139.空飛ぶ絨毯
「そんな殺生なああああ!」
29番ゼッケンのおっちゃん達が、切ない雄叫びをあげて崩れ落ちた。
おっちゃん達に振っていた手を下ろしたカイ君が、蚊の鳴くような声で「……俺、あのおっちゃん嫌い」と呟いたので……。
「なに、知り合いだったの?」
耳ざとく聞きつけたピーちゃんが、鞄の中から抜け出して、カイ君の頭に寝そべった。
「あっちは覚えて無いみたいだけどな~。ニセの勇者にゲームで負けた俺を見て、笑ったンだ」
ニセ勇者のいかさまゲームに負けて、身ぐるみを剥がされたカイ君は、文字通りパンツ一丁にされたらしく。
街を出ようと足早に歩く姿を見て、「コボルト族は馬鹿が多い」と、嘲るように笑っていた人達の中にいたという。
「身ぐるみって、比喩だと思ってたけど、本当にされちゃったのね」
ピーちゃんが、しょんぼりと俯くカイ君の頭を、なでなでしながら慰めている。
「早くニセ勇者見つけて、取り戻そうね」
背中から降りたヒビキが、励ますように、カイ君の肩に腕を回した。
賭博で身を持ち崩してしまったのは、カイ君の自業自得な部分もあるけど……その姿を見て嘲笑うなんて、大の大人のすることではない。
それにしても……ほんとに身ぐるみ剥ぐだなんて、ニセ勇者め……。
ぺっちゃんこの、ぎったんぎったんに、鼻っ柱を折ってあげようね。
少し、しょんぼりとした空気が流れた所へ、大門脇の通用門に立っていた、大玉を転がす係の男性が、
「お手数ですが、ゼッケンを受付に渡しに行って下さいねー」
と、声をかけてくれたので、慌てて移動する。
しょんぼりな空気を挽回しようとしてくれたのか、ことさらに明るい声で、
「入り口、面白いンだ。きっと、ヒビキびっくりするぞ~」
と云ったカイ君に、ヒビキも「それは楽しみだ!」と、つとめて明るく返事を返している。
いしししと照れ笑いをしたカイ君も、ヒビキの肩に腕を回して、二人三脚のようにもつれながら、受け付けへ向かい始めた矢先。
””29番ゼッケンと、14番ゼッケンのチームの方、アウト~!””
お姉さんのアナウンスが流れてきて、みんなでちょっとだけ悪~い笑顔を浮かべてしまう。
「ざまあ見ろだわね」
「そうだね」
「いしししし。なンかスッとした~」
少しだけ、軽くなった足取りで受付に到着。
ゼッケンを返すと、折り畳まれた街の地図を貰った。
そのまま、受付の建物の中に手招きされる。
「もしかして、ここから街に入れるの?」
「そうだぞ~」
受付の中は、12畳ぐらいの小部屋になっていて、階下へ伸びるエスカレーターの様な階段状の装置が、ぽつんと設置されていた。
「こちらから、ご入場下さい」
手招きしながら受付内に誘導してくれたお姉さんが、右手をスイっと下げて、綺麗な所作で装置を指し示してくれた。
誘導してくれたお姉さんも、参加料金を支払ったカウンターのお姉さん同様、見事なくびれを惜しげも無くあらわにした、インド民族風の衣装を着ているので、ヒビキが目のやり場に困っている様子。
この街の主流スタイルなのかな。
それとも従業員の制服のようなものなのかな……?
「これ! ここ、乗るンだ!」
エスカレーターで言うところの、最上段にあたるステップを指さすカイ君の指示通りに、ヒビキが並んで乗ると。
「楽しんできて下さいね~」
お姉さんのかけ声と共に、装置がゆるやかに動き始めた。
エスカレーターと遜色ない動きで下りきると、トンネルのような通路に出る。
動く歩道型に変わったエスカレーターは、そのままゆるゆると直進していく。
通路内は、電飾のように見えるカラフルな幾何学模様の装飾が、壁や天井にも配置されていて、異世界へのワープゾーンの様な錯覚にとらわれる。
「すごいだろ~?」
「うん。前にいた世界の、エスカレーターとイルミネーションみたいだ。どうやって動いてるのかなぁ?」
「三番目の勇者様が、大気中の魔素を吸い取って、電気を作る装置を作ったらしいわよ」
「魔素を?! ……すごいね」
「竜王を倒して戻ってきたら、他の町や村にも、同じ装置を作ってくれるつもりだった……らしいんだけどねぇ……」
「どうして、戻ってこなかったんだろうね」
「元の世界に、戻されちゃったンじゃないか、って云われてるぞ~」
「そっか……。俺も、印の星が消えたら、戻れるのかな。みんなに挨拶する時間ぐらいは欲しいなぁ」
コボルト族の奴隷解放もするつもりだったと聞くし、三番目の勇者様って真の勇者って感じだなぁ。
元の世界に戻れたのなら、そりゃ……良い事なんだろうけれど。
お別れの挨拶もできず、忽然と姿を消したってのが釈然としない。
来たときみたいに、突然神様の魔法陣に乗せられちゃうのかしら。
どこまでも続きそうな気持ちにさせられる、幾何学模様のイルミネーションの道は、突然その末端が姿をみせ、動く歩道だった足元は、上りのエスカレーターへと変化する。
「ま、そこはアベルに頑張って貰う事にして。私達はニセ勇者をギャフンと云わせて、カイの奪われたモノを取り戻しましょ~!」
「「お~!!」」
ピーちゃんの音頭に合わせて、男子二人が拳を高く突き上げる。
ちょうど、上昇を終えたエスカレーターが停止した場所は、城壁の外と同じような建物の中で。
「「ようこそ、『賭博の街』へ!!」」
アーチ型の両開きの扉を開けてくれた、二人のアジアン美女な受付のお姉さんに誘われるようにして……。
いざ、『賭博の街』へ。
◆
「おおおおおお」
「にゃおおおおおお」
本当にびっくりした時って、言葉って出てこないのね……。
湖側から見えていたから、ロシアのお城やインドの寺院の様な建物で統一されているのは、わかっていたけれど……。
地上5メートルほどの高さを――
「魔法の絨毯っっ……?!」
――二畳ほどの大きさで、様々な文様の織り込まれた、分厚い絨毯が飛び交っている。
「『賭博の街』は広いからさ。ちょっと離れた建物へ移動したい時は、あの絨毯に乗れるンだ」
「端から端まで歩いたら、一日かかるらしいわよ」
「へえええええ」
ゆったりとした通路には、白と青藍の床レンガが交互に敷かれていて。
床レンガの両脇には、黒い移動床が設置されている。
ぴょんと飛び乗って、好きなところで飛び降りれば良いらしい。
ゆっくり歩く程度の速度なので、さほど乗り降りは難しいものではないそうな。
ポカンと口を開けながら、カイ君とピーちゃんの話を聞いていたヒビキが、どんどんワクワクした時の笑顔になっていく。
「絨毯、乗りたい!」
「おう! 乗ろう乗ろう!」
所々に設置されている、電話ボックス程度のサイズの、タマネギ屋根の建物が、空飛ぶ絨毯の乗り場らしい。
一番近くに見える、白い縞模様の入ったタマネギ屋根を目指す。
「絨毯の料金って、高いのかな?」
「入場料に含まれてるから、タダだぞ~」
お高めの入場料で、中の乗り物が無料な所とか、ますますテーマパークっぽいなぁ……。
三番目の勇者様が栄えさせた街らしいから、このシステムの発案者なんだろうけれど。
元いた世界で、どんな職業をしていたら、こんな発想が出来るのだろう。
やっぱり、勇者として呼ばれる人って、ひと味違うのかしら……。
あ、でも二番目の勇者は、贅沢三昧の嫌われ者だったというし、神様の選ぶ基準がホント不明だわ。
ぼんやり考え事をしていた間に、絨毯乗り場に着いたらしく、受付のお姉さんの詫びる声がした。
「すみません……。お連れ様は……お乗せする事はできません」




