130.玉手箱じゃなくてよかった
橋にいたコボルト族達を迎えに行って、背中に乗せてこの島まで運んできたものの。
館内に入るには水中の移動になる為、立往生していたらしい。
掴まるところが背びれしかない王様の背中に、七人ものコボルト族がしがみついたまま水中を移動……は、無理があるよねぇ……。
結構長い水中トンネルだったから、コボルト族の皆さんの息が持つかも不安だろうし。
一旦砂浜に戻ろうかと思案していた矢先に、この人魚がやってきたので、伝言を頼まれたとの事だった。
【コボルト族の方達と、砂浜で待機しているそうです】
報告しながら、クーラーボックスほどのサイズの宝箱を、エーレに渡している。
赤色で、かまぼこ型の蓋。
縁には金や宝石で装飾が施されてあり、RPGなどでよく見る形の宝箱だ。
【ご苦労様でした。すぐに向かいますね】
【では! 私はこれで失礼しますねっ】
なにやら忙しい様子の人魚さんは、私たちに手を振った後、慌ただしく戻っていった。
【ヒビキ様。これを受け取ってください】
さっき人魚さんから渡された宝箱が、ゲルベッドの上に差し出される。
「えっと……。開けても良いかな?」
【もちろんです】
宝箱の中には……山盛りの”人魚の涙”が敷き詰められていた。
「こんなに?! さっき、エーレからも貰ったよ?!」
【これは、『妖精のキノコ』を食べた時と、父様達が救われた時に人魚達が流した涙です。ヒビキ様に差し上げようと、母様と話していたのです】
「人魚の涙といえば、妖精のキノコと同じぐらいの貴重品よ! 貰っときなさい、ヒビキ」
素早くヒビキの右肩に移動したピーちゃんが、こっそりとアドバイスしている。
なんか……。貴重品がどんどん増えていくなぁ……。
お礼を云いながら受け取ったヒビキが、空間収納に仕舞う姿をみながら、”貴重品”イコール”厄介ごとほいほい”になりませんようにと、かなり真剣に願った。
◆
【ヒビキ様、父様のところへ行ってまいりますので、こちらでお待ち頂けますか?】
到着してすぐの移動の申し出は、心苦しかったのだろう。
留守番しているようにと、気遣ってくれるけれど。
「俺も行くよ。むっちゃんもはやく仲間と合流したいだろうし」
案の定、まったく疲れた様子を見せる事もなく、同行すると申し出るヒビキに。
「ありがとうございます!」
むっちゃんがうつむきがちだった顔を上げて、ホッとしたようにお礼を云った。
「俺も行く~」
ゲルベッドの上で、だらしなく伸ばした四肢を小刻みに揺らすという、謎の一人遊びをしていたカイ君も名乗りをあげる。
自慢の天蓋付きベッドをゲルベッドの隅に出して、くつろぐ準備万端だったピーちゃんだけが、「やっとゆっくり出来ると思ったのにィ」と、大きなため息をついている。
「ピーちゃんは、休んでていいよ?」
「こんな広い所で、一人で留守番なんて嫌よ! 私も行く!」
悪態をつきながらも、手早く天蓋付きベッドを片付けたピーちゃんが、「ほら、オカンもとっとと入んなさいよ~」と言いながら、ヒビキのチュニックに潜り込んだ。
◆
大陸を取り囲む巨大な山脈を横軸として見たとして、縦軸は私たちが流されてきた川。
川に向かって左側の砂地は、さっきワニ兵衛を呼び出すために降り立った方で、シャチな王様はその反対側にある砂地の上に、上半身だけ乗せて待機してくれていた。
砂地しかない左側と違い、右側の砂浜には、少し離れた所に森が隣接している。
王様の周りには、コボルト族の皆さんの姿も見えた。
エーレが乗せられていたお神輿を担いでいた六人と、通訳係をしていたうさぎ耳の女の子も居る。
あの場に居た全員を連れてきてくれたらしい。
「68番~~! よかった! 無事だったンだねー!」
通訳係のうさ耳さんが、むっちゃんの姿を見つけて、両手を振っている。
「60番~! そっちは大丈夫だったー?!」
嬉しそうに手を振り返すむっちゃんに、60番と呼ばれたうさ耳さんが「大丈夫~」と叫んでくれたけど。
一人倒れてるよね……。
「一人倒れてるよなぁ……」
「そうねぇ……」
「エーレ、先に行くね」
ヒビキがふわりと飛び上がり、倒れているコボルト族のそばへと降り立つ。
「何をされたのかな?」
眉根を寄せて、うさ耳さんに問いかけるヒビキ。
「あっ。大丈夫です。何もされていません!」
「じゃあ、なんで倒れてるのよ……?」
ピーちゃんの問いに、少し目を泳がせたうさ耳さんが、「お腹がすきすきて……倒れたんです……」と呟いた。
そういえば、出会った時のむっちゃんも、お腹鳴らしてたっけ……。
コボルト族の皆さんは、むっちゃんと同じく、毛布を頭からかぶって腰ひもで縛っただけのような、粗末な衣服を着ている。
首にはエーレに差し替えて貰ったという、お揃いの水色の首輪がはめられていて。
耳やしっぽは、犬や猫やウサギに狸……と、それぞれに違いはあるけれど、みな顔色は悪く元気がない。
【ほかにも、奴隷となっているコボルト族を、全員差し出すように伝えて来たゆえ、近日中に全員引き取る事ができるであろうよ】
王様の言葉に、ブワっとしっぽを膨らませたカイ君が、猛ダッシュで駆け寄って、白い模様のついた頭に抱き付いた。
「王様ー! ありがとう~~~!!!」
王様にしがみついたまま、声を上げて泣き始めた。
橋で虐げられていたコボルト族の様子を見た時も、真っ先にヒビキの『名付け』を使えないかと云っていたし、私たちが憤る以上に、色々思うところがあるのだろう。
……そういえば、カイ君のご両親の話とか聞いた事なかったな……。
普段おちゃらけているから、気が付かなかったけれど……。
もしかしたら、ミアちゃんやソラちゃん達のように、辛い過去があったのかもしれない。
ゴザと簡易ちゃぶ台を出して、七人分のオレンジジュースと、妖精のキノコを並べたヒビキが、むっちゃんに「みんなで食べててね」と指示を出してから、王様のそばに行く。
「よくあの貴族達が了承しましたね?」
【なぁに。『川に船を出せないようにするぞ』と言っても聞かぬのでな。王都にクラーケンの大群を降らせると脅してきたのだよ】
カンラカンラと笑うシャチな王様を見ながら、本当にやりそうだと思ったのは、きっと私だけではないだろう。
他の貴族や王都の王様と呼ばれる人物達が、すぐさま了承するとは思えないけれど、人魚がバックについてくれたのだ。
コボルト族の奴隷解放へ向けて、一歩前進したと思っても良いよね。
あとは……衣食住をどうするか、だよねぇ……。
お読み頂きありがとうございます。
体調不良やPCの不調、私生活の多忙化と、いろいろ重なっておりました……。
励ましのメッセを下さった方、こんな更新頻度なのに、見捨てずお越しくださった方、新たにブックマークやポイントを付けて下さった方、本当にありがとうございます!!
皆さまも、どうぞお体ご自愛くださいね。




