143.今夜、街外れの広場で
チケットに書かれているお店を、地図の中から探していたヒビキとピーちゃんが、同時に見つけたようだ。
「第四区画にあるみたいだね」
「そうね! 洋服屋さんもいくつかあるみたいね!」
どうやら、第四区画はお買い物に特化した区画らしい。
空を飛んで移動した方が早いけど、飛び交う絨毯に混ざって身一つで飛ぶのは、目立ちすぎるだろうという事になり。
移動床に乗って、つるつるーっと移動してゆく。
地図と睨めっこしながら、移動床を乗り換えるヒビキの肩の上で、ピーちゃんがブツブツと呟く声が聞こえる。
「お洋服はここで買って……飾り物はあっち……あ、でも、確かあっちのほうが人気があった筈……」
獲物をねらう肉食獣のように、らんらんと目を輝かせながら、お買い物順路の構想を延々と垂れ流してるけど。
……ピーちゃん……。何件回るつもりなの……。
何度か乗り換えをして、第三区画と第四区画を挟む大通りに差し掛かった時に。
「ピーちゃん、そろそろ話してくれないかな?」
と、ヒビキが云った。
「気づいてたの?」
「そりゃね」
ヒビキがニセ勇者とやり取りしていた間、羊さんの頭から顔を出していた妖精さんと、ずっと見つめあっていたらしい。
全然気づかなかったよ……。
「妖精同士、念話みたいな事が出来るのかなって、思ってさ」
「目ざといわねぇ」
そういえば、キプロスの町でも、妖精のお姉ちゃんとなにやらアイコンタクトしていたな。
あの時も、念話でお話ししていたのかしら。
「離れてたら無理なんだけどね~」
おどけて話すピーちゃんに、「云いづらい事?」と真剣な眼差しを向けている。
「……これ以上、ヒビキに背負わせるのは、どうかと思ったからさ~。とりあえず、なにが起きてるのか判ってから……言おうとは思ってたのよ~?」
「ピーちゃん?」
じっと見つめるヒビキに、観念したようにくしゃりと顔をゆがめた。
「……今夜……街の北にある広場で、待ち合わせしたの」
「俺も行っていい?」
「俺もぉ~!」
黙って二人のやりとりを聞いていたカイ君も、名乗りをあげる。
「カイのだまし取られた物、取り返すのが遅くなるわよ?」
「そンなン、気にするなよぅ! あの妖精、なンか顔色悪かったじゃん。 先に助けようよ」
ヒビキの肩から、カイ君の頭に移動したピーちゃんが、「ありがとう」と云いながらそっと撫でた。
「あのお姉ちゃん達ね。いつも三人で居たの」
「あとの二人はどこに?」
「……詳しい事は、今夜話すとしか云ってくれなくて。なんにも事情がわからないのよ」
「そっか……。心配だね……」
「うん……」
無言になったヒビキ達を乗せて、移動床はスルスルと進み、街の景色がゆっくりと流れてゆく。
しばらく何かを考えている様子だったヒビキが、「よし!」と叫んだ。
「びっくりした! 何よ? 急に?」
「あ、ごめん、ごめん。今夜の宿さ、なんとなく夜中に追い出されそうな気がするんだ」
「あー……。ニセ勇者からの嫌がらせってやつね?」
「うん。だからさ、街の外れにある広場で、テント張ろうと思ったんだ」
「なるほどー。各区画の城壁の所にあるものね。広場」
「そうなんだ。待ち合わせしてる北の広場が一番大きいみたいだし。とりあえず、そこにしようかなと思ってさ」
目的の絨毯屋さんの少し手前に差し掛かり、移動床からぴょんと飛び降りる。
「でさ。宿屋さがす時間が要らなくなった訳だから……」
「……だから?」
怪訝な顔をするピーちゃんとカイ君へ、ニパアっと笑ったヒビキが叫んだ。
「絨毯と、洋服を買った後、夜まで遊ぼう!」
一瞬、きょとんとしたピーちゃんが、すぐに笑顔になる。
「乗った! どーせ、明日になったら、入れるお店無くなるかもだものね! お姉ちゃん達の事も、夜にならないとわからないしね! 夜まで遊ぶのさんせーい!!」
「何して遊ぶンだ?」
「温水プール行こうよ! カイ、行きたいって云ってただろ?」
「!! いいンか??! やったぁ!!」
笑顔のまま頷いたヒビキに、カイ君が飛びついた。
「ぅわ!」
飛びつかれた勢いでバランスを崩し、カイ君もろともひっくり返る。
いち早く危険を察知して飛び上がったピーちゃんが、ひっくり返った二人を見下ろして、ガッツポーズをしながら……。
「プール用のお洋服も買わなきゃね!」
と、嬉しそうに叫んだ。
◆
「こんにちはー……」
絨毯屋さんの扉をあけたヒビキが、店内を見回しながら声をあげる。
こぢんまりとした店内に、他のお客さんの姿は無い。
両サイドの壁一面に設置された棚には、丸められた絨毯が色味ごとにならんでいる。
奥にあるカウンターも無人だ。
「だれもいないのかしら……。不用心ねぇ……」
「こンにちは~~!!」
カイ君が大きな声で挨拶すると、店の奥からパタパタと足音が聞こえてきた。
カウンター奥のドアから出てきたのは、バーガーショップで忠告してくれたおじさんだった。
「「「こんにちは」」」
お辞儀しながら挨拶をしたヒビキ達に向かって、口の端をニヤリと持ち上げたおじさんが、「おう。来てくれたのか」と、気さくに声をかけてくれた。
「待たせてすまんね。来てくれたらすぐに渡せるように、準備してたんだよ」
右手に持った木槌を、ちょいちょいと揺らしている。
「何の準備ですか?」
こてん、と首をかしげるヒビキに「絨毯の準備さ」と短く答えてくれた。
「ま、先に絨毯を選んでくれ。後でわかる」
ヒビキとカイ君の肩に腕を回したおじさんが、お店の中央にある大きなテーブルに誘導してくれると。
「でっかいのと、凄いのと、普通のと、どれが良い?」
と聞いてきた。
「え? でっかいのは……なんとなくわかるんですけど、凄い絨毯ってどんなのですか?」
「色々あるぞ~!」
おじさんが嬉しそうに出してくれたのは、二畳ほどの大きさで、赤一色の、つるんとした生地の絨毯。
短い一辺の中央に、拳サイズの穴が開いた木枠がはめられている。
「これが、凄いンか~?」
「おう。ここのな。木枠の中に、風の魔法石を入れるんだけどな」
うんうんと頷くヒビキとカイ君。
「はめ込んだ魔法石に魔力を込めると、浮くだけじゃなくてな?」
興奮した様に話すおじさんを、じいいっと見つめるヒビキとカイ君。
「絨毯が光るんだッ!」
……あ、ヒビキとカイ君が、引いてる。
「……す、凄い……ですけれど、あまり目立ちたくないので……」
「あー。それもそうか……。じゃあ、こっちはどうだ?」
おじさんが、次々と広げてくれた絨毯は――
魔法石に強く魔力を通すと……
四隅がくっついて巾着状態になる絨毯……
――裏地に特殊な加工がしてあるらしく、ちょっとした攻撃なら弾けるらしい。
オルゴールが鳴り出す絨毯……
――赤ちゃんをあやす音がでるらしい。
暖かくなる絨毯……
――じんわり暖かくなるけれど、低温やけどにご注意らしい。
波打つ絨毯……
――振り落とされないようにと、スリルが楽しめるらしい。
「あと、とっておきはコレだな。魔力込めてから、3秒後に爆発する絨毯!」
「普通のヤツはないの?」
半目になったピーちゃんが、爆発絨毯の利点を話し始めたおじさんを、さえぎった。
「ん? 普通のヤツは、飛べるだけだぞ?」
「「「普通ので良いです!」」」
お子様三人の声が、綺麗にハモった。




