128.ワニタクシー再び
ヒビキの結界の中。
パラパラと降ってくる砂煙の向こう側で。
短い前足を腰に当ててふんぞり返ってるワニ兵衛。
想像以上の出現の早さに、全員で固まっていると。
【わが君? ポカンとして……いかがなさった?】
ドシーンと、大きな足音を立てて、前足を地につけたワニ兵衛が訊ねてくる。
ワニ兵衛が起こした地響きに、砂豚母ちゃんが【うっ】とうめいた。
ここに、食べすぎによるお腹パンパンで、吐きそうになっている砂豚さんがいるのよー!
もうちょっとソフトに動いてあげてー!!
「えっと……。すごく早かったから、びっくりしたんだ」
【”吹けばいつでも馳せ参じる”と、お伝えしたつもりであったが?】
大きな頭をちょいとかしげてくるワニ兵衛が、
「うん。ちゃんと聞いてたけどね。まさか、吹いた途端現れてくれると思わなかったんだ」
と、オカリナを空間収納に片付けながら、少し慌てたように補足を入れるヒビキを見て。
【で、あるか! 我の魔力とわが君の毛を練って作った土笛なのでな。音色が響いた場所になら、瞬時に来れるのだ! クハハハハハ!】
いたずらが成功した時のように、得意げに笑い声を上げた。
ひとしきり笑い終わった後、【我を呼んだのは、母御を見つけて下さったからか?】と聞いてきた。
「うん。砂豚のお母さんを、少しでも早く砂の国に連れて帰ってあげて欲しいんだ」
砂煙が落ち着いてきたのを見計らって、結界を解除したヒビキが、砂豚母ちゃんに目配せしながら云う。
【……っ! ……っ!】
ヒビキへ目配せ仕返した砂豚母ちゃんが、そろり、そろりと器用に触手を使って歩き、王様に近づき始めたけど……。
定期的に襲ってくる嘔吐感を、必死に飲み込んでいる様子……。
大丈夫かな……。
吐きそうな時って、電車の揺れでもクルからなぁ……。
「あ! ワニ兵衛の頭の部屋、まだあるぞ!」
さっきから、背伸びをしながら何かを探していたカイ君が、嬉しそうに叫んだ。
「ほんとだ! ワニ兵衛、砂豚のお母さんを、その部屋に入れてあげてくれるかな?」
【わが君専用の部屋であるからな。 好きにお使い頂いてかまわぬよ】
「砂豚のお母さん、ワニ兵衛の頭の上にある部屋なら、柔らかいベッドもあるからね。国に帰るまでのんびりできるよ」
大きな瞳に、じんわりと涙を浮かべながら、何度も頭を下げては【うっ】と嘔吐いている。
今にも”来てはいけないビッグウェ~ブ”が、目の前で大惨事を起こしそうだ。
「ちょっと、砂豚母さん、お礼なんか良いから、はやくワニ兵衛に乗りなさいよ」
よほど大惨事を見たくないらしく、やたらとピーちゃんが急かしている。
そういえば、人魚達の宴の時も、エビやカニには見向きもせずに、海ぶどうばかり食べてたなぁ……
(もしかして、ピーちゃんってエビとかカニが苦手?)
「ちょっとだけよ! 足が沢山あるのが苦手なの!」
(美味しいのにー)
「うるさいわね! オカンだってネズミ見て、ぎゃーぎゃー悲鳴上げてたじゃない!」
……ネズミは……。みんなが食べたがらないと思うよ……。
心のなかでつぶやき返しながら、ピーちゃんの頭をなでなでする。ぶくーっと膨らませたほっぺたが可愛い。
私とピーちゃんが話している合間に、触手をワニ兵衛の頭に長く伸ばした砂豚母ちゃんが、ぺこりとお辞儀をしてきた。
「砂豚のお父さんと、ミニ砂豚達によろしくね」
「チビ達に、また遊ぼうって伝えてくれなー!」
「早く登りなさいよ~!」
ヒビキ達の声に、もう一度ゆっくりお辞儀をした後、スルスルと触手を縮めて、プチリゾートなワニ毛部屋へ入っていった。
砂豚母ちゃんが、部屋に収まるのをじっと待っていたワニ兵衛が。
【砂豚の母御を見つけて頂き、感謝する】
と云って、大きく頭を下げてきた。
「「「うわああああ!」」」
そ、そんなに急激に頭を下げたら、部屋の中の砂豚母ちゃんが!
今、絶対むちゃくちゃシャッフルされたよね?!
「ワ、ワニ兵衛! できるだけゆっくり帰ってあげてね?!」
慌てて注意するヒビキの声に、再び大きくうなずいたワニ兵衛。
【畏まった! また我が国にもゆるりとお越しくだされ!】
そう、云うやいなや……
大きく飛び上がって、頭から砂地に潜った。
ワニ兵衛の蛇な尻尾の先が、だんだんと砂に飲み込まれるさまを眺めながら……。
「砂豚母ちゃん、吐かずに帰れるンかなぁ」
と、カイ君がボソリと呟いた。
うん。 次にワニ兵衛の頭の部屋に乗る事があったら、海の幸の匂いで充満してないと良いね……。




