126.宴だー!!
光が収まると、エーレとほぼ同じサイズの女王様と、女王より2メートルほど長いシャチが居た。
やっぱりシャチだ!
目の下の白い模様でシャチだと判断してたんだけど、実は顔だけシャチで体は人間……みたいなのも想像していたので、ちょっとホッとした。
……いや、王様がシャチってのはビックリなんだけど、妖精の王様も出会った時はユニコーンだったし。
【ふぁ~! さすが王様のわが君どん!】
モグラどんが、もとの姿に戻ったお二人を見ながら、ぴょこぴょこ体を揺すって興奮しはじめる。
「ちょっと! 揺らさないでよ!」
しょんぼりモードから復活したピーちゃんが、照れ隠しのように突っ込む姿に少しホッとしつつ……。
人魚の王族一家が、熱い抱擁をしている周りに残っている、ヘドロのような水を見ると、なんとも途方にくれた気持ちになる。
これだけの汚れた水を浄化するのに、人魚達はあとどのくらい涙を流す必要があるのかな……。
「ピーちゃん」
モグラどんと言い合いをしていたピーちゃんが、するりとチュニックの中から飛び立って、ヒビキの右肩に座り。
「なぁに?」
と返事しながら、モグラどんにあっかんべーをしている。
あ、ピーちゃんずるい。
私もこの揺れまくるチュニックから逃げ出したい!
そろりと這い出て、ヒビキの左肩に乗ろうとしたら、そっと掴んで戻された。なぜ!
「この、汚れた水ってさ、”妖精の王様の粉”で綺麗に出来ないかな?」
逃げ出そうとする私を、優しくチュニックに戻しながら、ピーちゃんに相談するヒビキ。
そうか……!
アベルさんやルフェさんの汚れた体も、王様の粉入りのお風呂のお湯で、みるみる綺麗になってたもんねぇ。
温泉もどきにひとさじ程度入れたお湯で、あの効果だったから……。
小瓶2,3杯分ぐらい入れたら行ける……かな……?
「そうねぇ……。小瓶3杯分程入れたら、綺麗にできるかも……?」
ピーちゃんのお見立ても、同じぐらいの量のようだ。
粉の振りかけ作業が始まるなら、肩の上に乗られていると邪魔だろう。
おとなしくチュニックの中に居た方が良いよね……。
「エーレ、今からここの澱みを綺麗にするから、その間お二人とコレ食べててくれるかな?」
”妖精のきのこ・王様の粉スペシャル”を、3つ小皿に入れてエーレに手渡すと、小瓶の中の王様の粉を、湖の澱みに振りかけ始めた。
粉が降り掛かった澱みは、にわかにその水気をなくし、カラカラに干からびて蒸発してゆく。
「なんか……。思ってたのと違う……」
「アンタは浄化に何を求めてたのよ」
ピーちゃんが呆れたように突っ込んでいるけれど……。
うん。なんか、こう、もっと、キラキラ~とか、しゅわしゅわ~ってなるかなって思うよねぇ。
【すごい!】
【一瞬で消えたぞ!】
【ありがたい!!】
澱みの向こう側から見守っていた人魚達が、手を叩いて喜ぶ声が聞こえてきた。
人魚達の歓声に気合を入れ直したヒビキは、「ま、いいか」と云いながら、澱みの浄化作業を再開した。
◆
「ヒビキ~! 見て見て~!」
湖の半分ぐらいから澱みが消えたあたりで、カイ君のご機嫌な声が聞こえてくる。
そういえば、カイ君とむっちゃんをエーレに預けていたままだったなぁ……と思いながら、人魚の王族三人の方を見……っ
ちょっと! カイ君! それ王様!!
なんと、シャチな王様の背中に吸着して背びれを片手で持ち、もう片方の手でブンブンと手を振っていた。
「あのおバカ……」
【おいどんも乗りたい~】
「いいなぁ! 俺も乗りたい!」
「ここにもおバカが居た……」
確かに、一国の王様の背に乗るって……なかなかの不敬よねぇ……。
でも、ヒビキが水泳を始めた理由は『イルカと一緒に泳ぎたい』だったから。
シャチに乗れるのは、かなり羨ましいんだろうと思うのよ。
「王様が、後でヒビキも乗せてくれるって云ってるぞ~!」
「やったぁ!」
俄然やる気になったヒビキが高速で小瓶を振るい、程なくして澱みはすべて浄化された。
◆
人魚って男性も居るんだね~。
……なんて、水面から飛び出してアクロバティックに宙返りをする、見事な胸筋と腹筋の男性人魚を見ながら、ぼんやりと思う。
シンクロナイズドスイミングの人魚バージョンが、人魚達の美声をバックコーラスに繰り広げられていて。
ヒビキが湖の浄化をしていた間に、人魚たちが外海で調達してきてくれた海の幸が、所狭しと並べられている――王様の背中に。
いいの? ねぇ、いいの?
王様の背中で人間がおもてなしされちゃっていいの?
王様の扱い、なんか雑じゃない??
解放された砂豚母ちゃんも、王様の背に座り――カニやらエビやらを殻ごと貪り食べている。
……って、砂豚母ちゃん? それ、丸ごと飲み込んでるよね?!
え? 砂の国に戻ったら、吐き出すの?
そっか……。子どもたち沢山居たものねぇ……。
シャチな王様の背に乗ることを、最初こそ躊躇していたピーちゃんも、いまやヒビキやカイ君達と一緒になって、水面で華麗にポーズを決める人魚達に拍手喝采を送っていて。
エーレはずっと女王人魚にひっついて、すっかり甘えん坊モードになっていた。
「姫様……。本当によかった……」
ボキィ、と蟹の足を引きちぎっては、むしゃむしゃと夢中で食べるカイ君の横で、エーレの姿を見て涙ぐみながらむっちゃんがしみじみと呟いている。
「ほーいえば、エーレって、生まれた時から、上半身ゾウだったンか?」
【人魚の国の跡継ぎは、異形の姿で生まれるのだよ】
口の中いっぱいにカニ身を頬張りながら尋ねるカイ君に、足元の王様が答えてくれた。
強い魔物や、珍しい生き物を食べる事で進化を果たすと、上半身が人型の人魚となり、水を操る以外の事も出来るようになる。
他の人魚達の体に残った魔素を吸い取る能力も、そのうちの一つらしい。
王や女王がまもなく朽ち果てようとしているのに、いつまでも進化できないままだったのだから、エーレの焦る気持ちは相当なものだったろう。
じっと見ていたら、甘えるエーレの髪を、優しく撫で梳かす女王様と目が合う。
会釈しながらふんわりと返された笑顔を見て、鼻の奥がツンとしてきた。
世界樹が失われたままなので、まだすべてが解決した訳じゃないけれど……この親子がお別れにならなくて……間に合って良かった……と、心底思った。




