯の購入ができると、わくわくしていた気持ちを、スッと現実に引き戻すには充分な値段だ。
「高いね……」と呟いて固まったヒビキに、割引チケットを渡すように促してくれたおじさんが。
「おお~! これは、めったに手に入らない伝説の割引チケット!」
などと、大げさな小芝居を挟んだ後、「お題は、銀貨1枚だ」と、とんでもない割引後の金額を掲示してくれたのだ。
「その代わり、妖精のキノコも渡してきたんだから、充分よ」
大慌てで「そんな高価なもの、貰えない」と固辞するおじさんに、二十個ほど無理矢理渡していた。
「でも……洋服屋さんとかにさ。いっぱい橋渡しして貰っちゃったしさ」
「楽しかったわね!!」
絨毯屋のおじさんは、妖精のキノコを個別に小袋に入れて、近所の洋服屋さんや小物店に案内してくれた。
それぞれの店舗に入るなり、顔見知りらしき店主に小袋を渡した後、なにやら交渉をしてくれたらしく、無料でお買い物ができてしまったのだ。
4件目のお店へ案内してくれるおじさんに、ほくほく顔でついて行こうとするピーちゃんを、チュニックに押し込めたヒビキが、
「もう、充分です! 本当にありがとうございました!!」
と、締めくくらなければ、未だにピーちゃんのお買い物行脚に、付き合わされていたに違いない。
三件まわった所で打ち止めとはなったが、すでに沢山のお洋服を買えていたピーちゃんは、ずっとご機嫌だ。
購入した店内で、インド風の民族衣装に着替も済ませている。
頭から垂らすように着こなしたサリーが、風になびいてはためくのを、指先で摘まんだり離したりしながら、絶えずにんまりしている。
……だいぶ気に入ったみたいだねぇ。
「よし。着いたよ」
室内プールの建物の真上に到着し、絨毯を停止させると、周りを飛び交う絨毯の邪魔にならないように、高度をあげていく。
「もう変身してもいいか~?」
「そうだね。この高さなら、誰かに見られる事もなさそうだし、大丈夫だよ」
「ン、ンン~!!」
カイ君が、握りこぶしを作って、唸りながら人型へと変身し終えると、高度を下げて地上に降りる。
「プールだ~~!!」
くるくると巻いた絨毯を、ヒビキの空間収納に勢いよく投げ入れたカイ君が、びよ~ん、びよんとジャンプしながら、プール入り口の門へと駈けていく。
「あんなに喜んじゃって……。カイはほんとお子様ねぇ……」
「……ニセ勇者の通達が、まだ来てないといいね」
……あんなに喜んでるのに入場拒否されたら、しょんぼりするどころじゃないよね。
ニセ勇者の伝達係が、どうか仕事が遅い人でありますように……。
◆
お昼を過ぎてから入場する人は少ないらしく、あまり並ばずに入場受付にたどり着く事ができた。
「こんにちは! 何名様ですか~?」
にこやかに問いかけてくる受付カウンターのお兄さんに、ごくりと喉を鳴らしたヒビキが、平静を装った時の声で返事をする。
「2名と、妖精と、ペットの猫です」
「室内プールは、初めてですか~?」
「はい」
瞬きせずに返事するヒビキの横で、カイ君も、愛想笑いの顔のまま硬直している。
「ペットもプールに連れて行きますか?」
……あっ。そっか。獣型の時のカイ君は、抜け毛に苦情がくるとかで、入場出来なかったんだよね。
同じく毛皮まみれの私は、駄目だろう。
(ピーちゃん、私、その辺の木の上で待ってるって伝えてくれる?)
不本意そうに頷いたピーちゃんが、伝言を伝えるよりも早く、カイ君が口を開く。
「オカンが入れないなら、俺もプール行けなくていいぞ~」
カイ君! ずっと入りたがってたのに!
良い子だ……。
うるりとした矢先、慌てた様に両手をブンブンと振ったお兄さんが、教えてくれる。
「あっ。大丈夫ですよ。ペットは禁止されていませんので。ただ、ペット用の水着は着せて下さいね」
……はい?
「ペット用の水着ですか?」
「はい! お持ちで無ければ、更衣室手前の店舗でも売っていますので、大丈夫ですよ」
◆
「あっはっはっは!」
「ぶくくくく。オカン……に……似合ってるよ……」
「いしししし! 次はこっち着せてみよう!」
無事に入場できた安堵感からか、お子様達のテンションが異常に高い。
カイ君が笑いながら持ってきた、真っ赤な……金魚っぽい着ぐるみを着せられる。
……コレって、ホントに水着なの?
どう見ても、赤い魚に捕食されてる猫にしか見えないよね?!
店内に設置されている、鏡に映る我が身を見ながら、やっぱり外で待っていれば良かったと、激しく後悔……。
「さっきの、へ、へへ、蛇柄のヤツが良いんじゃない?」
……ヘビ柄の、筒状の水着ね。
手足も一緒に筒の中だから……いもむしのように、うごうごとのたうつしかできないヤツね……。
「ぶくくく。あれは面白かったけど、くくく……。オカンが動きにくそうだったから、ちょっとかわいそうだよ」
無様にのたうっていた私の姿が、えらくツボに入っていたヒビキも、思い出し笑いが止まらないようだ。
次から次へと、変な着ぐるみの水着に着せ替えられて、そのたびに爆笑するお子様たち。
「あー。笑った、笑った。そろそろちゃんと決めよっか」
一通り、着ぐるみシリーズを着せられて、かなりぐったりしてきた所で、やっとピーちゃんが飽きたようだ。
「だな!」
「そうだね」
ヒビキが選んできた、体と四肢にほどよくフィットした、シンプルな薄紫色の水着を着せられる。
全身タイツに見えなくも無いけれど、動きやすいし、水に浮く素材らしいので、安心だ。
右の脇腹に一つ、桔梗によく似た花の模様が、ワンポイントであしらわれている。
「その花の模様、買った絨毯と同じね。ヒビキその花好きなの?」
「俺じゃなくて、母さんが好きな花に似てるんだ」
「へぇ~。その花って、確か三番目の――」
「お決まりですか~?」
ヒビキ達の笑い声が途切れた事に気付いた店員さんが、声をかけてきた。
「あ、はい。これにします」
「このまま着てゆかれますよね?」
「はい」
レジへ案内されたヒビキが、私の水着の支払いを済ませると、そのまま隣の更衣室へ案内された。
さっき、ピーちゃんが何か言いかけてたみたいだけど……。
「楽しみだ~!」
「俺も、プール久しぶりだよ」
はしゃぎながら、街の洋服屋さんで買っておいた水着に着替えるヒビキ達。
ピーちゃんは女子更衣室へ行ってしまったし……また後で聞いてみよう。
男子と女子の更衣室の出口は、同じ所になっているらしく、ピーちゃんと合流する。
足取りも軽く、プールの入り口へと繋がっているという、温水が滝のように落ちてきている門をくぐると。
もあんとした、暖かく湿った空気に包まれた室内プールは……。
南国リゾートの様な、開放感にあふれた空間が広がっていた。




