125.人魚の国の王様と女王様
お腐れ表現が入ります。
苦手な方はご注意下さいね。
水中トンネルを抜けた先には、先程まで居た地底湖と同程度の広さの洞窟が広がっていた。
ただ、ほぼ円形に広がっていた向こう側の地底湖と違い、こちら側のものは奥に向かって一本の水路が伸びており、そこへ大小のプールがくっついたような形になっている。
水中に密集している”浄化された水が結晶化した”淡いブルーの光が洞窟全体を照らしていて……。
すっごい綺麗……!
前の世界でずっと行ってみたいと思っていた、『青の洞窟』みたい……!!
大小のプールに居る、大勢の見目麗しい人魚達の姿も、幻想的な風景に拍車をかけているけれど……。
……洞窟内に立ち込めてるこの臭い……。
水路の奥から漂ってくる、もはやかぎなれてきた腐敗臭に、心臓が早鐘を打ち始める。
【ひ……姫様?!】
【姫様なのですか?!!】
水面から出たエーレの姿に、人魚たちから驚きの声があがった。
【皆、心配かけましたね。もう大丈夫ですよ】
優しく言葉を返しながら水路の奥へと進んでいくエーレの手の中で、徐々に濁ってゆく水を眺めていた。
濁った水は、水路の奥から漂ってきており。
その水路の両端では、人魚達が身を乗り出すようにして涙を流し、出来た真珠を落としている。
落とされた真珠は、濁った水に触れると、青い光を放って沈んでゆく。
人魚の真珠は汚れた水を浄化できると云ってたけれど、どう見ても浄化が追いついてないよね……。
それだけ、汚れた水の量が多いって事かな。
この……どす黒い部分の水の色って、腐り落ちた肉が水に解けたもの……だよねぇ……。
ヒビキが持つ『世界樹のしずく』で足りるのかな。
あ、でも、ワニ兵衛の時も、妖精の王様と同じぐらいの量しか飲ませてなかったし、大丈夫かな?
あれこれ考えていると、エーレがこちら側の洞窟での”人魚達の生活”について話し始めてくれた。
大勢の人魚達は、『涙を落とす者』『食事を取る者』『休む者』と、3つのローテーションを組んで生活しているのだと云う。
【後継者として生まれた私は、進化する為にこの姿になるまでは雑食ですが、人魚達は肉は食べません】
「何食べてるンだ~?」
【海藻や……たまにエビや貝……ぐらいですね】
「『印の星』が消えるまで、この洞窟から出ないのなら、どこで調達してたんだ?」
【少し前までは、人魚達が交代で洞窟を出ていたのですけれどね……】
「洞窟出たら、魔素溜まるンだろ~?」
【そうです。王達が吸い取れていた頃はそれでも良かったのですが……】
外海へ食料を調達出来なくなっていた所へ、砂豚母ちゃんが来たので、捉えて食材にしたって事か……。
砂豚母ちゃんも、川へ食料を調達しに来てたらしいし、弱肉強食な世界の食物連鎖として考えたら、しごく当たり前の話なんだろうけれど。
なんか……釈然としないなぁ。
この世界って、世界樹が失われた事による弊害が、大きすぎない?
どんな理由があったのか知らないけれど、世界樹を焼き払った竜王にものすごく腹が立ってきた!!
◆
水路の最奥へ近づくにつれて青い光が減り、薄暗くなってゆく。
ほぼ透明感が無くなった水は、粘り気も帯びているらしい。
エーレが、まとわりつく水をかき分けるようにして進みつつ、手の中の私達ができるだけ揺れないように気遣ってくれている。
水路の最奥……到着した湖は、イルカショーなどが催されるプール程度の大きさで……。
人魚とシャチが寄り添うように横たわっていた。
体の大部分が魔素に侵され、腐敗して剥がれ落ちた肉は、水中に落ちて澱みとなっている。
チュニックの中に一緒に入っていたピーちゃんは、最奥の湖に差し掛かったあたりから、私に抱きついて顔をうずめている。
喋らなくなっていたのは、妖精の王様達の事を思い出してたからかもしれないな。
妖精の王様も女王様も、ピーちゃんにとっては親のような存在だろう。
その親が……家族を守るために朽ちていく姿は……辛いよね。
身を固くして抱きついてくるピーちゃんの背中を、肉球でトントンしながら宥めていると、王様達へ近づくスピードを上げたエーレが呼びかけ始めた。
【父様! 母様!!】
何度目かの呼びかけの声に、閉じていた瞳を力なく開けた二人だが、衰弱しすぎていて定まらない焦点の中で、声の主を探しているようだ。
今にも閉じそうに痙攣する瞼。その瞳に、涙をにじませて、はくはくと口を動かしている。
声を出す体力も、もう残っていないのだろう。
「エーレ、カイ達を頼む!」
結界を解除したヒビキが、カイ君とむっちゃんをエーレの手のひらに立たせると。
素早く空間収納を開けて『世界樹のしずく』を取り出し、王様達の口元へ飛ぶ。
「口を開けて下さい」
ヒビキの呼びかけに、ぬちゃりと音を立てながら、わずかに開いたシャチの口へとしずくが垂らされる。
程なくしてシャチの体が光を放ち、少しずつ体が戻り始めた。
続けて、女王人魚の体も光を放つ。
ボチャンボチャンと音を立てて、真珠の涙を水面に落としながら嗚咽するエーレの向こう側で、人魚達の歓声が上がっていた。




