134.カイ君の願い
「カイ、オカンを囮にするのは駄目だろ」
ヤドカリのようにカイ君を背負ったヒビキが、少し怒った口調で嗜めるけれど。
「飛ンで逃げる方がズルいと思うぞー」
イシシシと笑いながら、正論で攻めてきたカイ君の言葉に、ぐうの音も出なくくなったようだ。
「ヒビキがどうしても嫌だってンなら諦めるけどさ。何でそンな真っ赤な顔して嫌がるのかぐらい、教えてくれよな~」
「そうよねぇ。そんな頬染めて嫌がられたら、気になるわよねぇ」
「だろ? だろ?」
ゲルベッドに戻ったヒビキが着地した途端、ピーちゃんからの援護射撃が入る。
即座に便乗したカイ君に、「カイ、とりあえず降りて」とヒビキが言うけれど。
「嫌だ~。理由を教えてくれるまで降りないぞ~」
さらに力を込めてガッシと掴まってくるカイ君に、前のめりになって重さに耐えながら問うヒビキ。
「わかった、わかった。その前に、なんで『名付け』して欲しいのか教えてくれる?」
「え~。だってさ。ヒビキに名付けして貰った三人ってさ。”自分の望む姿”になってるっぽいだろ?」
「そうかな?」
「絶対そうだって! ワニ兵衛は強そうな見た目と力だろ? むっちゃんは”伝令係”してるって云ってたから、多分素早く走る力だったと思う。エーレはゾウから人魚への進化!」
「確かに……そうかもね。私は、縮んだ伸長を戻したいって思ってた頃だったもの。……そういえば、オカンは羽欲しいと思ってたの?」
んー。特に羽が欲しいとは思ってなかったなぁ……。
名付けしてもらった頃は、猫になっててびっくりした矢先だったし……。
しいて言えば、人間に戻りたいだった筈。
でも、母親だってばれたら、この世界から強制退場になる訳だから……人間の姿になってなくて正解だったんだけど。
自在に飛べる訳でもないし、つくづく謎な羽だわ。
返事に困って首をかしげる私に、つられたように三人とも首をかしげている。
傾けた首のまま、「カイは、どんな風になりたいの?」とヒビキが聞いた。
「俺さ! 俺さ! 賢くなりたい!」
おぶさったまま、上下に体を揺すってはしゃぐカイ君。
「わっ。カイ、暴れたら危ないよっ」
ふにゃふにゃとしたゲルベッドの上だ。
踏ん張るヒビキの健闘もむなしく、バランスが崩れ――
――ひっくり返る寸前、慌てたヒビキが私を放り投げた。
腕の中に居た私を下敷きにしないようにと、気遣ってくれたんだろうけど!
なんで水ゾーンに向かって投げるの~~~!!
ゆるやかな放物線を描いた私の体は、必死の羽ばたきも虚しく……。
ボチャンと情けない音を立てて落ちた。
◆
「オ、オカンの、顔っ……っ!」
水面に落下する時の、私の必死の形相がツボに入ったらしく、ピーちゃんがケタケタと笑っている。
「羽、すンごい動いてたのに、全然浮き上がらなかったよな~」
カイ君も一緒になって大ウケ中だ。
「オカン、ごめんね」
火と風の魔法を組み合わせた温風を出して、濡れた私の毛皮を乾かしてくれているヒビキも、笑いをこらえているらしく、ずっと手の平と肩が小刻みに震えている。
天井から落とされて……わざとじゃないとはいえ、海に投げ出され……挙句の果てに、爆笑……。
ちょっとぐらい、反撃してもいいよね……?
丁度毛皮の乾燥も終わったので、ぺこりとヒビキにお辞儀してから、貝ベッドの上蓋部分にある、窪みに避難する。
笑い転げているお子様たちの上に、水魔法を展開。
大き目の水球を作って……さらに冷やして……冷やして……
特大霜柱爆弾の、投下準備完了! そぉい!
どざ!!!
「ンわ!」
「わ!」
「きゃああ!」
あ……あれ? 特大の霜柱を作ったつもりだったのに、出現したのは巨大貝ベッドを埋め尽くすほどに、ドカンと出来た雪の塊だった。
ご、ごめんよ? 大丈夫?
「「「ぶは!」」」
どか雪の中から這い出てきたヒビキ達が、雪まみれになったお互いの顔を見ながら、再び笑い転げている。
……なんでも楽しいお年頃なんだなぁ……。
笑い転げながら、カイ君が足元の雪を素早く丸めて、ヒビキ目掛けて投げた。
油断していたヒビキの顔に当たった雪玉が、ぺしゃんと音を立ててはじけ飛ぶ。
「ぶわ!」
ぷるぷると顔を振って雪を振り払ったヒビキも、楽しそうに雪玉を作って投げ返す。
身軽なカイ君が難なく避ける……も、風魔法で雪玉の軌道を変えられて、ぺしゃんと後頭部に被弾。
「うンわ! ズルだ!」
「だって、カイすばしこいんだから、こうでもしないと当たらないだろ?」
「いしししし。そりゃそーだ! ヒビキ、結界と飛ぶのは禁止な!」
云うや否や、しっぽで作った雪玉を投げた。
「え?! そんな!」
素直なヒビキが、結界発動を我慢する方に気を取られて、再度被弾。
にや~りと笑った男子二人の雪合戦が始まった。
両手と、しっぽまで使って雪玉を作り、3つずつ投げるカイ君。
結界と飛翔を禁止されたヒビキが身をよじって避けるも、軌道が読みにくいのか、しっぽから放たれた雪玉にだけ毎回当たっている。
対するカイ君は、吸着のブーツを使った移動を禁止されているものの、持ち前の俊敏さを生かして、トリッキーな動きで避ける……も、避けた先にヒビキの風魔法で操作された雪玉がべしゃり。
「ヒビキはさぁ! なンで俺に『名付け』するのが嫌なンだ~?!」
カイ君が、雪玉を投げながら尋ねる。
「『名付け』するのが嫌なんじゃないよっ!」
しっぽの起動をなんとなく読めてきたらしいヒビキが、3つの雪玉を回避。
即座に、両手にもった雪玉を投げながら……。
「『名付け』するときに、”ずっと仲間でいて欲しい”って思っちゃいそうなのが嫌なんだ」
つるりと漏れたヒビキの言葉に、動きが止まったカイ君に。
雪玉が、ぱしゃり、ぱしゃりと音を立ててはじけ飛ぶ。
本音を漏らしてしまった事に気づいたヒビキが、両手で口を押えて真っ赤になった。
次の爆撃準備にされていた雪玉が、カイ君の手の上でぷるぷると震えて――ぽとりと落ちた。
「うン! 俺も、ずっと仲間でいたい!!」
◆
ヒビキ曰く、『名付け』の時に発生する制約は、頭の中で浮かべるらしい。
ワニ兵衛とエーレの時に宣言していたのは、相手にもわかりやすいようにと配慮したからだと云う。
「”ずっと仲間でいて欲しい”を制約にしちゃったら、カイが離れる事があった時に……命を落とすかも……って考えると、怖くてさ」
貝ベッドの上に残った雪をかき集めて、水面に落としながらヒビキが呟く。
「俺、ずっと仲間でいたいから、そンな心配いらないと思うぞー?」
同じように両手いっぱいに集めた雪を、水面に落としながらカイ君が答えてるけれど。
「制約がさ、どの辺まで融通が利くのかわからないだろ? もし、カイと別行動を取る時がきたら、どうなるかわからないんだぞ?」
「ずっと一緒にいればいいじゃンか!」
「アンタ、ほんとおバカね。ルフェさんのお使いがあるのを忘れたの? エルフの森に入る時は別行動になるでしょ」
頷くヒビキの隣で、パカリと口を開けたカイ君が、硬直している。
……さては忘れてたな……。
「どうしよぅ~~」
両手で頭を抱えてしゃがみ込んだカイ君に向かって、ピーちゃんが。
「まぁ……。方法が無い訳じゃないけどね……」
と云った。
◆
「ようは、”他の事を考えられないように”すればいいのよ」
ピーちゃんが名付けを迫った時は、突然ヒビキの目の前に近づいて、思いっきり急かしてたもんね。
今にして思うと、”名前を考える”事しかできないようにした、見事な作戦だったなぁ。
「どうやるンだ?」
「ん~。慌てさせるのが、一番手っ取り早いと思うんだけど……」
「ヒビキって何したら慌てるンだ?」
「あんまり……見ないわね……」
腕組みして悩み続けるカイ君とピーちゃん。
「あの……二人とも? 名付けする事が決定になってない?」
そろりと問うヒビキ。
「こんなにお願いしてるんだから、サクッと付けてあげたらいいじゃない。賢く……なるかは判らないけど」
「俺は賢くなる!」
「でも、やっぱり危険だと思う。やめたほうが……」
どこまでも慎重派なヒビキが、二人を諦めさせようと必死だ。
「あ! 俺いい事考えた! ヒビキちょっと耳塞いで目ぇ瞑ってて!」
「え?! なんで?」
「いいから!」
カイ君の勢いに、しぶしぶ言われた通りにするヒビキ。
そっと私を掴んだカイ君が、そろりと壁を駆け上がる。
そのまま天井を走って、ヒビキの居る貝ベッドの向かい側。エーレのベッドの真上近くまで行くと。
「ヒビキぃ~。もう目ぇ開けていいぞぉ~」
蝙蝠のように、さかさまになって両腕を伸ばしたカイ君が、大きな声を上げる。
……ちょっとまって。まさかまた私を落とす気?
さっきよりだいぶ距離あるよ?!
しかも、ここ結構高い!
「うわ! カイまさかそこからオカン落とす気?! ダメだよ遠すぎる! 間に合わない!」
ヒビキが待ったをかけてくれるけれど。
「オカン、ごめんな」
と、小声で云ったカイ君が、そっと私を放した。
「ぎにゃあああぁぁぁぁああああ!」
この高さから水面落ちたら、絶対痛いよ?! かなり痛いよ?!
……あ! 私も結界使えるんだった。 ……二秒だけど!
着水する瞬間に張れば……いけるか?!
「もぅ! カイのバカ! まだ名前も考えてないのに!」
ヒビキが今まで見たこともないような速度で向かってくれるのが見えるけど。
いかんせん、この距離だ。
多分間に合わないだろう。
水面まであと少し。
おし、せーの、結界発動!
ばちぃ!
「痛ったぁ!」
水面ギリギリで私をキャッチしてくれたヒビキが、結界ごと私を掴んでしまいダメージを受けている。
うわ、ごめんヒビキ。
これ結構痛いんだよね。
「ヒ〜ビキぃ~! 俺の名前~!」
のんきなカイ君の声が近づいてくる。
また吸着を解除して降ってきたようだ。
「もう! カイはカイだよ!!」
振り向きざま、結構本気で怒った声をあげたヒビキに、「うン!」と返事したカイ君の姿が――光り始めた。




