119.どんぶらこっこ。
何度目かの「よこせ!」「断る!」の押し問答の後、しびれを切らした甲冑ジジイが、右手を真上に伸ばして大きく息を吸うと、わざとらしくゆっくりと問うてくる。
「最後の忠告だ。痛い目に会いたくなければ今すぐよこせ!」
「断る!」
間髪入れずに返したヒビキが、鯉口を切る小さな金属音が鳴ったのと同時に――
「腕の一本二本は覚悟するんだな!」
――恐ろしい掛け声と共にジジイの腕が振り下ろされた!
ガィン!
「ぐあ!」
振り下ろした剣をヒビキの結界魔法に阻まれた衛兵が、腕を押さえて叫ぶ。
「コイツ、結界の使い手だぞ!」
「怯むな! 何度も攻撃を入れれば破壊できる!」
結界が阻む音の、大きさや響き渡り方からみて、衛兵達の攻撃力はアベルさんには程遠い。
訓練とはいえ、アベルさんの攻撃を4時間耐えきれたヒビキの結界魔法だ。
まず破壊される心配はないだろう。
ヒビキも、風魔法で衛兵達の武器を弾き飛ばして応戦してはいるが、飛ばされた武器を拾って、再び攻撃されるという魔のループが起きている。
「攻撃を続けろ! 結界などいつまでも張り続けられまい! 魔力が切れるまでナブッてやれ!」
甲冑ジジイの叫び声に、私の顔の横を飛んでいたピーちゃんが話しかけてきた。
「やばいわね……」
(人間相手だと、ヒビキは攻撃できないからね)
「甘ちゃんだよねぇ……」
そりゃそうだよ、人間は切ってもまた生えてくるって事は無いからね。
切断力のある風魔法を、人間の体に当てられないのは当然だ。
平和な時代に生まれた普通の男子高校生が、刃物に怯まず相手の武器を弾き飛ばせているだけでも、充分すごいと思うの。
カイ君とむっちゃんの傷が完全に癒されたのを確認して、ヒビキの背中によじ登る。
「オカン? 危ないから後ろに下がってて」
早口で話しかけてくれるヒビキの頬を、肉球でぽふりとひと撫でする。
苦手な対人戦、よく頑張りました。
あとは母ちゃんにまかせておくれ。
ようは、傷をつけずに戦闘不能にすれば良いのでしょ?
私のひげが静電気を帯びて、パリパリと小さな火花を散らし始める。
周りを取り囲まれている現状は、逆に狙いがつけやすくて助かるわー。
両の前足を左右に広げ、作った雷撃を帯状にして発射!
体のどこかに当たりさえすれば、あとは甲冑が勝手に全身に電気を通してくれるだろう。
バチィ! バババババッ!
案の定、胴の辺りに電撃を喰らった衛兵たちが、小さなうめき声と共にバタバタとその場で倒れてくれた。
「オカン、やるじゃない! 全員気を失ったわよ」
抱きついてきたピーちゃんに頬ずりして返す。
「ありがとう。助かったよ」
ヒビキが妖精キノコに王様の粉を振りかけて、私の口に入れてくれた。
回復魔法を使った後の雷撃で、かなり魔力が減っていたのでありがたい。
急いで咀嚼して飲み込む。
「すげぇ~。これヒビキがやったンか~?」
のんびりした声が聞こえたので振り返ると、上半身だけを起こしたカイ君が、倒れている衛兵たちを見て目を丸くしている。
「カイ! 気がついたんだね!」
「どこか痛いところある?」
「カイ、オカンが痛いところあるかって聞いてるよ」
「ン。大丈夫」
コキコキと首を鳴らして起き上がったカイ君は、服についた土を払うと、まだ意識がないむっちゃんを肩に担いで、ヒビキの肩に手を置いた。
「ごめン、俺、足手まといになったみたいだな」
「そんな事ないよ。むっちゃんを庇ってくれてありがとう」
薙ぎ払われて意識を失ったまま、硬い石でできている柱に衝突していたら、打ちどころ次第では最悪の事態も起こり得たかもしれないのだ。
カイ君の大手柄だろう。
「それにしても、アンタすごい速かったわね」
「『吸着のブーツ』のおかげ~。俺もびっくりした~」
ニカッと笑うカイ君に、ほんわかしたのもつかの間。
バオオオオオオオオ!!
ゾウ姫の雄叫びが響き渡り、川の水面が盛り上がったかと思うと、川幅と同じぐらいの水の柱がそそりたつ。
「やば!」
「うわ!」
「きゃああああ!!」
回避しようと浮き上がったが、大量の水流に巻き込まれ、押し出すように川に落とされた。
「ヒビキ! 飛び上がれないの?」
ピーちゃんが叫ぶ。
「水圧がすごくて結界張るだけで精一杯なんだ!」
肩に乗っていた私とピーちゃんを、チュニックの中に入れながらヒビキが叫ぶ。
「カイ、手を離さないで!」
「うン!」
砂の国に連れ去られた時は、下降するだけだったけれど。
激流に飲み込まれている為、回転しながら下流へと押し流されてゆく。
結界に、踏ん張りをもたせる方法ってないのかなぁ……。
目が回る~~~!!
ぐるぐると回る視界の端で、ゾウ姫が川に飛び込む姿が見えたような気がした。




