131.カイ君の過去
妖精の王様の粉入りのオレンジジュースと、妖精のキノコを食べて元気になったコボルト族の皆さんが、砂地に平伏している……。
「やめてください。お願いだから頭をあげて」
ヒビキが、ひれ伏して並ぶ方々の前に膝をついてしゃがみ込み、何度もお願いしているけれど。
「川での移動中、人魚の王様から教えて頂きました。ヒビキ様が、我々を解放するように動いて下さったと」
「本当にありがとうございます」
口々にお礼を云いながらも、なかなか頭を上げようとしてくれない皆さんに混ざって、カイ君まで並んで平伏しようとしだした。
「うわああああ。カイ、それだけはやめて!」
慌ててカイ君の腕をつかんで、頭を下げないようにと止めるヒビキに、
「だって、俺、嬉しいんだ!」
と云ったカイ君の大きな瞳から、ボロボロと大粒の涙が流れている。
「アンタがそんなに泣くなんて……何があったのよ?」
ピーちゃんが、カイ君の頭の上に寝そべって、優しくなでながら尋ねると。
「俺の父ちゃんと母ちゃんも、王都で奴隷だったンだ」
と、絞り出すように呟いた。
◆
2番目の勇者の不興を買ったという、理不尽すぎる罪状で住んでいた村を追われたコボルト族は、大半が奴隷として王都に連れていかれたという。
その後、魔力を持たないとはいえ――力が強く、俊敏で、家畜や魔物と言葉を交わせるコボルト族――は、貴族階級から奴隷として引く手あまたになったらしい。
雇い主に逆らうと絞まるという鉄の首輪は、”付けられた時と、相反する属性の魔力を通せば外れる”という、簡単な仕掛けのものだという。
魔力を持たないが故に、首輪を外す事が出来る者が居なかった事も、容易に組み敷かれる一因になった……と。
さらに、奴隷商人の中には、コボルト族同士を無理やりつがいにして、その数を増やす事で財を成すものも、少なくないのだと云う。
カイ君の両親は、そんな奴隷商人に飼われていたらしい。
「俺が生まれた時、『珍しい毛色だから、見世物小屋に高く売れる』って、喜ンだ商人のおっさんを殴り倒して、気絶してる間に母ちゃんと逃げたって云ってたンだ」
ミアちゃん達や、ここにいるコボルト族の皆さんの見た目は、しっぽと耳だけが人のソレと違っている。 帽子をかぶったり、服の中にしっぽを入れてしまえばまず見分けはつかない。
対して、カイ君は見える範囲のすべてが、獣っぽい毛に覆われている。
逃げおおせたコボルト族の大半は、カイ君と同じように色濃く獣の特性が出ていた者らしく、王都以外の場所にはわりと居るのだが、王都ではかなり珍しいらしい。
奴隷商人も見世物小屋も、貴族専用の商いらしいけど……。
どこの世も、平和が続いて暇を持て余した特権階級のお方は、性根が腐っていくんだな……。
そういえば、三番目の勇者様が、『竜王を屠竜したら、王都へ行って奴隷解放する』って云ってたらしいけど、なんで戻ってこなかったんだろう……?
「雇い主が気絶してれば、首輪は締まらないのね?」
「うン。父ちゃんも殴るまで気が付かなかったみたいで、『もっと早くに殴り倒してれば良かった』って云ってた」
「ご両親は今何処にいるの?」
「父ちゃんは、エルフの森にいる。…………母ちゃんは……」
ピーちゃんの問いに、辛そうな声で告白を続けるカイ君を、ヒビキがぎゅっと抱きしめる。
「カイ、もういい。辛い事は言わなくていいよ」
「ううン。大丈夫……母ちゃんは……逃げてきてから寝こみがちになって……俺が2歳の時に……」
ただでさえ産後の肥立ちが悪いと、母体への影響は大きいのだ。
出産後すぐに川を越えて、長距離の移動をしたと考えると、相当無茶をしたのだろう。
カイ君の話を聞いて、むっちゃんや他のコボルト族の皆さんも、肩を抱き合って泣いている。
衣食住もまともに与えて貰えず、雇い主の機嫌次第で体罰すら日常的に行われる生活は、想像を絶する辛さだっただろう。
すでに陽は落ちて、『印の星』が照らすオレンジ色の光の下で、解放されたコボルト族達のすすり泣く声が、波音と共に静かに響いていた。
◆
「もう、大丈夫。泣いちゃってごめン」
鼻をすすりながら、少し気恥しそうに云ったカイ君が、ヒビキの胸から顔を上げた。
少し前に泣き止んで、ヒビキに縋りついて泣くカイ君を、心配そうに見守っていたむっちゃん達も、ホッとした様子をみせる。
【落ち着かれましたか?】
「うン。王様、姫さン。ヒビキの頼みを聞いてくれてありがとう」
【いいえ。ワタクシがもっと早くに気が付くべきでした】
「そンな! 姫様は私たちにずっと優しくして下さいました!」
肩を落とすエーレを、必死に気遣うむっちゃんとコボルト族の皆さん。
再びしんみりとした空気が流れ始めた矢先。
【皆、それぞれに思うところはあると思うが……。そろそろ、コボルト族の今後について語らぬか?】
黙って成り行きを見守っていたシャチな王様が、話題転換をしてくれた。
「私たちの今後?」
きょとんとした顔で見つめるコボルトの皆さんに、王様が続ける。
【ひとまず、ヒビキ様の結界に入れて頂いて、エーレの館に匿おうとも考えたのだがな。それだと自由に出入りできぬであろう?】
確かに、出入りの度に”ヒビキが張った結界に入って水中を移動する”のは、現実的ではないよねぇ。
せっかく自由になれたのに、ヒビキが来るまでエーレの館に缶詰めというのも、切ない話だ。
【山脈に穴をあけて、そこを住処にするのはどうだろう?】
そっか! コボルト族は、もとは北の山脈にあったダンジョンを守っていた一族って云ってたもんね。
ここなら、すぐ目の前が海だから海の幸も取り放題だろうし、森に行けば木製の道具を作る資材に困る事もなさそうだ。
山を住処とするなら、解放されて集まったコボルト族が、どれほど増えても手狭になることもあるまい。
【父様賢い!】
エーレが、ドシーンと音がしそうな勢いで、シャチな王様に抱き着く。
愛娘に抱き着かれて照れたのか、まあるい目を何度も瞬きしつつ、フシュ~っと噴気孔から息が吐きだされた。
シャチも照れるのかぁ……なんてほっこりしつつ、沸き立つコボルトの皆さんと、大陸を囲む山脈とを交互に見ながら、ふと、どうやって居住に耐えるだけの穴をあけるんだろう……と不安になった。
土魔法は使えるけれど、皆さんが住めるような穴を開けられるほどには上達していない。
道具もないので、みんなで力を合わせて掘るのも厳しかろう……。
アベルさんを呼びに行くか……? とか考えていると。
「あの、王様? 山脈に穴を開けるって……どうやってでしょうか……」
うさ耳さんが、おずおずと王様に問いかけた。
【もちろん、私が開けるのだよ。みな、山からできるだけ離れていてくれ】
全員が、できるだけ海辺に避難したのを見計らった王様が、がぱりと口を開けると……。
王様の周りの海面がゴボリと盛り上がり、口の前で大きな球体になると、山脈めがけて飛んで行った。
ドガガガガガガガ!!
山脈に激突した水球は、派手な音を立てて山肌を削り、掘り進んでいく。
しばらく、山を掘り進む水球の工事音がし続けて……。
ボゴオオオォォォン!
着弾した山肌から、結構離れた所から突き抜けてきた。
どうやら、U字型に掘り進んだようだ。
【出来たぞ】
こともなげに言った王様の噴気孔から、得意げな息が漏れた。




