141.イカサマ発覚
肘から下に大きく切り開かれた切れ目から、軽やかな紗の薄布が垂れ下がり、中世貴族でいう所のオー・ド・ショースと呼ばれる、ぷくっと膨らんだ膝上のズボンを履いているニセ勇者。
豪奢な生地を使っているのは、わかる。
全体を青系統で統一していて、おしゃれなんだろうなって事も、わかる。
わかるんだけど……。
提灯ブルマーにしか見えないズボンから出ているのは、白タイツに包まれたおみ足なわけで。
「ぶふっ」
あ、ヒビキが吹き出した。
そっと耳打ちしてくれた、ガイドなピーちゃん情報によると、『王都の高位貴族にのみ許されている格式高い装い』らしいんだけど……。
元いた世界の美的観点が邪魔をして、どう見ても笑いをとりに来ているとしか思えない。
周りがインドの民族衣装っぽい街の方々だから、余計に浮いて見えるんだよなぁ……。
やばい、私も爆笑してしまいそう……。
「なんだい。人の顔を見て笑うなんて、失礼なヤツだな」
必死で笑いをこらえていると、ニセ勇者が肩に垂れ下がる髪を大仰に払いながら、慇懃に言い放った。
ニセ勇者の左腕には、この街の主流スタイルらしき、露出の多いファッションに身を包んだ、豊かに揺れるダークブロンドの美女が、嫌な笑みを浮かべながら、しな垂れかかっている。
後ろには、黒い燕尾服を着た男性が俯いていた。
もこもことブロッコリーの様に膨らんだ、しろい毛髪の両端に、くるりと巻いた角がついているから……羊のコボルト族かな?
ミアちゃん達と同じく、顔や手足は人と同じだ。
美女を侍らせて、まぁ~……良いご身分ですこと。
カイ君の一件もあり、ミアちゃん達からの前情報も持っているからか、いますぐ電撃を放って気絶させて差し上げたい程に、憎々憎々憎々~~しぃっ!
「スミマセン」
出会って早々相手の姿を見て笑うのは、確かに失礼にあたる。
いくら嫌いな相手とはいえ、笑ってしまった事に対しては、即座に詫びを入れたヒビキ。
「でも、カイを臭い犬呼ばわりしたのは、訂正して下さい」
ピクリと右の眉をつり上げたニセ勇者が、鼻で笑いながら悪びれもせず持論を展開してくる。
「臭いものを臭いと言って、何が悪いんだ?」
「……っ!!」
怒りのあまり、立ち上がろうとしたヒビキの腕を、さっと掴んだカイ君が小声で引き止めた。
「ヒビキ、いいよ。俺気にしてないから」
「でもっ」
カイ君につかまれている腕を、そっと離そうとするヒビキの手を、ポンポンと叩いたピーちゃんが、ふわりと浮き上がる。
ニセ勇者の目の高さまで浮き上がってから、ビシっと指差して……。
「アンタのほーが、臭いわよ!!」
と、叫んだ。
「なっ!」
「香水なんだろうけど、つけすぎ。キツすぎて刺激臭になってるじゃない」
「ぶっ無礼な!!」
顔を真っ赤にして逆上するニセ勇者に、なおもピーちゃんの毒舌が飛ぶ。
「アンタね、自分が言われて嫌な事は、人に言っちゃ駄目って習わなかったの?」
心底馬鹿にした様に捲し立てるピーちゃんに、一瞬ひるんだ様子だけれど。
「ふん。コボルト族は人じゃないからいいんだよ」
ガターン!!
怒りの沸点を超えたヒビキが、カイ君の静止を振り切って立ち上がった勢いで、座っていた椅子が派手な音を立ててひっくり返る。
倒れた椅子から、怒りで鼻息が荒くなっているヒビキへと、ゆっくり視線を流したニセ勇者が、キザったらしく前髪をかき上げてから、ニヤリと笑った。
「どうしても謝って欲しいと言うのなら、私と勝負しないか?」
「何の?」
歯がみしながら尋ねるヒビキ。
「そうだな……。コイントスなんてどうだい?」
軽く振り向いて、後ろに控えていた羊さんへ、手のひらを差し出すニセ勇者。
「裏が出たら、お前の言うとおりにしてやるよ」
無言でにらみつけるヒビキに、羊さんから金貨を受け取ったニセ勇者が、
「その代わり、私が勝ったら……」
値踏みするように、私とピーちゃんを交互に見比べてきた。
どちらかを渡せって云いそうだな。
絶対お断りだけど!
「妖精のキノコを渡すわ!」
ニセ勇者からの無茶ぶりが出る前に、ピーちゃんが先手を打っくれた。
「なに?! お前、妖精のキノコを持ってるのか?」
ヒビキが小さく頷くと、ニセ勇者がなにやら思案し始めたようだ。
すると、しなだれかかっていた女性が「私、食べてみたいですぅ~」と、甘えた声を出して、一層強く抱きついた。
一挙手一投足が、いちいちカンに触る人だ……。
苛立ちながらも、ニセ勇者の返事を待っていると、いちゃいちゃし出した二人の後ろに控えている羊さんの、もこもこした頭頂部から――妖精が、ひょこっと顔出した。
人差し指を口の前に当てているので、”気付かないフリをして黙っていて”という合図なのだろう。
顔を出した妖精の存在に、気づいた事がばれないようにと、ヒビキ達とひそかに息を飲む。
「……十個だな。妖精のキノコ、十個出せるならソレにしてやろう。無理なら、そこのめずらしい猫と妖精を渡せ」
意地悪な笑みを浮かべた勇者が、「どうせ嘘だろうけどな」と吐き捨てるように云った。
「いいよ。妖精のキノコ、十個だね」
睨みつけながら言い返したヒビキが、椅子に置いていたカバンの中から、取り出した妖精のキノコを、お皿に並べていくと。
「へぇ……。本当に持っていたのか。後で返してくれなんて言うなよ」
しがみついていた女性を、そっと下がらせたニセ勇者が、握った指の上にコインを乗せてスタンバイした。
「いわないよ。そっちこそ、約束は守ってね」
ヒビキの宣戦布告には答えず、余裕たっぷりで口の端を釣り上げたニセ勇者が、親指でピンと金貨を弾く。
弾かれた金貨が、一番高い所まで到達し、下降し始めた矢先――ふわりと浮き上がったヒビキがキャッチした。
「なっ!」
空中で、掴んだ金貨を確認したヒビキが、焦り始めたニセ勇者に向かって怒声を上げる。
「やっぱり、両方表の金貨じゃないか!」
固唾を飲んで、成り行きを見守っていた店内に居た人たちが、にわかにざわつき始めた。
分が悪い事を悟ったニセ勇者が、往生際悪くあがいて叫び返す。
「お前がすり替えたんだろう?!」
「そんな事しない!」
「やっぱり、ずっとイカサマされてたンか……」
しょんぼりと呟いたカイ君に、わなわなと唇を震わせたかと思うやいなや。
「ひどい侮辱だ! やってられない! 私は失礼させて頂く! 出せ!」
早口で捲し立てる勇者。
羊さんの頭から慌てて飛び出した妖精が、空間収納を開けた。
羊さんが巻かれた絨毯を取り出して、大急ぎで広げる。
「お客様! 店内でそれに乗るのは困ります!」
頭にターバンを巻いた男性の店員さんが、慌てて駆け寄ってきてたしなめたけれど。
「煩い! 私が誰だか判って云ってるのか?」
吐き捨てるように叫び、店員さんがひるんだ隙に絨毯に座った。
さっきまでしな垂れかかっていた女性が、絨毯の端で光っている白い宝石に手を当てると、ふわりと浮き上がる。
ヒビキの剣に嵌っている、風属性が付与された宝石と似た輝き。
おそらく、あの石に魔力を通す事で、絨毯を操れるのだろう。
「卑怯者! カイに謝れ!」
空中で叫ぶヒビキに向かって、
「私を侮辱した事を、後悔させてやるからな!」
一目散にお店の出口に向かって飛び去る絨毯の上から、捨て台詞を吐くニセ勇者の声が、……聞こえた。




