136.いざ、『賭博の街』へ!
「ゴフッ!!」
徹夜明けの仮眠中。
ヒビキのくぐもった声がして、目が覚める。
どうやら、寝返りを打ったカイ君の足が、みぞおちにクリーンヒットしたようだ。
ヒビキと並んで寝ていた筈のカイ君の頭は、天地が逆さまになっている。
「んも~! カイは寝相悪すぎっ」
上半身だけを起こしたヒビキが、カイ君の足をどけながらぼやいている。
「手足を縛って寝かせたらいいんじゃない?」
ヒビキの呻吟の声に、眠りを邪魔されたらしきピーちゃんが、本気とも冗談ともつかない声で云いながら、起き上がった。
「今何時ぐらいかしら?」
「お腹すいてないから、まだ夕方ではないと思うよ」
エーレの館は、岩島の内部をくり抜いて作られている為、外の様子は窺えない。
空気孔から差し込む光の色味は、『印の星』が照らすオレンジ色じゃないから、まだ夜ではないのだろうけれど。
「エーレが渡してくれた水晶で、通話してみようか」
「そうね!」
空間収納から取り出されたハンドボールサイズの球体が、差し込む光を受けてコバルトブルーに輝いている。
「綺麗ねぇ……」
「そうだね。エーレは、これに水の魔法を通すように云ってたんだけど……」
水魔法といえば私の出番でしょう!
いそいそとヒビキの前に陣取ると、私の扱いやすい高さに、球体を差し出してくれた。
「オカン、この球体に水魔法掛けてくれる?」
「にゃ~う」
見た目は水晶玉そのものなんだけど、触れるとぷよぷよヒンヤリしていて、気持ちがいい。
この感触、癖になりそうだわ~と思いつつ、軽く水魔法を発動させる。
碧い光が球体の表面からほのかに発生した直後、【もう起きられたのですか?】と、エーレの声が聞こえてきた。
「うん。今何時かな?」
【まだ4時になったばかりですよ。もう少しお休みになられますか?】
「これ以上寝ると、夜眠れなくなりそうだから、そろそろ起きるよ」
【そうですか……。では、今からそちらに参りますね】
碧い光がゆっくりと消えると、通信も切れたようだ。
「オカン、もう離していいよ?」
光が消えた後も、球体に抱きついたままの私の頭を撫でて、離すように促されたけど。
「もうちょっとだけ~」
この、むにむにした感触、好きなのよ。
私のあまりの気に入りように、ピーちゃんも興味をそそられた様子。
「何、そんなに気に入ったの?」
(気持ちいいのよ。これ)
「どれどれ。ちょっと、やだ。これはヤバいわね」
反対側から球体に抱きついたピーちゃんも、にんまりしながら、何度も球体に体を押しつけては離してを繰り返す。
そーでしょ、そーでしょ。
この感触はヤバいのよ。
むにむにした感触で遊んでいると、エーレが”地図”だと云っていた事を思い出した。
この球体がどうやって地図になるんだろう?
ちょっとした好奇心で、さっきよりも強めに水魔法を発動させてみると……。
球体だった形がぺたんと崩れて、丸い厚みのあるマットのような物体になった。
「きゃっ」
押しつけていた体の支えを失って、倒れ込むピーちゃん。
マット状になっても、ぷるぷるした感触は失われていないようで、ぽよよんと弾んで着地した。
「は~、びっくりした! オカン、何しのたよ?」
(エーレが地図だって云ってたから、どんなふうになるのかな~って……)
「ピーちゃん、オカンなんて云ってるの?」
「どんな地図になるのか、見てみたかったんだって」
丸いマットになった球体を、しばし眺める。
「何も出てこないね」
「そうね……」
ぷるぷるした表面に、反射した光がキラキラしているだけで、文字も地形も表示されてこない。
「オカン、ほんとに地図って云ってたの?」
「あ、それは俺もエーレから聞いたよ」
「これがねぇ……?」
三人でプルプルをつついて遊んでいると。
【使い方をご説明致しますね】
水面から顔を出したエーレが、クスクスと笑いながら泳ぎよってきてくれた。
◆
エーレの水晶と通信をする時は、水魔法を通すだけで良いけれど。
地図として活用する時には、まず強めに水魔法を通してマット状にして、その後もう一度両端から魔力を流すのだと云う。
云われた通りにしてみると、魔力を通した指先から中心に向かって、地図が浮き出てきた。
青と白の濃淡で表示されていて、今まで見たことがない配色の地図だけれど、結構見やすい。
川と海と……あ、妖精の国の周りにあった湖も、ひときわ濃い青で表示されている。
ルフェさんの工房のすぐ脇や、大陸の所々に小さく同じ色味の青丸が表示されてるな。
点在する青丸は、濃い青と薄い青の二色のようだけど、どういう違いがあるのだろう……?
「エーレ、この濃い青と薄い青の丸は何かな?」
【濃い青で示された水のある場所には、この水晶を通して瞬時に移動できるのですよ】
「「えっっ」」
驚いて、顔を上げたヒビキとピーちゃんに、にっこりと微笑み返したエーレが続ける。
【移動先として使えるほどの量がない水場は、薄い青で表示されています】
「すごいわね……」
再び地図に視線を戻して、じっくりと眺めていると……。
「……あっ」
ヒビキが小さく呟いた。
「なに、どうしたの?」
「だって、ここ、ほら」
指でさされた先は、ルフェさんの小屋の南東。山脈のそばにある小さい薄青の点――
「ここって!」
「うん。アベルさん達と修行してた所だよね?」
――修行場に作っていた、岩風呂が表示されていた。
「お風呂サイズの水場には、行けないって事かな?」
【そうです。あとは……井戸などもですね】
あんな場所まで表示されてるって、かなり優秀な地図だなぁ……。
そういえば、ルフェさんの工房のすぐ脇に表示されている、濃い青の丸ってなんだろう?
あんな所に、岩風呂より大きな水場ってあったっけ?
……あ! 女神様の像が祀ってあった地底湖か!
ってことは、ここからルフェさんの工房の場所まで、瞬時に移動できるようになっちゃったって事だよね?!
工房どころか、各地に点在している大小の濃い青の数からして、大陸中のほとんどの場所に行けちゃうんじゃない?!
「ちょっとまって! 妖精の国の周りの湖も、大陸を横断している川も、中央にある湖も、瞬時にいけちゃうって事!?」
ぶんっ
と、効果音が聞こえそうな速度で顔を上げたピーちゃんが、大きな瞳をまん丸にして問うと。
喜色満面にあふれたエーレが大きく頷いた。
【そうなのです! ですので、いつでもこの館にお泊まりにいらして下さいね】
もしかして……しょっちゅう遊びに来て欲しい一心で、こんなにすごい地図を一族総出で作ってくれたのかしら……。
頂いた地図がすごすぎて、半ば呆然とお礼を言うヒビキの後ろで…………カイ君がむくりと起き上がり、「お腹すいた~」と云った。
そーいえば、カイ君起こすの忘れてたね。
◆
翌日の朝。
【ええっ! そんな!】
河口にある『新・コボルト族の村(名称未定)』の、浅瀬に乗り上げたシャチな王様が、泣きそうな声を出している。
エーレに貰った地図で水場を移動できる為、『王様に送って頂かなくても大丈夫』とヒビキが話したからだ。
「王様には、コボルト族の移動を助けて頂きたいんです。お願いできませんか?」
【それは、もとより。頼まれなくてもするつもりだったよ……】
しょんぼりしているのか、だるーんと体を伸ばした王様が、【作るんじゃ無かった……】とか呟いたのは、地図の事だろう。
私達を『賭博の街』へと送って頂くとなると、往復で数日間は留守にさせてしまう。
となると、その間に解放されたコボルト族の方達は、歩いて村まで来ることになる。
体力が落ちている方が多いだろうから、村まで王様に運んで貰えたほうが安全で速い。
「次に寄らせて頂いた時に、一緒に海を泳いで下さいませんか?」
ヒビキが、本音ともフォローともつかぬお願いをした途端。
Uの字に体を跳ね上げた王様が、【勿論だとも!!】と云ってくれた。
「それじゃあ、俺たちそろそろ行くね」
【はい! またすぐにいらして下さいね】
ヒビキと交わした握手を、エーレが名残惜しそうに手放すと。
「ありがとうございました!」
「また来て下さいねー!」
お見送りに来てくれた、コボルト族の皆さんが口々に声を掛けてくれる。
「エーレ、搬送されてきたコボルト族の中に、急いで回復とかが必要な人がいたら、通信で教えてね」
【かしこまりました】
水晶を地図状にして準備開始していると。
「カイー! 出発するよ!」
「うン!」
ヒビキの呼び声に、むっちゃん達と話をしていたカイ君が、慌てて駆けてきた。
目指すは、『賭博の街』のすぐ目の前にある、大きな湖。
教えられた通りに、目的地の場所へと右の肉球を当てる。
「オカン、よろしくね」
「にゃ~ぅ」
返事をした私の両脇をヒビキが掴み、ヒビキの両脇をカイ君が掴んだ事を確認して……。
ヒビキのチュニックの中から、
「オカン、いきなり湖のド真ん中に落とさないでよ?」
と、悪態をつくピーちゃんに、恐ろしいフラグを立てないでよ~と、泣き言を言いたい気持ちを飲み込んで。
一度深呼吸をしてから、思いっきり水の魔法を流し込む。
ぴちょん
水滴が一滴落ちたような音がした途端、辺り一面がコバルトブルーに染まる。
でんぐり返りをした時のような感覚に包まれて――――
――――気がついた時には――
「ほら! だから言ったじゃない! 落ちないでねって!」
足下の遙か下に、広大な湖が広がっていた。
いつも、お読み頂きありがとうございます。
今回で3章終話です。
ブックマークや評価、コメントやメッセージ、誤字報告など、皆様からの励ましに後押しして頂いて、ここまで来られました。
通常業務に戻り、私生活が多忙化してきた事と、ここの所体調を崩しがちな事から、ストックをきちんと作ろうと考えております。
その為、4章は11月から開始して、週1回の更新にさせて頂きます。
少しでも、皆様の隙間時間の楽しみにして頂ける事を願いつつ、綴って参りますので、どうか物語の最後までお付き合い頂けると幸いです。
日中と夜の寒暖差が激しい季節になりましたので、どうか皆様もお体大切になさって下さいね。




