127.地上へ
大勢の人魚たちが一斉に放った水魔法が、細い糸のような筋を引いて、垂直に打ち上げられる。
天井に当たる少し手前で四散して、空中で水の花を咲かせた。
花火ならぬ、花水?
次々と上空に花開く、水の花火を見ながら、ヒビキ達が大喜びしている。
「すごーい!」
「花火みたいだ!!」
「たンまや~!」
「ふぁ~~!!」
「…………!!!」
さっきまでしみじみしていたむっちゃんも、水バージョンの花火を見て、涙がひっこんだらしい。
口も目も見開いたまま、キラキラと瞳を輝かせながら、魅入っている。
咲ききった水の花火の雫が水面に降る中、のけぞって額に指先を当てたり、腰をひねり腕を交差させて決めポーズをしてる人魚達。
こうして、”やり切った”感いっぱいの――人魚達による『歓迎の宴』――が、フィニッシュを迎えた。
人魚って、リンとしたイメージだったけど、意外とお祭り好きなのかな……?
一糸乱れぬ、シンクロナイズドな水面ダンスも、普段から練習してたのかしらと思うほど凄かったし。
お子様達と一緒に、精一杯の拍手と喝采を贈りながら、カイ君と気が合いそうだと思っていると。
ピーちゃんから何やら耳打ちされたヒビキが、「それイイね!」と言って、立ち上がった。
「人魚の皆さん! 素敵なダンスをありがとうございました! 俺達からのお返しを受け取って下さい」
そう云うと、大皿いっぱいに乗せた妖精のキノコを、空間収納から取り出した。
【妖精のキノコだわ!】
【やったぁ!】
わっと沸き立つ人魚達の中から、一人の男性人魚が近づいて来て、ヒビキから大皿を受け取ると、皆さんに配り始める。
外海と隔絶された生活が続いた為、久しく口に出来なかった”好物の味”に、涙を流しながら妖精キノコを食べている人魚さんたち。
そんな人魚たちを見ながら、女王様が深く頭を下げてきた。
【エーレから全て聞きました。娘の数々の非礼、どうぞお許しください】
「えっ。もう……いいですよ」
少し困った顔で返すヒビキに、ピーちゃんが呆れたように口を挟む。
「ヒビキは本当に甘いわよね~」
確かに、橋の袂でカイ君とむっちゃんが大怪我させられた事を考えると、甘すぎるのかもしれないけれど……。
「それがヒビキの良いところだと思うぞ~」
カイ君が、のんびりした相槌を打ち、むっちゃんも、何度も首を縦に降っている。
「あんた達も、相当お人好しよね……」
肝心の二人が、エーレを恨んでいる節が無いので、これ以上ごねるのは得策ではないと判断したのだろう。
「……まぁ、いいか。それじゃぁ、さっさと地上に戻りましょう~!」
と、拳を真上に振り上げて、音頭をとった。
つられて、「「お~!」」と手を挙げるカイ君とむっちゃん。
【では、私が送っていきましょう】
足元の王様が申し出てくれた。
【あら! 泊まって頂きましょうよ!】
【そうですわ。父様! 今から地上に戻っても、すぐに日が暮れてしまいますもの!】
女性二人の猛反発に、困ったように返事をする王様。
【しかし、いつまでも私の背に乗って頂くのも、申し訳ないであろう?】
たしかに、シャチな王様の背中の上で、夜を越すのは難しいよなぁ……。
角鯨のベッドですら、寝ぼけてヒビキを乗り越える事があるカイ君が、水面に転げ落ちる様が目に浮かぶ。
【では、ワタクシの館に泊まって頂きましょう!】
にっこりと笑ったエーレが、ポンと手を叩いてから云った。
そういえば、『姫様は普段お屋敷から出る事はめったに無い』ってむっちゃんが云ってたっけ。
「エーレの館ってどこにあるの?」
【河口のすぐ近くに、あるんですよ】
「へぇ~! 気づかンかった!」
カイ君が驚いているけれど……。
そりゃ、来る時は怒涛の勢いで連れ去られてたからね。
景色とか周りの建物を見る余裕なかったもんねぇ。
◆
地底湖にある人魚達の住処は、いくつもの水中トンネルが繋がっていると云う。
ただ、最初にエーレに連れてこられた水中トンネルは、激しい海流が渦巻いている為、体の大きな王族専用らしい。
人間とほぼ同サイズの人魚達は、水路の両脇にある大小の湖から伸びる、細い水中トンネルから出入りしているのだそうな。
王族専用の水中トンネルは、壁の向こう側にある地底湖にしか無いらしく、もと来た水路を王様を先頭にして進んでいく。
【また来て下さいね~】
【今度はもっと海の幸をご馳走しますよ~!】
来た時は、水路の両端で涙を流していた人魚達だったが、今は満面の微笑みで手を振ってくれている。
王様の背に乗ったまま、手をふり返しながら進み、向こう側に続くトンネルの真上まで到着した。
人魚の国の結界の保持の為、残る女王様のかわりに、王様が付いて来てくれると云う。
【明日遡上する時も、私が送ろう】
「「やったぁ!!」」
シャチの背に乗って川登りって、男子的にはツボだよねぇ。
カイ君とヒビキが大はしゃぎしている。
きゅっと抱き合っていた手を、女王様から離したエーレが優しく声をかけてきた。
【ヒビキ様、結界を張って頂けますか】
ここから先は水中での移動になる為、ヒビキの結界の中だ。
◆
岩肌に同化した結晶が碧く光る水中トンネルを進んでいく。
「はー。来た時はヒヤヒヤしっぱなしだったけど、改めて見ると……」
「綺麗だね」
「ンだな~」
【ふぁ~】
連れてこられた時は、むっちゃんの意識は戻らないし、鉄壁だと思ってたヒビキの結界にヒビは入るしで、大変だったものねぇ。
っていうか、モグラどん。結構前から感嘆符しか言わなくなってるし。
普段土の中で生活しているなら、視力は退化しているだろうと思ってたけど、かなりはっきり見えているらしい。
そういえば、人魚達の花火とかダンスの時も大喜びしてたもんねぇ。
地中での生活は娯楽が少ないらしく、光る水中トンネルや人魚たちのショーに、たいそう衝撃をうけたそうな。
【おいどんも、国に帰ったら、みんなにダンス教えるつもりだぁ~!】
なんて、意気込んでいる。
大穴の下のトンネルを抜けて、一旦水面に。
モグラの王様に報告しに行くというモグラどんとはココでお別れだ。
ヒビキが、出会った時の小さな穴に入れてあげると、
【今度、おいどんの国にも遊びに来とぉせな~!!】
と、きゅっきゅと鼻を鳴らしたあと、穴の奥へと帰っていった。
行けるとしても、かなり先の事になるだろうけれど……。
「モグラのダンス見れるンかな?」
「それより、どれが今日あったモグラなのか、見分けが付くかが心配だよ」
「「確かに~!!」」
おバカな話をしながら、再びエーレに抱えられて、今度は外海へと続く水中トンネルを進んでゆく。
「砂豚のお母さん、全然喋らないけど大丈夫?」
そういえば……。
子どもたちへのお土産にと、エビやカニやら丸呑みしているとお返事してくれた後、一言も喋ってなかったな。
気遣うヒビキに、ニコーっと笑った砂豚母ちゃんが、小声で何か云っている。
「え? ごめん、聞こえなかった」
【食べすぎて……喋ったら……吐きそう……なんです】
「ちょっと! ココで吐かないでよ?!」
決して広くはないヒビキの結界の中。
結構な量を丸呑みしていた、砂豚母ちゃんの胃袋が逆流したら、大惨事だ。
【吐いたら、また漁ってきますよ】
エーレが優しくフォローをしているけど。
そういう問題じゃないよねぇ……。
「結界の中がエビカニだらけになるのが、嫌だっていってるの~!」
ピーちゃんの絶叫とともに、海面から出た時にはすでにかなり日が傾いていた。
【ワタクシの館は、あの岩島です】
河口から数キロ離れた先にある、岩で出来た島を指差したエーレが、すぐさま島へ向かって泳ごうとするのを、ヒビキが止めた。
「ごめん、エーレ。一旦砂浜におろしてくれるかな?」
【どうかなさいましたか?】
訝しむエーレに向かって「砂豚のお母さんの迎えを呼ぶんだ」と答えている。
「ヒビキ……もしかして……?」
「ワニ兵衛呼ぶンか~?」
「うん。今から呼んだら、明日か……明後日あたりには到着してくれるんじゃないかなと思ってさ」
そういえば、ワニ兵衛と別れたのは今日だったなぁ……。
来た時と同じスピードで移動しているのなら、まだ砂の国には戻っていないだろう。
引き返して貰う事になって、若干申し訳ない気がしないでもないけれど。
砂浜に降ろしてもらったヒビキが、空間収納を開いて、ワニ兵衛から貰ったオカリナを取り出した。
♪ぽっぽろっぽぴっぴろぴ~~♪
不思議な音色が響き渡るやいなや……
目の前の砂浜が、もこりと盛り上がって……
【クハハハハハハ!! 我参上!!】
派手な砂煙と共に、ワニ兵衛が出現した。




