140.ニセ勇者登場
「すみません……。お連れ様は……お乗せする事はできません」
入場の建物に居たお姉様方と同じ、民族衣装に似た服を着た絨毯乗り場のお姉さんが、深々と頭をさげている。
制服かな、と思っていたのだが、街の中にいる一般のお客さんと思われる人達も、同じような服装をしている人が多い。
どうやら、この町の流行のスタイルのようだ。
「なンでだよぅ。前は俺も乗れたじゃンか~」
「それが……。半年前に領主様が代替わりをしまして……」
「新しい領主が、なんでそんな命令出したのよ?」
唇を尖らせて尋ねるピーちゃんに、小さく首を振ったお姉さんが、辛そうに答えてくれる。
「私も、こんなのは間違っていると、思っているのですが……。本当に申し訳ありません」
トップが代替わりをして、新しく敷かれた体制に否やを唱えるのは、いち従業員には無理だろう。
ミアちゃん達のように、体の一部だけに獣の特性が出ているコボルト族なら乗れるらしいけれど、この場で変身するのも、目立ちすぎてしまう。
悲しいけれど、ここは一旦引き下がるしかないよね。
ピーちゃんに伝言を頼もうとしたけれど、ヒビキも同じ考えに至ったらしく、ぐっと拳を握った後、カイ君の肩にそっと手を置いた。
「わかりました。……カイ、行こう」
痛々しいほどに、しょんぼりしてしまったカイ君を気遣いながら、乗り場を後にする。
「あっ。まって!」
すっかり意気消沈して歩くヒビキ達に、乗り場のお姉さんが声をかけて、走り寄って来て……。
胸のポケットから、桃色のチケットを取り出して、カイ君に渡した。
「街の中央にある、バーガーショップの無料券です。一人分しかなくてごめんなさいね」
「えっ。なンで俺に?」
「ん~。絨毯に乗せてあげられないお詫びかな。そのチケットは頂き物だから気にしないでね。……私の……自己満足みたいなものだし」
「でも、ポケットに入れてたって事は、今日使うつもりだったンじゃないンか?」
珍しく的中したらしきカイ君の名推理に、ちょっとびっくりした顔になったお姉さんが、魅惑のウインクを繰り出すと、「いいのよ。じゃあね」と云って、受付に小走りで戻っていく。
「いいンかなぁ……?」
手の中の、銀色で縁取りされたチケットを見ながら、悩むカイ君に、
「お姉さんのご飯が気になるなら、妖精キノコでも渡してきたら?」
ピーちゃんが入れ知恵をする。
「いいンか?」
にっこり笑って頷くヒビキとピーちゃん。
「あンがと! 渡してくる! ちょっと待ってて!」
嬉しそうに、後ろ向きで手を振りながら、駆け出した。
「カイ! 前みながら走りなさい!」
お母さんモードが発動したピーちゃんに、「は~い」と返事したカイ君は、すぐにお姉さんに追いついて、妖精キノコを渡しながら何か話している。
「新しい領主様……。絨毯に一部のコボルト族を乗せちゃ駄目なんて、なんで言い出したのかな」
「わかんないけど……。ろくな奴じゃないのは確かよね」
手を振って固辞しているらしきお姉さんに、強引に渡したカイ君が、スキップしながら戻ってくる姿が見える。
「これ以上、カイが嫌な思いをしないように、さっさとニセ勇者見つけて、すぐ街を出よう」
「そうね……。なかなか見つからなかったら、『ン、ンン~』の出番かもね」
「あっちの姿になると、寒そうだからなぁ……」
「今なろうか~~?」
耳の良いカイ君には、すべて聞こえてしまっていたらしく、戻りながら叫んでいる。
「ここでは駄目!」
「おバカ! こんな所でやったら目立つでしょ!」
保護者モードが炸裂した二人に、いしししとカイ君が笑った。
◆
カチャカチャと食器を鳴らす音と、楽しそうに会話する人達の、ざわめきが賑やかなここは、『賭博の街』の中心地近くにある、バーガーショップ。
お腹が膨れたら元気がでるかもと、とりあえず最初に来ることにしたのだ。
「おいし~~!!」
しっかりと香辛料のきいたパティが、早くもヒビキを虜にしている。
「ポテトもほくほくで美味しいわね」
「わっふ、わふわふ」
お姉さんが渡してくれたチケットは、このお店で一番高いハンバーガーのスペシャルセットのものだった。
「俺、このセット一回食べてみたかったンだぁ~」
すっかり元気を取り戻したカイ君も、三段に重ねられたバンズに、夢中で齧りついている。
炭酸の入った、コーラモドキで喉を潤したヒビキが、「この後どこ行こうか」と云いながら、街の入り口で貰った地図を開く。
「先に、宿を探した方がいいんじゃない?」
「それもそうだね」
正六角形の高い城壁に守られた街の中央には、これまた六角形の堀に囲まれたお城がある。
お城の1階や庭園では、無料でみられるショーが定期的に行われており、2階にはカジノコーナーがあるらしい。
堀の頂点と城壁の頂点を結ぶようにして、大通りが通っている。
その大通りによって、6つの区画に分かれているようだ。
それぞれの区画ごとに目玉となる施設が置かれていて、その区画のテーマに沿ったホテルや食事処がある。
カイ君が行ってみたいと云っていた室内プールは、今居る第三区画にあるようだ。
ここと対角線上にある第六区画には遊園地があるし、右隣の第二区画にあるアスレチックコースはクリアすると景品が出るそうな。
大人から子供まで楽しめるアトラクションが、ギュッと詰まったこの街は、入場制限がかかるほど人気があるのも頷ける。
「どの区画の宿に行こうか。カイ、お勧めの宿屋はある?」
「ン~、俺、あんまり泊まった事ないからなぁ」
「「えっ」」
まさか……。
宿屋でも、コバルト族は立ち入り拒否されていたの?!
険しい顔をして、地図から顔を上げた二人に、慌てた様にカイ君が云う。
「あ、ちがうぞ。入るなって言われたンじゃなくて、節約!」
王様の角を粉にして売りさばいた代金は、あまり儲けにならなかったらしく。
「あの角、すンごい堅くてさぁ! 街の中で砕いてたら、うるさいって怒られるしさ~」
飲み物に溶かしたり、振りかけて食べられる程に粉砕しないと、売り物にはならない。
それなのに、細かくすればするほど、短い時間で魔素を吸って変色するようになる王様の角は、一攫千金を狙えるお宝からは、ほど遠い代物だったとぼやいている。
粉砂糖の様に粉砕して持たせてくれた、ドワーフのトー爺さんって、やっぱり凄腕だったんだな。
「そんなに固いのに、よく王様から切り離せたね?」
「生えてる時は、王様が寝てたり油断していさえすれば、魔力を通した武器なら、スパァっと切れるらしいわよ」
「あー……。だから、女の人が寝かしつけてから切ってたのかぁ!」
「だからさ、ヒビキが使ってる王様の粉、すげえな~っていっつも思ってたンだ」
街の外で苦労して粉砕して、”だるまさんが転んだ”ゲームの回を狙って入場するものの、変色して売り物にならなかった日の方が多かったと、カイ君のぼやきは続く。
「フローラの欲しがってる宝石の代金も、なかなか貯まらないのにさ。宿屋なンか使えないだろ?」
やっとの思いで、宝石代の半分が貯まった頃には、3年ほど経過してしまったのだと云う。
そんなに長い期間、ろくに宿にも泊まらず、一生懸命貯めたお金を……ニセ勇者との賭け事で全部スってしまったのね……。
「そういえばアンタ……。一文無しでこの街を出てから、どこに行ってたのよ?」
「エルフの森に帰って、めっちゃ怒られてさ。なンとかして稼ごうと思って、とりあえず王都に行ったンだけど、逃げ出した奴隷と間違われて、追いかけ回されて、大変だった!」
あっけらかんと返事して、平気を装ってるけれど。
耳が垂れてるよ、カイ君。
辛かった事とか、大変だった事とか、この笑顔の中にたくさん隠してきたんだろうな……。
「今日だけは、うんと良い宿屋に泊まろう。その分、明日からはできるだけ安い宿屋を探そうか」
ヒビキの提案に、ピーちゃんが手を叩いて賛同する。
「賛成! 私、入ってみたいと思ってた宿屋があるのよ。一階が洋服屋になってて――」
「何か臭いと思ったら、負け犬じゃないか」
突然浴びせかけられた、冷や水の様な嫌な言葉に、ムッとしながら振り向くと。
ストレートのプラチナブロンドを、肩下で緩やかにひとつにまとめ、貴族にしか許されないという衣服を纏った姿。
アベルさんから聞いていた風貌そのままの人物が、ニヤニヤと笑いながら……居た。
「……勇者……様」
カイ君が、低くうなりの混ざった声で、絞り出すように吐き出した。




