121.モグラ登場
「湖に潜って戻るのは……無理よねぇ……」
「ンだなー」
「かなり道が分かれてたからね」
びっしりと岩肌にくっついている、海蛍のような淡いブルーの光が照らす湖面を見ながら、深い溜息を落とすお子様三人組。
元いた世界の地底湖は、海につながっているものもあれば、長い年月をかけて湧き出して溜まっていたものや、外界から何千年も隔離されていたもの……と、多種多様だった。
ゾウ姫が気を失っている間に、さっさと離れたいのだけれど、来た道を戻る事が困難な以上、地上と繋がっている竪穴を探すしかないだろう。
この場所が、どのくらいの地下にあるのかすら不明な上、明かりもない状況では自殺行為に等しいのだけれど……。
野球場4つ分はゆうにありそうな広さの地底湖は、天井からは鍾乳石が何本も垂れ下がっており、四方を囲む硬そうな岩肌には横筋模様が入っている。
水中から照らされる青く淡い光に照らされて、なんとも幻想的だ。
「ねぇ……。みんなアレに気づいてるんでしょ?」
「うン」
「行こうって言おうか悩んでいる所だよ」
ちょうど真向かいにの壁に、高速バス1台分の大穴が空いていて、奥から青白い光が射しているのだ。
青い光が出ているって事は、海蛍のような生物がいるって事で……。
アレがあるって事は、向こう側にも地底湖があるって事なのかな……。
「あの色が出てるって事は……あっちも地底湖なのかしら……」」
「わかンねぇ……」
ピーちゃんとカイ君が、そろってヒビキの決定を待っている。
ゴクリとつばを飲み込んだヒビキが、意を決したように、
「他に穴もなさそうだし……。行ってみようか……」
と云った。
「そうね」
「うン」
球体の結界を張ったまま、慎重に――光が漏れる大穴――に近づいていく。
【…………】
「ねぇ……」
「うン……」
「……聞こえたよ」
【……さまぁ……】
かすかに聞こえる声。
キョロキョロと辺りを窺いながら、なおも大穴に近づくと……。
【こっちだぁ~】
大穴のすぐ上に小さな穴が空いていて、鼻が細長くて焦げ茶色の毛に覆われた生物が、顔だけを出していた。
小さな穴に添えるように出ている手には、大きなカギ爪がついている。
「コボルト族かな?」
「あれは魔物だと思うぞー」
「ワニ兵衛が云ってたモグラ一族かしら」
【王様のわが君どーん……こっちだぁ~】
穴から出す手を、来い来いと揺らしながら話しかけてくるモグラの声は、どこか嬉しそうだ。
「わが君って云ってるわよ」
「ヒビキの事、わが君って云うのってワニ兵衛以外にいるンか~?」
「……いないね」
ワニ兵衛繋がりの魔物なら、襲われる事は無い……と思いたい。
「えっと……。それって俺の事?」
【おはんがワニ兵衛王に名付けしんさったお方じゃろ~?】
「そうだよ」
モグラが、つぶらな瞳をキラキラと輝かせながら早口で乞うてくる。
【おいどん、ついちょる! 主様、助けて欲しいんさぁ!】
「むしろ私達を助けなさいよ!」
素早く突っ込んだピーちゃんに続いて、カイ君も質問を投げかけた。
「この穴広げられないンか~?」
モグラの顔より一回り程度大きいサイズの穴は、直径20センチあるかないかだろう。
地中を掘り進んで来たのであれば、地上へと続いているのだろうけれど、この穴を通れるのはピーちゃんぐらいだ。
後ずさったモグラが、申し訳なさそうにか細い声で謝ってくる。
【まっことすまんこったが、おいどんよりデッカイ穴は掘れねぇんだぁ~】
「使えないモグラねぇ……」
悪態をつくピーちゃんの頭を、人差し指で撫でたヒビキが、モグラが完全に隠れてしまった穴を覗き込み、
「出来るか判らないけど……。何を助けて欲しいのかな?」
と、優しい声で話しかけた。
「ちょっと、ヒビキ! 今それどころじゃ――」
ピーちゃんの嗜める言葉を遮るように、再びキラキラした瞳で穴から顔を出したモグラさん。
【助けて欲しいのは、おいどんじゃなくて、あっちなんだぁ~】
モグラが指したのは、青い光が射している大穴の上。
天井から垂れる鍾乳石の一本から、言われて見ないと気づけないほど半透明な、縄のようなモノが垂れ下がり、大穴の向こう側へ続いていた。
「あの縄みたいなンが欲しいのか~?」
首を傾げて聞くカイ君に、小さい頭を左右に振って否定している。
【縄につかまっちょる、奥方様を助けて欲しいんだぁ】
モグラが、穴からぴょんと飛び出して来たので、慌てて結界を解除して受け止めるヒビキ。
ヒビキの手のひらに収まるサイズのモグラは……ちょっと可愛い。
【主様、もうちょっと上がってくんろ~】
モグラに乞われるままに、高度を上げて大穴に近づいていくと。
大穴の向こう側。
半透明の縄に縛られた――
「砂豚じゃないの!」
「もしかして、食べ物探しに川へ行ったままって云ってた……砂豚のお母さん?」
――砂豚母ちゃんが見えた。




