122.ゾウ姫の逆襲
ヒビキの名付けよって見た目も魔力もパワーアップしたワニ兵衛が、土竜の王様から忠誠を誓われた時に、行方不明になっている砂豚母ちゃんの探索を頼み、すぐに数名の穴掘りが得意なモグラが手配されたそうな。
砂豚母ちゃんは、父ちゃんの半分ぐらいのサイズだが、それでも軽自動車ぐらいの大きさはある。
一番乗りで見つけたものの、どうやって連れ出すか悩んでいたらしい。
「横から見てる時は気づかなかったけど……」
「ンだなー」
「張られてるわねぇ……」
斜め上から眺めた大穴は、下から照らす青白い光が反射して、うっすらと油膜のようなモノが張られている事に気づく。
「結界……だろうね」
「そうね」
妖精の国や、砂の国でも、主要な場所には結界が張られていた。
結界があるという事は、この先にこの国の要人が居るという事だろう。
【アレに触れると切り飛ばされるんだぁ~】
すでに侵入を試みたらしいモグラが、鉤爪の先が無くなっている左手を見せて来た。
「触ったの?」
【なーんもせんと帰ったら、ウチの王様にがられるかんな~】
つぶらな瞳をパチパチとしばたかせながら、ヒビキを見上げているモグラに、そっと肉球を近づけて回復魔法を発動する。
【お、おおおぉお! あいがてえ! おいどんの爪が治った!】
何度もお辞儀してくれるモグラどん。
……なんか、可愛く見えてきた……。
「結界に侵入して、助けられたとしても……ここからどうやって脱出するかも問題だね……」
「まず結界にどうやって入るンだ~?」
「指入れたら切れちゃうんなら、試しに突っ込むわけにもいかないものねぇ」
どうしたものかと、宙吊りにされている砂豚母ちゃんを見つめていると……。
大穴の向こう側から何かが飛んできて、結界にべしゃりと張り付き、重力に引かれて流れ落ちていく。
「「「何?!」」」
次々に飛んできては、結界に当たっては流れていく液体に驚いていると。
【人魚の食事が始まったんだぁ~】
見ていられないとでも云うように、顔を覆ってうつ伏せたモグラが、説明してくれた。
ああやって水を浴びせ掛けて、怒った砂豚母ちゃんが伸ばした触手を、切り取って食べているらしい。
「ひどい……」
手の中で蹲るモグラをチュニックの中に入れて、風魔法の付与された短剣を抜いて構えるヒビキ。
「弾き返されるかもしれないわ。危険よヒビキ」
「でも……っ。何もしないなんてっ」
冷静に云うピーちゃんと、眉間にシワを寄せて抗議するヒビキの間に、不穏な空気が流れかけた矢先……。
「うわ! むっちゃん!」
カイ君の悲壮な叫び声がした。
「きゃあああ!」
「むっちゃん! 大変だ!」
未だ意識がなく、カイ君の肩に担がれていたむっちゃんの、首にはめられていた薄い水色の首輪が、球体になって顔全体を覆っている。
ちょっと! あの中水入ってるよ!!
【ワタクシに攻撃した者の仲間など、苦しめば良い!】
いつの間にか目を覚ましていたゾウ姫が、吐き捨てるように叫ぶ。
「姫! やめるんだ!」
【やめて欲しくば、羽の生えた猫を渡しなさい!】
むっちゃんの口からごぼりと空気が漏れ出たのを見たヒビキが、一直線にゾウ姫に向かって下降して、目の前に停止する。
【渡す気になったか?】
勝ち誇った顔で、長い鼻先を伸ばして来たゾウ姫に向かって――
「お前の名前はエーレだっ!!」
――と、叫んだ。
輝き始めたゾウ姫の体。
そっと瞼を閉じて、光が収まるのを待つ。
「なんとなくまともな名前じゃんー。つまんないー!」
ピーちゃんから高評価を貰っているけれど、”エレファント”から取ったんだろうなーとおバカなツッコミが脳をかすめた。
「結局使っちゃったな……」
ヒビキが呟いたのとほぼ同時に、ゾウ姫……改め……エーレの光が収まった。
急いで目を開けてむっちゃんを見ると、顔を覆っていた水球が消えて、もとの水色の首輪になっている。
少し水を飲んだ程度で済んだらしく、しばらく咳き込んだあと、意識を取り戻してくれた。
「むっちゃん! よかった!」
「お~。起きたか~」
カイ君が、むっちゃんを肩から降ろしつつ、ヒビキの肩を掴むように促す。
「大丈夫? どこか痛かったり苦しかったりしない?」
ヒビキの問いかけに「大丈夫です」と、ふんわりと微笑んで返してくれたので、ホッとしたのも束の間……。
ピーちゃんの「嘘でしょ!」と、驚く声が聞こえた。
◆
「誰だあれ~?」
びっくりして見開いたままの、ピーちゃんの視線の先。
ゾウ姫が居た筈の場所には……。
薄桃色の長い髪に、ぱっちりとした碧眼の瞳。
すべらかなミルク色の肌の、スラリとした美少女がいた。
下半身のアシカ科のような短い毛で覆われていた尻尾は、青く光る鱗に包まれている。
唯一変わっていないのはサイズだけで、尻尾の先まで入れると、5メートル程はありそうだ。
両手で、自身の体のあちこちを触って確認しているエーレに、ヒビキが制約を告げる。
「コボルト族達の衣食住を含む待遇改善。絶対に虐げない事。それと……俺の仲間と人間を襲うな」
【仰せのままに】
右手を胸に当てて透き通るような声で返事をすると、立ち泳ぎの姿勢のまま、うやうやしく頭を垂れてきた。




