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129.エーレの館

 ワニ兵衛の姿が完全に砂浜から見えなくなってから、再びエーレに運んでもらって、砂浜から二キロほど沖にある岩島にたどり着く。

 エーレが、普段閉じ籠もっていると云っていた館のある島だ。



「「すごい……」」 


 絶壁に叩きつける波しぶきと、東京タワーぐらいはありそうな高さの断崖絶壁を見あげながら、ヒビキとピーちゃんが、ぽかんと口をあけながら呟いている。


「これ、『吸着のブーツ』で登れそうだな~」

「おバカ! どこでもすぐに登ろうとするの、そろそろ止めなさいよ?!」


 今にも岩壁に飛びつきそうな雰囲気のカイ君に、保護者モードになったピーちゃんが、慌てて待ったをかけている。

 不服そうに「えー」と舌を出したカイ君から、同意を求めるような視線を送られたヒビキが、困ったように頭をかきながら、エーレに話しかけた。

 

「エーレ、この絶壁って島を囲んでるの?」

【そうです。館は島の内部にあるのですが、海中を通ってまいります】


「壁を登って内っかわには行けないンか~?」

【申し訳ありません。島自体が岩でできておりますので……。光を通すための穴はいくつか開けていますが、カイ様が通れるほどのサイズのものは……】


「じゃ、仕方ないか~」


 あっさりと諦めてくれたカイ君に、【では、ご案内いたしますね】と云ったエーレが、海中に潜った。



 光が射さない、ほぼ真っ暗な水中トンネルの中を移動していく。


「エーレってこんなに真っ暗なのに道が見えるの?」

【見える……というより、感じるのです】

「「いいなー!」」


 水中の移動時、カイ君はヒビキと手を繋ぎ、むっちゃんはヒビキの背中につかまっている。

 結界の中に入るだけなら、ヒビキの体のどこかに触れていれば良いらしい。

 

 そっとヒビキのチュニックから上半身だけを出して、肩越しにむっちゃんを見る。

 やっぱり、うつむいて何か考え事をしている様子。


 人魚の国を出る頃から、ずっと元気がないので、気になっているのだ。

 ピーちゃんに、体調でも悪いのかと伝言してもらう。


「オカンが、『しんどいの? 大丈夫?』って聞いてるよ」

「大丈夫です」


 明らかに大丈夫ではない笑顔で答えてくれたけど……。

 

「何かあるなら、遠慮せずに言いなさいよ?」

「ありがとうございます」


 ピーちゃんが補足してくれたので、今はそっとしておこう。

 早めに教えてくれるといいな……。

 



 海中のトンネルを抜けて出た先は、ドーナツ状にくり抜かれたような部屋になっていた。


 光沢のある岸壁の反射光をうまく使って、外の光を取り入れているらしく、ほんのりと夕焼け色に染まる岩の部屋。

 水魔法で人魚達が岩肌を削って作ったという壁には、蔦草が伸びたような浮き彫りが施されてていて、一風変わった高級ホテルといった感じだ。


 ドーナツの中心にあたる、海中トンネルと繋がっている海水ゾーンの奥には、苔が生えた陸地ゾーンがぐるりと囲んでいる。

 海水と陸地との境目に、口が開いた状態の――波打つような貝殻を持つ大シャコガイのような――大きな貝が設置されていた。


「大っきな貝だなー?!」

「中身は……無いみたいだね」

【おいしかったですよ】


 食べたのか……。

 エーレとほぼ同じぐらいのサイズの貝だから、かなり食べ応えがあったんだろうなぁ。

  

 大きな貝は、正面と左右の3か所に配置されている。


【正面にあるのが母様のベッドで、左側がワタクシのものです】

「右側は王様のンなンか~?」


【いいえ。父様は水中でお休みになるので、ベッドは不要なのですよ】


 私達を手のひらに抱えたまま、右側のベッドに移動したエーレが降りるように促してきた。


【こちらは、お客様用のベッドです】


 得意げな顔をしたエーレが、貝殻の端にかざした掌から、トロトロと粘り気のあるゲル状の何かが垂れ始める。


「な、ななな、なに?!」


 プチパニックを起こしたピーちゃんが叫ぶ。


【ベッドを作っています。ひんやりしてて気持ちが良いですよ】


 瞬く間に貝の下部分に満たされたゲル状の液体。


 躊躇することなくその上にダイブしたカイ君が、ぷるるんと揺れる液体の上で、寝返りを打ちながら叫ぶ。


「すげええええ! これすンごい気持ちイイ!」

「ほんと?!」


 仰向けにダイブしたヒビキのお腹ごしに、ぷるんとした揺れが伝わってきた。


 ウォーターベッドならぬ、ゲルベッド?


 そっとチュニックから抜け出して、じかに寝そべってみる。


 プルンとしているけれど、弾みすぎる事もなく……初めての寝心地……っっ。

 毛皮で覆われている身としては、ひんやりぷるんなベッドは癖になりそうなぐらい心地いい~!


「これ、ヒビキの空間収納に入れて持ち運べたらイイのに~!」

【この貝の形状でないと、うまくベッドになりませんので、是非、貝ごとお持ちください】


 ふさふさのしっぽを振りながら呟いたカイ君に、すぐさま了承してくれるエーレ。


「ありがとう、エーレ。申し訳ないんだけど、このサイズだとテントに入りきらないんだ」

「うわ! そっか!!」

「野宿中に、こんな貝がらで並んで寝てたら、魔物の格好の餌になれそうだわね」


 くつくつと笑いながら、ゲルベッドで弾んでいるピーちゃんに、いーっと眉間の間にしわを寄せて舌をだしたカイ君のしっぽが、しょんぼりと垂れ下がった。


【では……こちらのベッドはヒビキ様達の専用にいたしますから、いつでも泊りに来てくださいね】


「「ありがとう」」


 ゲルな貝ベッドで、ゴロゴロ転がって堪能している男子二人とは対照的に、隅っこのほうで腰かけていたむっちゃんが、おずおずと声をあげた。


「あの……。姫様……」

【どうしました?】


「私……。橋に戻った方が良いのでは……」


 甲冑ジジイの居る橋になんか戻りたくないだろうに。

 残されたコボルト族の仲間の事が気になっているのかな……。

 確かに、あのジジイの事だ。

 一人戻らないから、連帯責任とか言い出して、残っている子達に無理難題云いつけかねないよね。


 元気がなかったのは、戻りたくないけど戻った方が……と悩んでいたのだろう。


【大丈夫ですよ。ほかの子達も、今父様が迎えに行ってます】


 今にも泣きだしそうな顔をかしげるむっちゃんに、エーレが説明をし始めてくれた。


 シャチな王様は、私達が砂浜に降りていた時には、すでに橋に向かってくれていたらしい。


【さきほど、母様に教えてもらいました。橋にいた人間達の、コボルト族への仕打ちは、非道すぎると】


 人魚達の宴の間、ずっと女王人魚にくっついていたエーレだが、ただ単に甘えていただけではなく、色々と報告や相談をしていたと云う。

 

【私が幼い頃には……すでに母様達と話す事もままならなくなっていたので……人間の世界の事は、あの者たちから学んでいたのですが……】


「貴族の都合にだけ良いように、いろいろ丸め込まれてたって訳ね?」


 云い淀むエーレに、ピーちゃんがズバリと指摘する。


 残念そうに頷いたエーレの後ろから、一人の女性人魚が顔を出した。



【姫様ー! 持ってきました~! あと、王様が外で困ってましたよー】

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