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133/167

133.名前を下さい

「ちょうどひと段落した所だよ。エーレはよく眠れた?」

【はい! すごく良く眠れました。ヒビキ様は、今からお休みになられますか?】


 私たちが徹夜で作業をすると言ったので、久しぶりに女王様や人魚達と一緒に、地底湖で寝たのだという。


 かなりよく眠れたらしく、溌剌とした笑顔で受け答えをしてくれる。



「良かった! 俺たちもそろそろ寝ようと思ってたんだ。館に連れて行ってくれるかな?」

【かしこまりました】


 コップの中のジュースを飲み干したピーちゃんが、空間収納に片付けながら、


「やっと寝れるわね! 疲れたわ~!」


 と呟くと。


 ホットドッグの最後のひと口を、ばくりと頬張ったカイ君が、


「オカンの通訳しかしてなかったのに、疲れたンか?」


 もぐもぐと咀嚼しながら、呑気に聞いてしまう。


 肉体労働してなくても、徹夜に付き合ってくれたのだ。

 チョコマカ動いて、どんな小物が欲しいか聞いて回ってた、私の通訳をしてくれたんだもの。

 そりゃ疲れたと思うよ〜と、言ってあげたいけど、言葉が通じないので、なりゆきを見守るしかない。


 案の定、ヒビキの肩からゆらりと立ち上がって、無言で飛び上がったピーちゃんが、カイ君の頭に止まると……。

 おもむろに耳毛をひっぱった。


「痛い痛いいたい! なンで怒るンだよぅ!」


 逃げ回るカイ君と、耳毛を手綱のように掴んで引っ張るピーちゃんの攻防を、眠たくて回らなくなった頭で眺めていると。


「あのぅ……」


 コボルト族の皆さんが、申し訳なさそうにヒビキに話しかけてきた。


「どうしたの?」


 言いにくそうに、仲間内で目配せをしあっているなか、うさ耳さんが意を決したように口を開いた。


「私達にも、名前を付けて頂けませンか?」

「えっ」

 

 半開きだった目を見開いて驚くヒビキ。


「むっちゃんから聞きました。名前をつけて頂いた後、脚力があがったって」

「お願いします!」

「俺たちも、強くなりたいンです」


 名づけかぁ……。

 作業中のむっちゃんってば、階段を使わずにジャンプ力だけで洞窟に出入りしてもんなぁ。

 あの姿見てたら、羨ましくもなるよねぇ……。


 ヒビキを見上げると、すごく困った顔をしていた。


「えっと……。その……。強くなりたいって気持ちはすごく……。よくわかるんだけど……」


 固唾を飲んでヒビキの返事を待つ皆さんに、深々と頭を下げた。


「ごめんなさい! できません!」


 しょんぼりと、しっぽが垂れさがってしまった皆さんの姿に、ぎゅっと拳を握りしめたヒビキが続ける。


「『名付け』には、制約があるんです。もし、破ったら命を落とすぐらい強力なんだそうです。だから、あまり使っちゃダメで……。むっちゃんの時は、『名付け』をしようとしたんじゃなくて、愛称をつけたつもりで……」


 再び、ごめんなさいと云って頭を下げるヒビキの肩に、ピーちゃんが飛んで来て、


「強敵と戦う訳でもないんだから、必要ないでしょ」


 と、助け船を出してくれた。



「でも……」

「大丈夫です! 制約があっても平気です! 破りませんから!」

「お願いします」


 なおも懇願してくるコボルト族の皆さんに。


「『名付け』はね! 疲れるのよ! すっごく!! アンタ達助けてくれたヒビキをこれ以上疲れさせたいの?」


 と、ピーちゃんが早口で説明しているけれど……。


 名付けって疲れるの? ……気が付かなかった……。


 息子の異変に気づけなかった事に、すごく申し訳ない気持ちになる。

 痛い所をつかれたらしいコボルト族の皆さんも、一様に諦めてくれたようだ。


「……わかりました」

「無理を言って……すみませんでした……」


「とりあえず、アンタ達も一旦寝なさい。お仲間が増えたら、また沢山作らなきゃなんだから」


 ぺこりとお辞儀してから、とぼとぼと洞窟へと歩いていく皆さんを見ながら、


【ヒビキ様、館に参りましょう。結界を張っていただけますか?】


 と、エーレが声をかけてくれた。





「ヒビキぃ~。寝たか~?」


 エーレの館の中。

 差し込む薄明かりの中、ゲル状の貝ベッドの上で、ヒビキと並んで横になっていたカイ君が、ふいに問いかけた。


「……起きてるよ」


 お昼ごろに迎えに来ると云ってエーレが戻ってから、結構な時間が経っているけれど、二人ともまだ眠れていなかったらしい。

 かくいう私も、かなり疲れている筈なのに、いっこうにまどろむ事ができないでいた。


「ごめンな~」

「ん? なんで?」


「俺さ、初めてエーレ見た時に『名付け』してって、頼ンじゃっただろ?」

「うん」


「『名付け』したら、ヒビキが疲れるって知らなかったンだ。ごめンな~」


 カイ君の言葉に、しばらく無言で天井を見つめていたヒビキが、「…………疲れないよ」と、ポツリとつぶやいた。


「えっ。だってピーちゃんが……」


 ガバっと起き上がったカイ君が、天蓋付きベッドの中で、二人の様子を窺っていたピーちゃんを見つめる。


「精神的に、疲れるだろうなって意味よ! ああでも言わないと、あの人たち諦めそうになかったんだもん」

「え~~~」


 不服そうに頬を膨らましているカイ君に。


「あの場に居た全員に『名付け』したとしても、新らしく来る人達はどうするのよ? 何人いるかもわからないのに」


 ベッドの上で片肘をついたピーちゃんが、呆れたように云った。


 『名付け』した時に、ヒビキに異変が起きていなかった事に安堵しながら、なるほどなと思う。


 私達は、今日にはここを立つのだ。

 名前のあるなしで能力に優劣があると、後から来た方達から不満が起きかねないだろう。


 むっちゃんにも、能力アップしている事をあまり知られないように、気を付けて貰った方が良いかも知れな…………。


 そこまで考えて、ふと疑問が沸き上がる。


 あれ? むっちゃんって……。


「じゃあさ、俺に名前を付けてくれよぅ」


 突然のカイ君のお願いに、ビョンと跳ね起きたヒビキが、後ずさって距離をとった。


「無理!」

「なンでさ!」


 じりじりと、四つん這いでヒビキににじり寄るカイ君。


「……かっ。カイはっ。すでに名前がついてるから!」

「むっちゃんだって、68番って名前ついてたじゃンかー!」


 うすうす何かを感じているらしいヒビキが、どもりながら言い訳するけれど。


 そう……だよね。

 あの時は、番号だから、ヒビキの『名付け』が発動できたんだと思ってたけれど。


 作業中のコボルト族達は、それぞれ番号で呼び合っていた。

 つまり、”番号”が”名前”として認識されているって訳で。

 って事は……”すでに名を持つ者には適用されない”って名付けの発動条件に、該当……しない……?


(ピーちゃん? もしかして、『名付け』って上書きできるの?)

「気づいちゃったかぁ~」


 むくりと起き上がったピーちゃんが、長いため息を付いたあと、「私も知らなかったんだけどね」と前置きをして、教えてくれた。


「キプロスの町にいたお姉ちゃんが、教えてくれたのよ。上書きできるって」

「やっぱりかぁ……。 だから『使いどころはよくよく見極めて』って教えてくれてたんだね」


「ヒビキは何時気が付いたの?」

「むっちゃんに『名付け』が発動したからかな」


「じゃあ、イイじゃンか! 俺にもつけてくれよぉ!」

「いやだ」


 即答したヒビキに、「なンでだよぅ」と食い下がるカイ君。


 疲れる訳でも無いし、上書きもできるんなら、付けてあげてもいいんじゃない? と思いつつ見上げたら。

 ヒビキの耳が、真っ赤になっている。 なぜ?!


「だって! 名付けって、制約が頭にっ。 だから嫌だ!」

「俺、ヒビキの命令ならなンだって聞くぜ?」


 さらに頬まで真っ赤になったヒビキ。


「ちっ、違う! 命令なんかしたくないっ」

「じゃあ、イイじゃンか~!」


 カイ君が、ヒビキの肩をつかもうと腕を伸ばした途端、びゅわっと飛び上がって逃げた。


「うっわ! 飛ンで逃げるのはズルイぞヒビキ!」


 むんずと私を掴んだカイ君が、ダダダと壁を駆け上がる。

 

 なんで私を連れて行くのよ?!


 そのまま天井を駆けて、館の中央。 海と面している水ゾーンの中心まで来ると……。


 そっと手を放しおった!


「ぎにゃああああ~~~!!」


 なぜ私を落とすのカイ君!!!


「オカン!」


 ヒビキが慌てて飛んで来て、空中でキャッチしてくれた直後、ドスンと衝撃が伝わってきて……。




「へっへっへー。捕まえたぁ!」


 ブーツの吸着を解除して、落下してきたらしきカイ君が、ヒビキの背中にしがみ付いていた。



 

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― 新着の感想 ―
[一言] な、なんというボーイズライフ( ´∀` ) これは腐女子の方々が放っておかないぜ!!(ォィ
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