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123.人魚の国

 頭を垂れたまま動きを止めたエーレに、虎の威を借るピーちゃんが、元気に命令を飛ばす。


「砂豚のお母さんを、解放しなさい!」


 がばっと顔を上げたエーレは、何か言おうと小さく口を開いたけれど、すぐに俯いて黙り込んでしまった。


 捉えて、触手を食料にしているけれど、本体は食べていないみたいだし……何か事情があるのかな。

 大きな体とはいえ、花も恥じらうような美少女が、俯いて震えている姿ってずるいよねぇ。

 でも、今までされた事は帳消しにはしないけど!!

 

【……なのです……】


 消え入りそうな声で返事をしてくれたけれど、か細すぎて肝心な部分が聞き取れない。


「何? 聞こえない!」

「あの! 私からご説明させて下さい!」


 先程までの恐怖を吹き飛ばしたいのか、普段よりも棘のある口調で聞き返すピーちゃんに、むっちゃんが思い切ったように口を挟んだけれど。

 

【68番……。よい。ワタクシから説明できます……】


 そう云って、また俯いてしまった。


「えっと……。エーレ?」


 遠慮がちに声をかけたヒビキに、今にも泣きそうな顔でじっと見あげてくる。


「俺、『世界樹のしずく』持ってるんだ。何か力になれる事あるんじゃないかな?」


 ビックリして目を見開いたエーレが、そのままガクガクと震えだし、大きな水しぶきを上げて水面に倒れた。


「なんで気絶するのよ!」


 地下の洞窟の中、ピーちゃんの叫びがこだました。





 気絶したまま浮かんでいるエーレを湖の外周の陸地部分に乗せようと、その腕をひっぱってヒビキが移動させている間。


 先に、むっちゃんと共に陸地部分に降ろして貰ったカイ君が、『吸着のブーツ』で探検し始めている。


「ぞわぞわ無くなった~! な~くなった~!」


 謎の鼻歌と共に、岩壁を登ったり、天井にコウモリのようにぶら下がったりと、かなり上機嫌だ。


 ……浮かれてるなぁ……。

 ピーちゃんに、気をつけるように伝言してもらったほうが良さそうだな。


「ごめーん! カイ! ちょっと陸に上げるの手伝って!」


 湖岸で心配そうに見守っていたむっちゃんと、エーレを陸に引っ張り上げようとしたものの、重くて断念したらしいヒビキが声をかけた。


「まかせろ~!!」


 天井に張り付いていたカイ君が、吸着を解除するやいなや、一直線に地底湖に向かう。


「おバカ!」


 ピーちゃんの叫び声と共に、派手に水しぶきを上げて、足から水没していった。


 洞窟の天井は、3階ぐらいの高さにあるよ?!

 あんな所から飛び込んで大丈夫なの?!


「カイー! 大丈夫ー?!」


 慌ててカイ君が落ちたあたりに飛んだヒビキが、心配そうに水面を眺めていると。


 ぶくぶくと気泡が上がって来た後、ぶはっ! と大きく呼吸しながら水面から顔だしたカイ君が、「水面もだめだったー!」と嬉しそうに報告してきた。


 水面に吸着するつもりだった、って事かな?

 本気でくっつけると思ったのかな?!


「大丈夫? どこか痛めてない? エーレ持ちあげてたから、すぐに助けにいけなくてごめん」

「なんでヒビキが謝ってるのよ」


 なにも悪いことしていないのに、一生懸命謝っているヒビキに、もっともなツッコミを入れているピーちゃん。


「このぐらい平気、平気」

「アンタはちょっと反省しなさい! 砂の国でも落ちてたでしょ!」


 悪びれる素振りもなく、平泳ぎで岸へと泳ぎながら返事しているカイ君に、ピーちゃんの雷が落ちた。


「……なんか、ピーちゃんがカイのお母さんみたいになってる」

「こんなおバカな息子は嫌よ!」

「ひでぇ!」


 ワイワイと言い合いながらも、楽しそう話す三人を見ていると、さっきまでの緊張と恐怖が少しほぐれた気がする。


 岸に泳ぎ着いたカイ君が着替えている間、ヒビキが火魔法と風魔法を駆使して、もふもふの毛皮を手早く乾かしている。


「よし! 終わりっ」


 なでながら乾かして貰うのはかなり気持ち良かったらしく、目を細めながら尻尾をちぎれんばかりに振っていたカイ君が、


「寝そうになった~。ありがとヒビキ~」


 と、屈託のない笑顔でお礼を云う。


「アンタってホントお気楽よねぇ」


 呆れたように肩をすくめるピーちゃんを宥めながら、エーレの陸上げ作業に取り掛かるお子様三人組。


 私とピーちゃんは、念の為と言い張るヒビキに根負けして、モグラさんと一緒にヒビキのチュニックの中だ。


「尻尾の所は上げない方が良いかな」

「いいんじゃない?」


 上半身だけを岸にあげて、目をさますまでの間小休憩を取ることになった。





 灼熱のフライパンにミルクを入れ、沸騰する直前に手早く人数分のコップへと注ぎ、蜂蜜で作られた飴を一つずついれていくカイ君。


 雑用はまかせて! と云っていた通り、テキパキとした動きで皆にホットミルクを配膳してくれる。



「温かい飲み物って落ち着くわね~」


 ヒビキから分けてもらったホットミルクに舌鼓をうつピーちゃんは、すっかり機嫌が直ったようだ。


 一口飲んで、ほぅ、と息を漏らしたむっちゃんが、


「姫様……本当は優しいお方なンです……」と、呟いた。


「アンタ、骨折られてたのによくそんな事言えるわね?」


「あれは、私が悪いンです! 姫様が相当焦ってるのを知ってたのに、間違えたから……! それに、姫様が私達に手を上げたのは、あの時が初めてなンです!」


 震える手で、ホットミルクの入ったコップを握りしめながら、ヒビキ達へ順番に視線を向けてくる。


「姫様から聞いた事も含めて……全部お話します……」


 今にも泣きそうな瞳で、姫様との出会いから話し始めてくれた。



 68番という名前を付けたのは、貴族らしく。



 魔物は名前で呼び合う習慣がない為に、番号で呼ぶ事にさしたる疑問がわかなくても不思議ではないらしい。


 橋に居た甲冑ジジイは、”お偉いお貴族様”らしく、姫様がコボルト族に優しくする度に「奴隷に優しくするな」と忠告した挙げ句、「姫様の代わりに」と体罰を与えて来るのだと云う。


「あんのジジイ、ほんとに腹立つわね!」

「もしかして、お神輿の上でエーレがじっとしていたのって……?」


 ヒビキの疑問に、むっちゃんが大きく頷く。


「そうです。動くと、台を持っている私達に負担が行くからと仰ってました」

「じゃあ、あんな台に乗らなきゃイイじゃない!」


「あれも、姫様ではなくて衛兵隊長の指示なンです。陸では下半身を引きずって移動なさるから……。姫様のお体に傷がついてはいけない、って」


「むっちゃんの首輪が、水になってたのはなンなんだ~?」

「姫様のお世話係として連れてこられた時は、鉄の首輪だったのですが、『重くて大変そうだ、ひんやりして気持ち良いから』と、姫様が取り替えて下さったンですよ」


 そういえば、水球になって顔を覆っていた時も、苦しめば良いとは云っていたけれど、殺害しようとはしてなかったみたいだし……。


 私を手に入れる為の、脅しだけのつもりだったのかな。

 川の水で滝を作れるぐらい、水魔法にたけた姫様の事だもの。


 殺意を持ってあの水球を作ったのだとしたら、口から侵入して即座に窒息させる事ぐらい、難なくこなせたにちがいない。


「なんか……。どんどん最初の印象と変わってくるわね」


 口を尖らせるピーちゃんに、今まで黙ってやり取りを聞いていたモグラどんが、割り込んできた。




【人魚の国の存亡がかかっちょったから~。そりゃ焦りもしも~すよ~】



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