142.抽選タイム!
「君たち……」
ニセ勇者の姿が見えなくなってから、隣の席に座っていたおじさんが話しかけてきた。
「はやくこの街を出た方が良いよ」
「どうしてですか?」
ふわりと降りてきたヒビキが、立ち上がった時に倒してしまった椅子を、おこしながら訪ねる。
「あの方に目を付けられたら、どの建物にも入れなくなるんだよ」
以前にも、ニセ勇者のイカサマを暴いた人はいたが、宿屋はおろか『賭博の街』の中にある、すべての建物に入れてもらえなくなったのだと云う。
「横暴が服を着てるような人だね」
憤慨しながら座ったヒビキに、近づいてきたおじさんが、
「めったな事も、言わん方がええ。領主様が代替わりしてからは、陰口を云うだけで同じメにあうんだ」
そっと耳打ちしたあと、「じゃあな」と付け加えて、ヒビキの肩をポンポンと叩く。
「ご忠告、ありがとうございます」
ヒビキの返事に、「ん」と、短く返すと足早に店を出て行った。
「想像していた以上に、嫌な奴だったわね!」
「そうだね」
ヒビキが、苛立ちをぶつけるように、残っていたドリンクを一気に飲み干した。
ちらりちらりと、私達の方を見てくる他のお客さん達の視線が地味に辛い。
視線を感じて振り向いたヒビキが、様子を伺っていたお客さんと目が合ったようだけれど。
ばつの悪そうな笑顔をされて、ふいと視線をそらされてしまっている。
「……そろそろお店を出ようか」
「そうね」
居心地の悪さに、立ち上がった矢先。
カラン、カラ~ン!
ガラガラ抽選会場で、当選した時に鳴るベルのような、景気の良い鐘の音が響き渡った。
「「「店長の! ドキドキ★抽選タ~イム!」」」
店員さん達が一斉に声を上げると、ターバンを巻いた店員さんが、店の奥から出てきた。
さっき、ニセ勇者が絨毯に乗る事を止めに来た店員さんだ。
店長さんだったのね。
両手にマラカスを持ち、シャカシャカと振りながら、小刻みに体を動かしている。
「本日のぉ~! 抽選を受けられるぅ! ラッキーな! お客様はぁ~!」
シャカシャカと揺らされるマラカスの音が段々早くなっていき……
ピタリと止まると。
「今! 立っているお客様です~~!!」
……今……立っているお客様って……ヒビキだけだよね……。
突然のご指名に、ビックリしすぎて固まっているヒビキへ、シャカシャカとリズムよく響くマラカスの音が近づいてくる。
二十センチ四方程度の、正方形の木箱を持った女性の店員さんも、軽いステップを踏みながら近づいてきた。
満面の笑みの店員さん達が、ヒビキの前に到着すると。
「おめでとうございます!! ささ、ぱーっと引いちゃって下さいね~!」
ヒビキの前に差し出された木箱は、天辺に丸い穴が開いている。
くじ引き……みたいな感じかな?
「え? え?」
ターバンを巻いたマラカス店長さんと、木箱を持ったナイスバディな店員さんとを、交互に見ながら慌てているヒビキ。
「一日に一回、抽選タイムがあるのですよ。今回はお客様がたまたま当たっただけです。ささ、ぱーっと引いちゃって下さい」
ずずいと突きつけられる抽選箱。
満面の笑みの店員さん達。
おずおずと穴に手を入れて、一瞬動きを止めたヒビキが、視線だけで店長さんを見上げた。
ターバンな店長さんってば、ウインクしているし。
……なにが仕込まれてるんだろう……。
店長さんに笑顔を返したヒビキの、引き抜いた手に握られていたのは、金色のチケット。
「おめでとうございます~~!! スペシャルセット・人・数・分! の当選で~~~す!!」
カランカラ~ン!
ハンドベルが景気よく鳴り響き、店員さんどころかお店に居たお客さんからも、一斉に拍手が上がる。
「私の店は、持ち帰りもしていますからね。入り口で、このチケットを見せて頂いたら、できたて熱々をお渡し致しますよ」
ヒビキにそっと耳打ちした店長さんは、再びシャカシャカとマラカスを鳴らしながら、お店の奥に戻って行った。
「また来て下さいね。何回でも!」
木箱を持った女性の店員さんも、小声でささやくと、軽やかな足取りで引き返してゆく。
「と……とにかく、お店をでようか」
再び拍手を送ってくれる周りのお客さんや店員さんへ、ペコペコと頭を下げながら退店した。
◆
「ビックリした~!」
バーガーショップから、少し離れた所に設置されているベンチに、はーっとため息をつきながら座ったヒビキ。
「店から時々聞こえてきた音って、抽選だったンだなー!」
「あれ、あきらかにヒビキに抽選させようとしてたわよね」
頷いたヒビキが、ずっと握っていたチケットを両手で広げる。
「うん。しかもさ、あの箱の中って、このチケットしか入ってなかった……ん……だ」
一瞬固まった理由を云いながら、当選したチケットに書かれた文字を見て、再び硬直している。
「なに? 何が書いてあったの……って、これ! あははははは!!」
チケットには
『スペシャルバーガーセット 人数分! 何回でも使えます』
と、書いてある。
『何回でも使えます』の部分だけ手書きなので、きっと書き足してくれたのだろう。
ニセ勇者ににらまれて、入れるお店がなくなっても、このチケットがあれば食べるものには困らないよ、って事かな?
「あれ? インクがにじんでる所がある……」
裏面にも何か書いてあるようだ。
クルリとチケットを裏返したヒビキが、ふふっと笑う。
「『スカッとしました。ありがとう』……って、これイカサマを暴いたからよねぇ」
「ヒビキ格好よかったもンなー!」
いしししと笑ったカイ君が、ヒビキの肩におでこを乗せて、ぐりぐりと押しつけて懐いている。
「ン? ヒビキ。なンか、ここ、カサカサしてるぞ」
「え?」
ヒビキが、自分の肩をポンポンと触ると。
「ほんとだ……。なんか挟まってるね」
チュニックの肩口から、小さく折りたたまれた、紫色の紙切れが出てきた。
「いつのまに……って、あ! さっきのお店にいたおじさんか!」
広げられた紙切れは、
『魔法の絨毯・割引券』
と、書かれたチケットだった。
「さっきのおじさん、これを渡す為にお芝居してくれたのかな」
「絶対そうでしょ。ぎこちないしゃべり方だったもの!」
おじさんや、バーガーショップの店員さん達の心遣いに、自然とほおの筋肉がゆるんでくる。
ニセ勇者の横暴は有名みたいだし、反撃はできないけれど、腹に据えかねている人がそこここに居るって事なんだろうな。
「俺たち専用の絨毯が持てたら、カイも気兼ねなく乗れるね」
「買おう! 買おう! ついでに、私の服も買ってー!」
そういえば、さっき『うんと良い宿屋に泊まろう』って話してた時も、一階に洋服屋さんがある宿屋をお勧めしてたよね……。
インドの民族衣装風で、妖精サイズのお洋服も置いてるのかな?
「キプロスの町で、服沢山買ってたよね?」
「ここの街の衣装も欲しい! ミアとソラにも買ってあげようよ! どうせ近々合流するんだろうし! きっと喜ぶわよぉ~!」
「いや……。あの二人はダンジョンに潜るんだから……こんなに露出が多いと、擦り傷とかできるんじゃないかな……?」
「ばっか! ヒビキのバーカ! 擦り傷を作らないように、回避力があがるってものよ!」
「そ……そういうもの……?」
ふんぞり返って、深く頷くピーちゃんの勢いに押されて、「そっかぁ……」と云いながら地図を広げ始めたヒビキ。
……ピーちゃんや、それはアベルさんに使ったのと同じ手だよ……。
でも、娘っ子達やピーちゃんが、ここの民族風の衣装を着たら、きっとすごく可愛いと思うの。
「にゃんにゃが、にゃう~にゃ」
「でしょ! でしょでしょ!」
上機嫌なピーちゃんが、両手を挙げて私に向かってきたので、ハイタッチでお迎えする。
「にゃ~にゃにゃ、にゃうにゃ、うにゃうにゃ」
「オカン! 良いこと云うー!」
ぽふぽふと、私の肉球を叩きながら喜ぶピーちゃんに、怪訝な顔になったヒビキが問いかけた。
「ピーちゃん……? オカン、なんて云ったの?」
「ヒビキとカイも、この街の衣装が似合いそうだって云った!」
「…………」
微妙な笑顔を向けられたけれど。
ん~と、ほら、カイ君は替えの服が少ないし。
少ないって云うか、一着しか持ってなかったので、無理やり二着目を持たせている状態だしさ。
みんなで新調するのなら、遠慮して受け取ってくれないって事も、無いだろうからさ!
ちょうど良い口実になるんじゃないかなって思うしー。
決して、アラビアンナイトなコスプレをしているヒビキを、見てみたいなんて下心はないのだよ。うん。




